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AI兵器の登場で兵士不足は解消される? アメリカ、イスラエルの識者に聞いた

World Now 更新日: 公開日:
米空軍基地でパトロールのデモに登場した軍用犬型ロボット=ロイター
米空軍基地でパトロールのデモに登場した軍用犬型ロボット=ロイター

AI兵器や無人機などの活用で、兵士不足の解消や、戦場で傷つく人を減らすことにつなげられないか――。そんな期待の一方で、現実の戦場では、民間人被害の拡大にAI兵器が加担しているとの指摘もあります。イスラエルとアメリカで専門家らに聞きました。

イスラエルの攻撃が続くパレスチナ自治区ガザでは、病院や学校など人道上、許されないはずの対象への空爆が後を絶たない。その度に、イスラエル軍はイスラム組織ハマスとの関連を主張し、病院や学校側は「根拠がない」と否定する応酬が繰り返される。ガザでは5万人以上が死亡し、多くが女性や子どもとされる。

ガザで負傷者を運ぶ救急車は、戦闘員をのせているという理由で、繰り返しイスラエル軍の標的になってきた=2024年9月30日、パレスチナ自治区ガザ南部ハンユニス、ムハンマド・マンスール撮影
ガザで負傷者を運ぶ救急車は、戦闘員をのせているという理由で、繰り返しイスラエル軍の標的になってきた=2024年9月30日、パレスチナ自治区ガザ南部ハンユニス、ムハンマド・マンスール撮影

反占領の立場からイスラエル、パレスチナ双方の記者が調査報道を手がける現地の独立系メディア「+972マガジン」などは昨年4月、ガザでの民間人の犠牲の背景に、イスラエル軍のAI活用が影響しているとの疑いを、軍関係者らの証言をもとに報じた。

「AIが『死のリスト』を作成」

イスラエルの商都テルアビブで、編集者でジャーナリストのメロン・ラポポルト氏を訪ねた。

ラポポルト氏は、イスラエルが以前から、ヨルダン川西岸・ガザ双方の地区に暮らすパレスチナ人について、電話や通信内容を含めた膨大な情報を収集してきたとし、「これらのデータをもとにAIがハマスの戦闘員の可能性を判断し、攻撃対象リストを作っていたことを、私たちの調査報道で明らかにした」と説明する。

ラポポルト氏によると、ガザの住民約230万人のさまざまなデータを「ラベンダー」と呼ばれるAIを使ったプログラムが分析。例えば頻繁に引っ越したり電話番号を変えたりするなど、ハマスの戦闘員の特徴とされる項目とデータをAIが突き合わせ、戦闘員である可能性を数値化、リストにするのだという。攻撃対象となった人数は最大で3万7000人に上ったと報じている。

2023年のハマスによる越境攻撃を受けて報復への圧力が高まる中で、人の手で情報を精査するような従来の手法ではなく、AIを使わなければ不可能な規模の攻撃対象のリスト化を行ったと、ラポポルト氏は見る。

リストには、以前なら攻撃対象にならなかったような末端と思われる人物に加え、全く関係ない人物が含まれた可能性もあるという。「AIの判断基準はブラックボックスで、イスラエル軍の事前の分析でも精度は90%だったとされる。攻撃の最終判断は兵士が行ったと軍は主張するが、判断する時間はわずか数秒で、『確認したのは、対象の性別だけだった』という証言もある。AIが『死のリスト』を作っていること自体、非常に不快なことだ」」

イスラエルのジャーナリスト、メロン・ラポポルトさん=2025年2月19日、イスラエル・テルアビブ、荒ちひろ撮影
イスラエルのジャーナリスト、メロン・ラポポルトさん=2025年2月19日、イスラエル・テルアビブ、荒ちひろ撮影

ただ、ラポポルト氏は「民間人の被害を大きくしている要因は結局、人間の決定によるものだ」とも強調する。

「末端の人物までリスト化し、民間人の巻き添え被害の許容を大幅に緩めた。これまでは幹部クラスへの攻撃でも認められる巻き添え被害は5~10人程度だったのが、末端の人物で20人を容認するようになった」。イスラエル側はこうした報道を強く否定している。

最先端でも「人間の介入が必要」

イスラエルがAI兵器の最前線にあることは事実だ。イスラエル国防省は今年1月、省の研究開発局にAIと自律兵器に関する専門部門を設立した。

元イスラエル国軍少将でテルアビブ大学ブラバトニック学際的サイバー研究所長のイツハク・ベンイスラエル教授は、「30年前の最先端だったミサイル技術が、10年前にはサイバーセキュリティーになり、いまはAIになりつつある。時代とともに進化する技術にあわせ、10年後、15年後を見据えての自然な動きだ」と話す。

建国と同時に周辺国と戦争になった歴史から、「イスラエルは常に、自軍の何倍もの敵に対抗しなければならなかった」と述べ、国中のトップ1%に対し、徴兵前に大学で物理学や工学、医学など特定の分野を学ばせる「アカデミック予備役」の制度や、1950年代に設置された科学部隊など、「科学の力」で、兵力の差を埋めてきたと説明する。

一方でAI兵器の活用については「完全自律型というのは正確ではない」とし、「イスラエルの最新の兵器であっても、何らかの形で人間の介入が必要だ」と強調する。

民間人の巻き添え被害についても、「イスラエルに限らず、世界中どこでも起きている問題だが、それこそが私たちが機械に頼りすぎない理由の一つだ。機械に巻き添え被害の概念を教えるのは、とても難しい。私たちはまだ、人間の兵士が必要だ。ガザ戦争のような正規軍ではないゲリラ戦のような戦場では、特に」と述べた。

元イスラエル国軍少将で、テルアビブ大学ブラバトニック学際的サイバー研究所長のイツハク・ベンイスラエル教授=同研究所提供
元イスラエル国軍少将で、テルアビブ大学ブラバトニック学際的サイバー研究所長のイツハク・ベンイスラエル教授=同研究所提供

科学技術の進化で必要な兵士の人数を一部減らすことは可能かもしれないとした上で、「しかし、それ以上ではない。最終的には、新しい技術を使いこなすための適切な教育を受けた別の兵士が必要になる」と指摘する。

AIが兵士の代わりになる日は来るのか? そう尋ねると、ベンイスラエル氏は、「小説家アイザック・アシモフのSF短編『ナンバー計画』を読んだことはあるかい?」と返した。

人類が計算方法を忘れるほどコンピューターに頼り切り、別の星と高度な計算機同士による戦争を続ける近未来、一人の男が紙とペンを使って計算する方法を「発明」するが、人類の利益にという男の思いとは裏腹に、地球の高官たちは機械に頼らない「有人ミサイル」をつくることができると喜ぶ――。

そんな機械同士の戦争と人間の皮肉を描いた作品に触れ、言った。「100年後、200年後なら、そんな世界があるかもしれないが、もっと現実的に、例えば5年後ならば――? そんなことが起きるとは思えない」

最新兵器でマンパワー削減は可能? 

現代の戦場で戦闘の「主役」を担うのはAI兵器や無人機などだ。そして戦闘行為をこうした機械に代替させれば、戦場に投入する兵士の数も減り、戦闘による人的リスクを軽減できる。そんな効率的な作戦が展開できれば、軍隊の省力化につながるのではないか――。そう考えがちだが、それは間違いだと、米シンクタンク「ランド研究所」の戦略・ドクトリン計画部長、ラファエル・コーエン氏は指摘する。

コーエン氏は欧州や中東の軍事専門家で、イラク戦争で陸軍大佐として戦闘指揮にあたった経験もあり、昨夏にはウクライナで「戦闘」の現場を調査した。

「技術の発展により、技術がマンパワーを代用できるという前提があり、AI・無人兵器の投入で、機械による『無血の戦争』が増えるだろうと思いがちだが、そうではないことが証明されてきた」

インタビューに答える米ランド研究所のラファエル・コーエン戦略・ドクトリン計画部長=米ワシントン、佐藤武嗣撮影
インタビューに答える米ランド研究所のラファエル・コーエン戦略・ドクトリン計画部長=米ワシントン、佐藤武嗣撮影

そう語るコーエン氏は、ロシア、ウクライナ両国での徴兵制や動員の拡大はもちろん、イスラエルでも「兵士不足」により、男性の兵役義務期間を32カ月から36カ月に延長したことを挙げた。むろん、イスラエルによるAIアルゴリズムを駆使した攻撃で、ガザの一般市民の犠牲は甚大だ。しかし攻撃する側のイスラエルでも兵士不足は深刻だ。

AI・無人兵器の導入は、戦闘のスピードを加速させ、それによる犠牲者数も膨れ上がる。戦場に投入するドローンの数が増えれば、それを制御し、修理する人員が必要で、宇宙・サイバーといった新たな戦闘領域での要員も欠かせない。コーエン氏は「最新鋭兵器の導入で、必要なマンパワーが減るわけではなく、その配分先が変わるだけだ。現段階では、最新技術を投入することで、人手を削減できるという、トレードオフ(相殺)は起きていない」と分析する。

「徴兵」をめぐる議論は、紛争当事国ではない英国やデンマーク、ドイツなどにも波及。米国では、戦争や国家の緊急事態に迅速に兵士を招集できるよう、18歳から25歳のほとんどの男性に登録を義務づける制度が導入されているが、現在は「登録」が義務化されているだけで、ベトナム戦争以来50年以上、徴兵は実施されていない。

だがそんな米国でも、米連邦議会で女性への登録義務拡大が議論されているなど、徴兵をめぐる議論がくすぶっている。

コーエン氏は、「徴兵制」は社会の統合を促す半面、特権階級出身者の兵役逃れなど不平等や分断を助長すると見る。また、「イラク戦争のような小規模な戦争であれば、職業軍人の方が適しているが、ロシアや中国などを交えた大国による世界的な戦争に発展すれば、職業軍人だけでは不十分だ」とし、徴兵制の議論がさらに膨らむだろうと警鐘を鳴らす。

訓練でドローンを離陸させるウクライナ軍の兵士=2022年12月、ウクライナ・キーウ近郊、関田航撮影
訓練でドローンを離陸させるウクライナ軍の兵士=2022年12月、ウクライナ・キーウ近郊、関田航撮影

さらにコーエン氏は「戦争」の本質をこう述べる。「戦争とは、基本的に『人々が傷つけ合う力の衝突』だ。一方が、そのコストが割に合わない、と言うまで互いを傷つけ合う。破壊されるのが機械だけなら、傷つける力は実現せず、人々が傷つくまで戦争は終わらない。それが悲劇なのだ」