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「頭がいいリーダーほどマイクロマネジメントする」桃野泰徳氏、だめな上司像を語る

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イベントで語る桃野泰徳さん
イベントで語る桃野泰徳さん=2024年5月17日、東京・朝日新聞読者ホール、松本敏之撮影

桃野さんは2021年から、「桃野泰徳の『話は変わるが』〜歴史と経験に学ぶリーダー論」とのタイトルでコラムを執筆。証券会社社員や中堅メーカーCFOなどの経験をもとに、会社や組織におけるリーダーのあり方について綴っている。そんな連載が新潮社幹部の目にとまり、「なぜこんな人が上司なのか」のタイトルで書籍化が実現した。著書は連載の記事と、新たに書き下ろした文章とで構成されている。

桃野泰徳さんの初の著書「なぜこんな人が上司なのか」
桃野泰徳さんの初の著書「なぜこんな人が上司なのか」=関根和弘撮影

この日あったイベントのタイトルは、桃野さんの連載テーマや著書の内容に合わせて「ろくでもない上司とのつき合い方」。桃野さんの編集を担当する関根和弘・GLOBE+編集長が聞き役を務めた。上司の理想像やダメな事例、リーダーの心構えのほか、桃野さんの「話は変わるが」といった独特な書き方の「誕生秘話」など、話題は多岐に渡った。2人の主なやり取りは以下の通り。(以下、敬称略)

「民間企業にはリーダー教育がない」

関根 GLOBE+ではリーダー論、組織論をテーマに執筆頂いていますね。このテーマの原点はなんでしょうか?

桃野 リーダー論、組織論というのは、私のライフワークとして「一丁目一番地」にしていこうと思っています。結局のところ、私が世の中に問題提起したいことは「なぜリーダーはリーダー教育を受けていないのにリーダーになるんだ」ということです。

学校教育ではリーダー教育がありません。社会人になって大企業に入っても、管理職研修という名の1、2週間の合宿のようなことはやるかもしれませんけれど、リーダー教育というものをお金と時間をかけてやる会社を、私はほとんど知りません。でもやがて社員が年を取ると、課長、部長になり、多くの部下を率いるわけです。

私が大和証券1年目のときのことですが、数字を出すように指示をしてきた部長に、「数字の作り方を教えてください」と聞いたことがあるんです。次の瞬間、部長に「いいから俺が言った通り、やりゃいいんだよ」と言われて、分厚い顧客台帳で頭をバンって殴られたことがあります。これが脅して言うことを聞かせるという昭和のリーダーシップです。

ただ、部下をたたいて萎縮させたところで、成果が絶対に出るものではないと気がついたんですよね。

関根 なるほど。

トークショーで語り合う桃野泰徳さん(右)とGLOBE+の関根和弘編集長
トークショーで語り合う桃野泰徳さん(右)とGLOBE+の関根和弘編集長=2024年5月17日、東京・朝日新聞読者ホール、松本敏之撮影

桃野 そんな時、ご縁があって自衛隊の方と知り合い、多くの知人、友人ができたんです。話をする中で、ふと「どうしたらあんな大組織で部下を率いて、命をかけて戦わせることができるんだろう」と疑問に思って、色々と質問して深掘りをしたら、分かってきたことがたくさんあったんです。

例えば、印象的なのは、自衛隊などは、幹部自衛官の初級幹部、いわゆる一年生幹部になるために「幹部候補生学校」で、1年間徹底的にリーダー教育を受けることです。

つまり、1年間徹底的に教育を受けていない人に部下は任せられない、任せてもらえないわけです。中級、上級、最高幹部になる節目ごとに厳しい教育を受けて、やっと部下を任される。こうしたリーダー教育があるのは、自衛隊だけだと思います。

少なくとも、民間企業ではリーダー教育なしに、部下がつくことになるので、パワハラが起きたり、組織が壊れたりしていく。リーダーがリーダーではないんだ、ということを世の中に問題提起していきたいというのが、リーダー論、組織論の原点になっています。

関根 そうだったんですね。

桃野 そうしてコラムを書き始めたのですが、今から3年前の2021年の7月だったと思いますが、その年の8月15日の終戦記念日に配信するコラムをぜひ書いて欲しいと依頼をくれたのが、関根さんでした。

朝日新聞さんから、私のような無名なライターに連絡が来て、正直驚きましたね。「関根さん、なんでなんですか?」ということをお聞きしたら、「桃野さんが2021年4月に書かれた鈴木貫太郎元総理の記事を見て、非常に感銘を受けました」と言っていただいたんです。

鈴木貫太郎の記事がどういうものかと言いますと、鈴木貫太郎は元海軍大将で、日本が敗戦を受け入れた時の総理大臣です。そして今にいたるも、就任時、史上最高齢の総理大臣。言ってみれば、80歳手前の引退したおじいちゃんだったわけなんです。

なんでその人が終戦を受け入れるという大仕事で引っ張り出されたかっていうと、分かりやすく言えば、そういう仕事を引き受けるべき政治家がみんな逃げたから。

敗戦を受け入れるというのは当然のことながら、陸海軍に命を狙われますし、国民からは石を投げられますし、戦後にはアメリカに捕まって戦犯として裁かれるかもしれない。もしかしたら子々孫々ののしられるかもしれない。鈴木貫太郎はすでに十分な名誉がある中で、なぜ総理大臣を引き受けたのかっていうところに、私は大好きなリーダーの一人である彼の生き様とリーダーシップを別のメディアで配信させていただいた。

その記事を見て、「ああいう形で記事が欲しんです」というようなことを言っていただいたっていうのが、関根さんとの出会いなんです。

関根 桃野さんご自身が上司だった時はいかがでしたか?

桃野 なかなか手厳しい質問ですね。(笑)

結局どこまでやれたかというのは、私にはちょっと自信がないです。

こうすればできる上司になれるという方法までは私としても答えは出せませんけれども、こういう上司が組織をつぶすっていうのはよく知っているつもりなので、そうはなるまいと思っていました。

そして、それについてのコラムを、今朝(5月17日)配信させていただきました。今回、私としてもきれいに言語化できたと思っている記事なので、ぜひご一読いただければと思っています。

要は、日本の典型的なリーダーは、「YES」がジョーカー(切り札)になっているということです。

例えば、部下が何か仕事の提案をしたら、上司が「そんな事をして、何かあったらどうするんだ。責任とれるのか?」と必ず言ってくる。

この言葉の裏には、仕事のためとか部下のためということではなく、「そんなことして『俺』に何かあったら」「『俺が』失敗したらどうするんだ」という、上司自身の自己保身が隠されているんですね。

私としては、責任を取るのが上司の役割だと思うんですけど、そんな理屈すら通じない。多分、会社員であれば、心当たりがあるのではないでしょうか。

こうして、「NO」を部下の提案に突きつけて、結局当りの障りのない提案が出てくる。リスクが無いと思ったら最後にジョーカーで「YES」をきる、というのをやっているんです。こういう上司では間違いなく成果が出ないし、部下をつぶすのは間違いない。

「ろくでもない上司」とのつき合い方

関根 では、できる上司とは?

桃野 部下がやりたいと言ってきたことに、基本的には全部YESだけど、リスクのあるところだけに、NOのジョーカーを切るという上司ですね。

この、YESのジョーカーを切るのか、NOのジョーカーを切るのかが、できる上司、できない上司の違いかと思います。 

では私自身が出来たのかは、ちょっと自信のないところではあります。でも、部下がやりたいことに対して、リスクとリターンを考えたかとか確認して、「じゃあやろうよ」と、YESを出すことは常に心がけていました。

関根 今回の講演会のタイトルを何にするか考えていた時に、「上司」とネットで検索したら、予測検索に「上司 ろくでもない」と出たんですよ。ろくでもない上司に悩んでいる方が多いのではと思いました。著書とも関係するということで、このようなタイトルにしました。桃野さん、“ろくでもない上司”との、うまい付き合い方があれば教えてください。

桃野 結論から言いますと、そんなものないんですよ。(笑)

でも一つ、ろくでもない上司との付き合い方の考え方をぜひ持ち帰ってほしいなと思っています。

自衛隊の幹部教育で「任務分析」という考え方があります。任務の中で、必ず成し遂げなければいけない「必成目標」と、可能であれば達成しなければいけない「望成目標」は何かを分析するものです。幹部であれば誰でも必ず最初に叩き込まれていて、全ての任務で行います。

では、必成目標を私たちの人生に置き換えてみます。答えは人それぞれですが、例えば「幸せになる」「家族を幸せにする」、あるいは「自分らしく生きる」こと、これが長期の必成目標ですね。間違いなく、「上司の機嫌を取る」ことが長期の必成目標であるような生き方をしている人はいないと思います。

ただ、短期の必成目標となると、お金を稼いで飯を食わなきゃいけないわけです。でも当然ですが、会社を辞めたら長期の必成目標である「幸せになる」という目標が達成できないですよね。だから短期の必成目標は、一つは「やり過ごす、我慢する」ことですね。長期の必成目標のために、それしかない。

でも、私に「我慢しよう。辞めるな」と言われて、納得する人いないですね。では、中期の必成目標には何を置くのか。

結局のところ、自身の弱さ、ストレスは何から出てくるかというと、組織や上司の理不尽な意見でも従わなければいけないという「依存」がこれを招いているわけです。

私の著書でも書かせていただきましたが、田山花袋の「蒲団」に出てくる女性の話があります。作家の先生から理不尽で嫌な目に遭わされてしまい、えらいところに入ってしまったんですが、先生がいなければ彼女自身の生活が成り立たない、やりたいこともできないと、完全に先生に依存する環境を作ってしまっているんです。人の心を弱くしていることの例であると思います。

この時代であれば我慢しなければいけなかったかもしれないですが、今はそんな時代ではないですよね。

であれば、中期必成目標でやることは「依存を少なくする、あるいは解いていく」こと。

依存を解く答えというのは、人それぞれだと思います。例えば転職をする、あるいはその上司よりも仕事で成果を出して発言力をつけて上司を追い落とすというのも一つの方法です。「今はそのための準備をしてるぞ」って気持ちになれば、短期目標でへらへらして、「課長すごいっすよね」と言うことぐらいは多分できる。

人は結局この中期、長期の必成目標というものがないがゆえに、我慢することだけが目的になり、上司や会社に依存が解けず、理不尽を我慢しなきゃいけない環境がいつまでも続いてしまう。結果として、ろくでもない上司との関係が変わらない。地獄のような状況なのだと思います。

ぜひこの自衛隊の任務分析の必成目標を、短期、中期、長期で持ち合わせて、自分はどうしていきたいのかっていうところから考えてみてください。

要は、自分を納得させる。これがおそらく、ろくでもない上司との付き合い方の考え方なのかなっていうふうに、まとめてみました。

関根 桃野さんの文体といえば「話は変わるが」。やっぱりめちゃくちゃ面白いですよね。私、編集者なので、桃野さんの記事の第一読者なんですが、5月17日に配信した記事を読んだ時にも「やっぱり他にないな」と思いました。どうして、ああいう文体が誕生したのでしょうか。

桃野 一番最初までさかのぼりますと、私が高校3年か大学1年生、1980年代後半から1990年代前半のころに、「新スタートレック」というアメリカのSFドラマがありました。ピカード艦長がエンタープライズに乗って宇宙を旅するドラマが、私、大好きでした。ピカード艦長の勇気、リーダーシップ、公平誠実な組織運営とかにものすごく感銘を受けて、自分の理想のリーダー像の原型をつくるような影響を受けたドラマの一つです。

それで、DVDを全部買って、何度か見直すことがあったんです。もの書きとしてある程度、仕事が出始めた時にもう一度、最初から観て、「なんで面白いのかな」という観点で観たくなったんですよね。そしたら一つのパターンとして、必ず全体が三部構成で出来ていると気づいたんです。

一番最初は、その日の伝えたいメッセージ性に対する印象深い伏線をパッとおいて「えっ、これどうなるんだろう」っていうところで寸止めして場面変えちゃうんです。そして全く違う場面に、場面転換して、その世界で動いている別の事象の話を始めちゃうんですよね。そして第三部で、最初の伏線を回収しつつ、真ん中のメインになる話と一体化させて仕上げていく。「あれ、これってコラムでも同じことやったら面白いんじゃねえのかな」っていうふうに気がついて、始めました。

自分では「これ、すげえ発明したんじゃねえのかな」と実はその時うぬぼれていたんですが、音楽家の友人に話したら「音楽では常識」と言われまして。そのあと、音楽だけじゃないと言われて、よくよく考えると、歌舞伎とか日本の伝統芸能だって「序破急」の三部構成。

さらに色々調べたら、実は世界的に「三幕構成」という古典的にドラマや映画とかの基本的な作りだと後から気づきました。なんか発明した気になっていたのが恥ずかしいなと思いつつ。(笑)

結論として良い話でも、平坦に最初から最後まで突っ走っちゃうと読む方も疲れるし、書くほうも結構疲れるんですよね。そうなった時に三部に分けて楽しんでもらう。こっちは三部に分けて集中できる。読者目線で、読者の方にどう受け入れてもらいながら読んでもらえるんだろうっていう結果、ここに行き着くよねっていうことで、今の三幕構成というのが、私の一つのパターンになりました。

関根 桃野さんはこう言うんですが、実は文章の中で、三幕構成は極めてレアです。私も20年以上物書きしてますが、なかなかないですよ。桃野さん、特許とりましょう!(笑)

桃野 前回出版した著書のオンラインショッピングサイトの評価欄では、「評価5」を一番多く付けていただいていますが、たまに「不快な文体でした」というコメントも一部あります。でも逆に言えば、私は賛否両論大好きで、否定するような意見がないものは面白くもない、辞書的なコンテンツだと思っています。新しい価値観を生み出せたんだなと、前向きに受け止めています。

トークショーで発言する桃野泰徳さん
トークショーで発言する桃野泰徳さん=2024年5月17日、東京・朝日新聞読者ホール、松本敏之撮影

関根 最後に、ぜひ本の内容を少し教えてください。

桃野 やはり出したいメッセージ性っていうのは一つです。社会に対して「リーダーとはこうあるべきだ」「組織はリーダーについてもうちょっと俺たちで真剣に考えようぜ」っていうことですね。

年功序列自体を否定するものではないんですけれど、リーダー教育を受けていない人が、いきなり年齢を食っただけでリーダーになるのは違うだろうと思うんです。不幸になるのは部下なんだ、というメッセージ性はたくさん出させていただきました。

じゃあ「具体的にどれだけ聞いたら理想なの?」と、たまに本を読んだ方から聞かれたりするので、本では書いていないことですが、具体例で思いついた話があるので紹介します。

自衛隊の最高幹部まで上られた、ある方のエピソードなんですが、その方、元々は戦車の専門指揮官で、ある部隊の連隊長を任されるのですが、この部隊は、訓練の一環で戦車射撃や模擬戦闘などを競う大会で連戦連敗と、非常に弱かったのです。すると彼の同期は「あの弱いところを任されたのか。気の毒だね」みたいなことを言うんですけれど、その方は「いやいや、もう落ちるところまで落ちているから、あとは上に行くだけ」と楽観視していたんです。なので「どうやってそんな組織を強くできたのか」と質問したことがあるんです。

この話には前提の知識が必要なのですが、自衛隊の幹部は大体2年で1任期を終えるのが普通なんです。2年ごとにポンポンポンと全国どこに飛ばされるかわからないというお仕事なんですが、ということは、2年でリーダーとして成果を出さないといけないわけです。

すると、皮肉的な言い方をすると、頭のいいリーダーほど、マイクロマネジメントをするんですよ。たった2年間で成果を出さなければいけないので、細かく部下に「あれやれ、これやれ」と指示を出して、最後は箸の上げ下げまで教えちゃいます。

そうすれば、一時的には強くなるかもしれませんけど、部下は考えなくなりますよね。では、そんな組織が本当に強いのかっていうのは、長期で見たら強いわけない。

では、先ほどの連隊長は何をされたかというと、「勝つためにお前らが何をしたいか考えろ」と部下に投げかけたんです。これこそ、さっきのYESの切り札ですよ。

彼の部下である中隊長や幕僚たちは、自分たちが強くなるために何をすればいいのかを考えていく。連隊長は、YESをバンバン出す。部下は上司が認めてくれる上に、「よしやろうぜ。バックストップヒア!」と言ってくれるので面白くなっていく。バックストップヒアというのは、「俺が責任を取るから好きなことを全部やれ」っていう、アメリカの政治家の殺し文句です※)。この言葉をまさに体現して、強くなるために取り組んだら、1年で「常勝軍団」に変わっちゃったっていう話です。そんなリーダーシップっていうのが、私の一つの理想であります。

リーダーというものは結局、バックストップヒアだと言えるようになるべきで、上司はまずそれぐらいの胆力を持とうぜ、というメッセージを本では出させていただきました。

桃野泰徳さんの話に聴き入る人たち
桃野泰徳さんの話に聴き入る人たち=2024年5月17日、東京・朝日新聞読者ホール、松本敏之撮影