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皇室典範の改正求めた国連女性差別撤廃委員会に拠出拒否 日本の実利外交の危うさとは

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
スイス・ジュネーブの国連欧州本部=2024年10月15日、朝日新聞社
スイス・ジュネーブの国連欧州本部=2024年10月15日、朝日新聞社

「男系男子」に限った皇位継承は女性差別にあたるとして、皇室典範の改正を勧告されたことに抗議の意思を示すため、日本政府が国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)への拠出金の使途から国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)を外した。皇室典範改正の勧告は内政干渉とも言えるが、やり方をみると、「トランプ流」の下手な二番煎じのようにも見える。事実、外務省内にはトランプ政権発足で「価値観外交よりも実利外交だ」という声も漏れ始めているという。(牧野愛博)

CEDAWは昨年10月、8年ぶりになる日本への勧告の中で、男女平等のために王位継承法を改正した他国の事例を参照し、皇室典範を改正するよう求めた。政府は勧告に抗議したほか、1月29日には、OHCHRへの拠出金の使途からCEDAWを除外することを国連に伝えたことを明らかにした。

女性差別撤廃委員会の2024年の勧告=朝日新聞社作成
女性差別撤廃委員会の2024年の勧告=朝日新聞社作成

皇室典範が女性差別にあたるかどうかは様々な意見があるだろう。皇室だけの決め事で、一般社会の人々に対する普遍的なルールではないから、「内政干渉だ」という政府の意見にも一理がある。ただ、国連事務次長を務めた赤阪清隆氏は「もう少し外交的な対応というのが可能だったのではないか」と語る。

赤阪氏によれば、日本政府からOHCHRへの任意拠出額は2000万~3000万円程度。CEDAWへの拠出自体、2005年以降実施されていないという。

赤阪氏は「そうであれば、淡々と内々に、先方に伝えておくことで足りたのではないか。それが日本外交の伝統芸だろう」と語る。赤阪氏であれば、記者団の質問に対して「同委員会とは緊密に協議を行ってきており、日本側の見解は明確に伝えてきている」と答えるという。もし、記者団が拠出金について問いただしても、「本件に関して拠出金を絡めるようなことは特に考えていない。ちなみに、過去20年ほど拠出は行ってはいない」と答えれば十分だという。

国連女性差別撤廃委員会の日本政府に対する審査=2024年10月17日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部、朝日新聞社
国連女性差別撤廃委員会の日本政府に対する審査=2024年10月17日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部、朝日新聞社

赤阪氏は「国連の委員会の勧告に問題があるなら、反論を正々堂々と大きな声でやればいい。意に沿わない勧告があったから、お金をあげるのを差し止めますというのは、なんとも大人げない、恥ずかしい行為と見られても仕方がない」と話す。そのうえで、「国際社会から中国の戦狼外交の二番煎じか、トランプ大統領の関税を使った脅しのまね事と見られないか心配だ」と語る。

赤阪清隆・元国連事務次長=本人提供
赤阪清隆・元国連事務次長=本人提供

確かに、国連や他の国際機関は、「トランプ台風」で大変な状況にある。最大の拠出国であるアメリカがトランプ政権下で、資金拠出の大幅な引き下げを求めた世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、出張費や新規採用を可能な限り削減していく考えを示している。そこで、日本が米国と同じ手法を採ったと誤解されては、日本外交への大きな打撃になるだろう。

一方、トランプ外交の前に、日本外務省内に焦りの声があるのも事実だ。外務省幹部によれば、省内で「自由民主主義などの価値外交ばかり叫んでいたら、他の国から置いていかれないか」という不安の声が上がっているという。安倍晋三首相らの肝いりで掲げた、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想も、「よくもって2030年くらいまで」という「賞味期限」を語る幹部も出てきている。価値外交の旗を降ろさないにしても、実利外交をもっと追求すべきだという声が出るのは、日本の国力低下も相まって、仕方がないことなのかもしれない。

ただ、日本の情勢にも詳しいビラハリ・カウシカン元シンガポール外務次官は「(軽武装論を唱え、米国を番犬扱いした)吉田茂(元首相)のように、日本は過去から、実利外交を十分展開してきた」と語る。そのうえで、カウシカン氏もあからさまに実利を掲げることへの危うさを指摘する。

ビラハリ・カウシカン元シンガポール外務次官=本人提供

カウシカン氏は「シンガポールのような小さい国でも、無理な要求に対してはノーと言うことがある。でも、ノーと言うだけではだめだ」と語る。今回の例にあてはめれば、皇室典範への理解を求めるためにどうするかを考えると同時に、任意拠出を拒んだ場合の影響をよく考えるべきだという意味だろう。

国際社会ではよく、筋が通らなかったり、明らかな利己主義に基づく外交を展開したりする国を見かける。別の外務省元幹部は「そういう場合、その国の置かれた立場などから、評価も変わってくる。GDP(国内総生産)の低い小国であれば、仕方がないことだと受け入れられることもある」と語る。だが、日本は国連安全保障理事会の常任理事国を目指す国ではなかったのか。赤阪氏が語った「日本外交のお家芸」が何なのかをいま一度、考えてみるとよいかもしれない。