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寄付、どう募りどう託す

World Now 更新日: 公開日:
張一華はフィリピンの農家の女性から暮らしぶりを聞いた=和気真也撮影

食事代から20円、寄付マネーの旅

牛で田んぼを耕すのは初めてだった。ぎらつく日差しに汗がにじむ。昨年10月、日本の非営利組織(NPO)「テーブル・フォー・ツー・インターナショナル(TFT)」の職員、張一華(27)は、フィリピンのレイテ島にいた。渡す予定の寄付の使い道を調べに訪れたところ、地元の人に作業を一緒にしようと誘われたのだった。

この寄付は、日本の企業や学校の食堂などで食事をすると、代金のうち20円が発展途上国の給食費として送られる仕組み。2007年、ツイッター日本法人代表の近藤正晃ジェームスらが立ち上げた。フィリピンでの活動は、給食から食環境の改善へ支援の分野を広げる試みだ。08年の寄付の実績は102団体から約1200万円。13年には国内618団体に広がり、計1億2760万円を集めた。約600万食分の協力があったことになる。

この仕組みが広がった理由の一つが、寄付をする精神的なハードルを下げたことにあると専門家は指摘する。メニューはカロリーを抑えたヘルシーな献立。「寄付って、ちょっと偽善っぽい」と考えて腰が引ける人でも、「自分の肥満解消のため」と思えば参加しやすい。

しかし、せっかく集めた寄付も、管理をしっかりしないと寄付した人の信頼を失ってしまう。内閣府が昨年発表した寄付に関する意識調査では、寄付の妨げになる要因として2位に、「寄付先の団体に対する不信感」が挙がった。日本では「寄付集めの団体は、なんとなくうさんくさい」と感じる人も多い。

寄付を誰に託すか

企業や学校から毎月受け取った寄付は支援活動用の口座で、運営費は別の口座で区別して管理する。運営費用の口座には定期的に、寄付のうち20%を限度にお金を移して使っている。2014年度末には、会計事務所の監査も受ける。

同じ内閣府の調査で、寄付を妨げる要因の1位だったのは、「寄付を行う先の、十分な情報がない」ことだった。実際に現地でどう役に立ったのか、分かりにくいという問題だ。

そこで大事になるのが、寄付を助成金という形で渡し、現地の活動を任せる非政府組織(NGO)選びだ。ところがテーブル・フォー・ツーのスタッフは10人しかおらず、助成金を望む多くNGOから、しっかりした団体を見極めるのは大変だ。公開されているNGOの財務状況や過去の活動実績はもちろん、信頼できる団体から直接聞き取った情報も加え、調べていく。

事務局長の安東迪子(みちこ)は「支援の現場では、お金を渡した後に連絡が途絶えるケースもあると聞きます。思いがこもった大事な寄付を誰に託すか。細心の注意が必要です」と話す。

フィリピンで張が「水牛体験」をしながら調査をしたNGO「PRRM」が助成先に決まるまでの過程は、こうだ。

まず現地で農業支援をする団体にいくつか打診した。4団体から活動計画と助成金の申請が送られてきた。その内容から予算の規模や、支援に必要な材料費などが適切かどうか吟味した。

現地調査で寄付金を追う

外部の意見も欠かせない。テーブル・フォー・ツーは海外支援活動の経験が長いNPO法人の職員や財団幹部が加わる「支援先選定諮問委員会」を立ち上げている。ここからも助言を受けた。

PRRMの計画は、台風の被災農家100戸に低農薬のコメ栽培法を根づかせ、農家の再生を図る内容だった。予算額は約650万円。農機具や種苗の購入に65%、人件費などに25%、残りを事務所運営費などに充てるという。

PRRMは当初、フィリピン政府の補助金をあてにしていた。だが一向に届かない。困っていたところ、テーブル・フォー・ツーを知った。代表のガニ・セラーノ(67)は「必要なタイミングで受け取れる寄付金はありがたい」と話す。

張は現地にいる間、カメラとノートを手に農地を歩き回った。農家やNGOの職員をつかまえ、計画が実現できそうなのか、じっくり話を聞いた。びっしりメモを取ったノートをもとに、張は帰国後、企業や学校向けに調査内容を盛り込んだ報告書をつくっている。

「自分の寄付が実際に役立つ様子が分かれば、良かったと思ってもらえるはずです。それが次の寄付につながっていけば」。そう張は語った。

チャリティーランナーに挑戦中

参加枠に限りのあるイベントに「出たい」という気持ちをうまく利用し、寄付の増加に結びつけているのがマラソン大会だ。ネットによる集め方の進化も追い風になっている。朝日新聞ヨーロッパ総局の渡辺志帆(35)も「チャリティーランナー」の挑戦を始めた一人だ。

渡辺志帆(わたなべ・しほ)

ロンドンに赴任した2014年の春、私(渡辺)がひそかに夢見ていたのが、世界6大マラソンの一つ、ロンドン・マラソンを1年後に走ることだった。

「えっ? もう募集が終わってる……」。しばらくした5月の初め。大会の抽選申し込みをウェブでしようとしたところ、締め切られていた。本番は4月26日。1年以上前の昨年4月22日から受け付けが始まったが、10時間足らずで応募枠の12万5000人に達していた。

同僚のチャーリーにこぼすと、彼がボランティアに通うホスピスがチャリティーの出場枠を持っているという。「それだ!」。一定額の寄付と引き換えに出場が保証されるからだ。

ロンドン・マラソンの寄付運営団体によると、14年には過去最高の5320万ポンド(約100億円)を集め、1日限りのチャリティーイベントでは世界最大級といわれる。カギは1993年に導入した方式だ。寄付を集めようとするチャリティー団体が5年単位の出場枠を、1枠300ポンド(約5万5000円)で寄付運営団体から購入。チャリティー団体は、その枠をランナーに提供し、目標額を決めて寄付を約束してもらう。ランナーは家族や友人、一般の人に呼びかけて寄付を募る。チャリティー団体は、政府が審査した登録団体に限る。

限られた枠より、あこがれのレースを走りたいランナーの方が断然多い。目標額を高めにしてもランナーは集まる。この仕組みを導入してから、寄付額は94年の500万ポンド(約9億円)から、14年には10倍以上になった。ニューヨークシティー・マラソンなどでも採り入れている。

ホームページで寄付募る

ロンドン・マラソンに参加した人たち=ロイター

抽選から5カ月ほどたった昨年10月、ホスピスの寄付集め担当者からメールが届いた。10人以上の応募者から6人のランナーの一人に選ばれた。ほっとしたが、今度は不安がよぎる。

私の目標額は最低1500ポンド(約28万円)。寄付運営団体によると目標額に決まりはないが、1500ポンドは平均的という。届かなかったら自腹だ。個人が寄付を募るのに、決済の仕組みやアピールの場を提供するサイトにまず登録し、自分のページを立ち上げなければ。

ホスピスのために14年に走った先輩ランナー、投資会社員のマイク・バーン(49)に助言を受けた。前年に友人をホスピスでみとったのが、チャリティーランのきっかけだった。

「お金の無心は恥ずかしい。でも、ためらってはダメ」とマイク。ページには雨の日にもランニングを欠かさないなどの体験を盛り込み、差別化を図る。最初に友人や親兄弟に頼み、多めに寄付をしてもらう(寄付額は表示されるので、次に寄付をする人が、より多く出したくなる心理的効果を期待)など目からうろこが落ちた。

昨年12月半ば、ようやくページを立ち上げ、早速、両親に協力を頼んだ。

一つ気になっていたことがあり、取材で出会った人たちに聞いてみた。「ホスピス支援よりも、ロンドン・マラソンを走りたい気持ちが強くてチャリティーランナーに応募しました。不純な動機だったでしょうか?」

みな一様に首を振った。ある人は、こう話してくれた。「ランナーに選ばれたことをきっかけにチャリティーを深く知り、いろんな人とつながる。これからですよ」

クラウドで薄く広く、ソーシャル時代の集め方

チャリティーランナーがインターネットを使って寄付を呼びかけているように、ITの発展は寄付の環境を大きく変えている。寄付を募る声をより遠くに届け、その思いに賛同する多くの人からお金を集められるようになったからだ。キーワードは「共感」だ。

ネットを使って多くの人からお金を募る手法を「クラウドファンディング」と呼ぶ。この仕組みを活用したのが、英国発で2001年に始まった「ジャスト・ギビング」。164カ国で計33億ドル(約3900億円)を超える寄付集めに使われたと公表している。

仕組みはこうだ。NPOなどに寄付をしたいと考える個人がジャスト・ギビングのサイトに登録し、NPOなどと目標額を設ける。個人は自分への寄付を呼びかけるとともに、例えば「マラソンを完走する」「禁煙を成功させる」などの挑戦を掲げる。挑戦を応援したい人たちが個人に寄付。集まったお金を個人がNPOなどに寄付する。

この仕組みを10年に日本に導入した佐藤大吾は「挑戦に共感し応援しようという気持ちを、寄付という行動に変えるのがミソ」と話す。

共感の輪を広げる役割を担うのが、友人やフォロワーへ情報を拡散させる機能を持ったフェイスブックやツイッター。ジャスト・ギビングはこれらのソーシャルメディアでの積極的な情報発信を勧めている。

ただ、いろんな人が同じような挑戦を掲げれば、そのアピール力が落ちてしまうかもしれない。一方で芸能人やスポーツ選手らが寄付を募ると、著名なだけに多く集まる傾向がある。薄く広く募ることができるクラウドだが、関心をどうつなぎとめるのかは一つの課題だ。

同じような仕組みを生かしたのが、09年に米国で始まった「キックスターター」だ。起業や芸術活動をしようとする人がアイデアを公開して、応援したいと思う人たちからお金を募る。お金を出した人には「ギフト」と呼ばれる見返りを用意する。ただ、なかには礼状など、出したお金に見合うほどの対価とは呼べないギフトもある。広報担当のジャスティン・カズマークは「寄付とも投資とも購入とも少し違った、新しい形のお金の出し方だと考えています」と話す。

日本にも「レディーフォー」や「シューティングスター」「キャンプファイヤー」といった似た仕組みがある。

寄付とは何か

自分のお金や物品を、社会の役に立てるために無償で提供することが寄付だ。現代社会ではお金で行われることが多い。

歴史的にみれば、寄付は宗教とのつながりが深い。多くの宗教は、必要なお金や物を自ら生み出す事業を行っていないため、活動のための費用を寄付でまかなってきたからだ。

寄付は社会のなかで、富を再配分する福祉の役割も担ってきた。貴族や豪商が私財を投じて公共施設をつくった例は古くからある。日本でも江戸時代に大阪の豪商が街の橋をつくった例がある。

近代に入ると、福祉や教育、医療などの公的サービスを、国が提供するようになった。その財源には税が充てられ、税が富の再配分の機能を果たすようになった。

寄付も税も、公共に役立てられるという点では同じだ。違いは、「寄付は出し手の意思で提供先も決められるのに対し、税は強制性をもって国・自治体が集め、使い道も決めるという点だ」と日本ファンドレイジング協会代表理事の鵜尾雅隆は話す。

税については、民主主義の国であれば国民が政治をチェックすることで、その使い方を監視することができる。寄付の場合はそうした仕組みがない。インターネットを使って広く薄く巨額の寄付を集められる時代になり、寄付を集める団体が情報公開をすることが大切になっていると指摘する専門家もいる。

本編2の「米国の寄付、日本の約30倍」にあるように、寄付が盛んな国もあれば、そうでない国もある。米国で寄付が多いのは、国がサービスを提供するのは最低限でよいという「自助」の考え方が強いからだとの見方がある。寄付をすると税が優遇される制度も充実している。

日本も寄付を促す税制自体は整ってきた。しかし、経済規模における寄付総額は米国より小さい。このため寄付に影響を与えるのは、宗教や国の役割、税制などのほか、社会の習慣や考え方の違いなどもあるとみられている。

(文中敬称略)