中間管理職の“罰ゲーム”を終わらせる? アリの知恵とシェアド・リーダーシップ理論

中間管理職を救うために、新しい組織のあり方はないか?
そのヒントになるかもしれない昆虫を見つけた。アリである。
一部のアリは、自分の巣に重いエサなどを運ぶとき、目的地までまっすぐ向かわず、ジグザグに進む。一見すると不可思議な習性だが、これは「リーダー役」を仲間のアリと「シェア」しながら、その時々で最適解のルートを進んでいるためであることを、約10年前、イスラエルのワイツマン科学研究所が突き止めて話題になった。
「同僚の研究者が、自宅でキャットフードを運んでいるアリの不思議な動きに興味を持ったのが、この研究のきっかけでした」
今年2月、オンライン取材に応じた研究チームのオフェル・ファイナーマン氏はそう語った。
アリは1匹のときは通常まっすぐに移動できる。あえて距離と時間がかかるジグザグの経路でエサを運べば、それだけ途中で敵などの攻撃を受けるリスクが高まる。それなのに、なぜあえてアリたちは集団になるとジグザグに動くのか。
このナゾを解くため研究チームは、観察対象に選んだアリの群れの動きを100回以上にわたって撮影し、個々のアリと集団全体の動きをつぶさに分析した。ときには、アリの通り道に障害物を置いて、集団のナビゲーション能力を調べたという。
その結果、アリはエサを運ぶとき、集団の中の1匹が必ず「リーダー役」を務め、その指示に従って残りのアリたちが「運搬役」になってエサを運んでいることが確認された。
また、リーダー役はおよそ10秒から15秒ごとに別のアリと交代し、自分は運搬役の中に戻っていることも分かったという。
リーダー役の仕事は重要だ。運搬役の仲間が経路を外れると、仲間をつかまえて、脇にそれた集団をしっかりと経路に戻す。集中力が続かないためなのか、10秒から15秒たつと方向感覚を失い、次のリーダー役と入れ替わる。
このプロセスを繰り返しながら集団としてエサを運んでいくため、結果としてルートが一直線ではなくジグザグになるというわけだ。
進化の過程で磨きあげられてきたものなのだろう。アリの能力にあらためて驚かされるが、それにしても、ジグザグに運ぶのはなぜなのだろう?
「ジグザグ運搬は、リーダー役が入れ替わることで、常に新しいアイデアを試し、環境の変化に適応するための戦略です」と、ファイナーマン氏は言う。
1匹のリーダー役は、その時の状況や環境を見て運搬ルートを指示するが、ある程度進んだところでその判断が常に正しいとは限らない。だから、一定の時間で席を譲り、次のリーダー役が新たな状況と環境を見て適切な判断を下すのだ。
ファイナーマン氏は言う。「アリは個々が完璧な情報を持っていないことを認識しており、常に新しい情報を採り入れて最適解を出そうとしているのです」
なるほど。アリは個体それぞれが「リーダー」の素質を持ち、同時に指示に忠実に従う「フォロワー」でもあるというわけだ。
研究チームでは、アリと人間の集団行動を比較する実験も行っている。
その結果、アリの集団は個体数が増えるほど効率的に問題を解決したのに対し、人間の場合は、個人で動くよりも集団の方が悪いパフォーマンスを示すこともあったという。
この要因について、ファイナーマン氏は、「アリと人間のコミュニケーション方法の違いが主な原因と考えられます。また、人間は競争的な性質を持つ一方、アリのコロニーは協力的で生物学的に競争をほぼゼロにする仕組みを持っていることも関係しているのではないでしょうか」と話す。
こうしたアリと人間の根本的な違いを認めつつ、ファイナーマン氏は、人間の組織管理にもアリの習性を応用できる可能性があると指摘する。
「1人が常に集団の指揮をとるのではなく、状況に応じて役割を交代する。少数意見も含め、様々なアイデアを試すことで、短期間で方針を変更できる柔軟性を持てるのではないでしょうか」
アリにならったわけではないが、人間界でも近年、同じような組織の運営方法が注目されている。「シェアド・リーダーシップ」という新しいリーダーシップの考え方だ。
リーダーシップといえば、1人の優れたリーダーが職場やチームで他のメンバー全体を引っ張っていくというイメージだろう。
それに対して、このシェアド・リーダーシップという考え方は、「メンバーが必要なときに必要なリーダーシップを発揮し、誰かがリーダーシップを発揮しているときには、他のメンバーはフォロワーシップに徹する」という状態だ。つまり、職場やチームの共通のゴールに向けて、メンバー全員がお互いにリーダーシップを発揮できる関係を指している。
日本にこの考え方を広めた一人で、「シェアド・リーダーシップ」(中央経済社刊)の著作もある立教大学経営学部の石川淳教授によると、アメリカの研究者によって提唱され、2000年以降に本格的に研究が始まり、現在、国際的に注目されているという。
「シェアド・リーダーシップの最大の強みは、チームのメンバーそれぞれの強みや知識を生かせる点です。不確実性が高く、環境が変化しやすい現代においてはとくに重要です」と石川氏。
さらに、「日本社会にうまく導入されたら、会社組織における中間管理職の役割を大きく変える可能性を秘めています」とも指摘する。
現状、中間管理職は組織の上層部と部下の結節点を担うため、「リーダーシップ」と「マネジメント」の二つの役割が同時に重くのしかかっている。
「中間管理職の負担が大きくなっている理由の一つが、マイクロマネジメントを求められていることにあると思います。企業のコンプライアンスが厳しくなり、守らなくてはいけないルールもいろいろ増えてきて、管理職の責任が昔に比べると重くなっています」
そんな時、職場のメンバーが適切なリーダーシップを発揮するようになれば、管理職は「マイクロマネジメント」から解放され、戦略策定や人材育成といった、より重要でやりがいのあるマネジメントに専念できるというわけだ。
「例えば、同僚5、6人で仕事をしているときに、新人ではどうしても分からないところがあったとします。いちいち課長にどうしたらいいか聞きにいくのではなく、仲間同士でその仕事が得意な人が積極的に教えて解決する。そんなリーダーシップの発揮の仕方です」
よくある誤解の一つに、「シェアド・リーダーシップだと現場が混乱するのではないか」というものがあるが、石川氏は首を横に振る。
「シェアド・リーダーシップであろうとなかろうと、チームの目標を踏まえない勝手で不適切なリーダーシップは現場を混乱させます。重要なのは、チーム全員が目標を共有し、適切なリーダーシップを発揮できるようにしていくこと。リーダーシップは自転車の乗り方に似ていて、練習によって多くの人が発揮できるようになります」
ただ、その実現には企業風土の変革が欠かせない、とも石川氏は言う。
とくに重要だと指摘する要素が、「社員相互のリスペクト」「個々の強みを発揮するマインドセット」「会社の戦略目的の共有」の三つだ。
こうした要素は、現場の声を重視してきた日本企業には受け入れやすい素地があると認めつつ、石川氏は「ただし」と付け加えた。
「逆説的ではありますが、シェアド・リーダーシップの導入はボトムアップでは実現しません。いかにトップダウンでアプローチできるか。企業トップの意識改革が最も重要な要素だと思います」