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選択的夫婦別姓はなぜ導入されない?石破首相も一転慎重に 国連が「女性差別」と審査

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
国連女性差別撤廃委員会の日本政府に対する審査=2024年10月17日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部、朝日新聞社
国連女性差別撤廃委員会の日本政府に対する審査=2024年10月17日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部、朝日新聞社

選択的夫婦別姓制度とは、結婚する夫婦が名字を同じにするか、別々にするか自由に選べるようにする制度だ。1979年に女性差別撤廃条約が採択されると、各国で導入が進んだ。

日本の現行の民法は、結婚した夫婦はどちらかの姓を名乗ることを定めており、実際には婚姻届を提出した夫婦の95、96%で、妻(女性)が改姓して夫側の姓を名乗るという不均衡が生じている。

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日本も同条約を批准しており、1996年には法相の諮問機関である法制審議会が選択的夫婦別姓導入を盛り込んだ民法改正案を答申したが、政府は法案提出を行ってこなかった。

国連の委員会では、現行制度が女性差別にあたるとして、民法の改正を求める質問も出た。法務省の担当者は「世論調査でも国民の意見が分かれている。家族のあり方に関わることから、より幅広く理解を得る必要がある。議論が深まるように取り組んでいる」と回答した。

青木一彦官房副長官も10月18日の記者会見で「国民の間に様々な意見があり、政府としては、国民各層の意見や国会における議論の動向を踏まえ、更なる検討をする必要がある旨を説明した」と繰り返すにとどめた。

選択的夫婦別姓の導入をめぐる日本社会の現状=朝日新聞社作成
選択的夫婦別姓の導入をめぐる日本社会の現状=朝日新聞社作成

閣僚経験がある自民党のベテラン議員は「旧安倍派を中心にこれまで権力の中心にいた勢力が、夫婦別姓や性的少数者の問題に慎重な姿勢を見せているからだ」と説明する。

総裁選で最後まで石破茂首相と争った高市早苗・前経済安全保障相は9月9日の会見で「世論調査では、旧姓を通称としてどこでも使えるよう求める声が最も多い」と主張。最小限のルール改正で不便は解消できるとし、夫婦別姓の容認に消極姿勢を隠さなかった。

朝日新聞も、政府による法案提出には至っていない最大の理由は、「『伝統的家族観』を重視する自民党議員らの強い反対があるためだ。日本会議や神道政治連盟、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)など、保守系団体の意向も存在してきた」などと報じてきた

しかし、この議員は「選択的夫婦別姓を認めたから、票が逃げるとは思わない」とも語る。

実際、世間の空気は選択的夫婦別姓制度導入に傾き、慎重な政府・自民党に対する世間の視線はどんどん厳しくなっている。

経団連は6月10日、選択的夫婦別姓制度の早期実現を求める政府への提言を発表した。政府や企業では、結婚後も旧姓を通称として使うことが定着しているが、それだけでは解決できない問題が生まれているからだ。

外務省元幹部の一人は「外国政府・企業との間で審査や取引を行う際、パスポートの名前とその他の書類の名前が食い違うケースが多発している。所要時間が長くなるばかりか、相手から信用を失うことにもつながりかねない」と指摘する。自民党の思惑とは別に、世間では「家」より「個人」を重視する考え方がより普遍的になっている。

石破氏も総裁選では「姓を選べず、つらい思いをし、不利益を受けることは解消しないといけない」と語っていた。しかし、首相就任後に行われた10月7日の衆院本会議の答弁では「国民の間に様々な意見があり、政府としては、国民各層の意見や国会における議論の動向などを踏まえ、更なる検討をする必要がある」と述べるにとどめ、慎重姿勢に転じた。

ベテラン議員は石破首相が選択的夫婦別姓に慎重な姿勢に転じた背景として「政権を握った以上、これまで権力を握っていた勢力を敵に回したくないという思惑が働いている」と指摘する。

一方、上述の外務省元幹部は「選択的夫婦別姓に慎重な意見を唱える政治家は、LGBTQ+(性的少数者)への対応でも慎重な意見を述べる傾向がある」と語る。昨年6月に成立したLGBT理解増進法でも、高市氏は2023年2月の衆院予算委員会の審議で「文言について十分な調整が必要だ」と述べ、慎重な姿勢を示したことがある。

元幹部は「どちらの主張も、日本の伝統を守りたいという根拠に支えられている」と語る。専門家の一人は「明治政府は紀元節を定めるなど、古来の日本の伝統を強調する傾向にあった。日本の伝統を主張する人々は明治時代の規範を重視する傾向がある」と語る。

自民党のベテラン議員は「日本の近代化は成功の歴史だ。慎重派としては、近代化の歴史を重視することが主権国家として強固なつながりを維持することにつながると考えている。これは理屈ではなく、歴史認識とは関係のない不思議な感覚とも言える」と話す。

しかし、上野景文・元駐バチカン大使は「日本では8割程度の人が中絶の権利を認め、西欧に近い傾向が出ている。性的少数者の権利を認める割合も西欧と変わらない。問題は、それが政策に結びつかず、政策面では置き去りになっているという点だ」と語る。

外務省の元幹部は「日本の伝統文化の尊重と言っても、現在の夫婦同姓を定めた民法は明治時代に成立したものだ。江戸時代以前は、そもそも庶民には姓がなかった」と語る。

「欧米の主要国や中国、韓国などはほぼ夫婦別姓を認めている。彼らからは日本の夫婦同姓制度に懐疑的な声ばかりが聞こえてくる。日本は明治維新で西洋文化を取り入れたが、その後は全く国際的な流れから取り残されている」と指摘する。欧州では人間を中心として考える啓蒙思想を前面に打ち出した思想がフランスや北欧などを中心に広がっているが、日本はこの流れから取り残されているという。

やはり、欧米の大使を経験した別の外務省元幹部は「日本人が海外に進出したり、日本観光をする外国人旅行者が増えたりすることだけでは国際化とは言えない。日本に定住する外国出身者が増えてこそ、日本の国際化が進んだと言えるだろう」と語る。そのためには日本が主要国と足並みを揃える形で選択的夫婦別姓に関する変化も必要だとの考えを示す。

選択的夫婦別姓の法制化、賛否の推移=朝日新聞社作成
選択的夫婦別姓の法制化、賛否の推移=朝日新聞社作成

自民党ベテラン議員は「総選挙で自民党が勝てば、余裕もできる。石破首相も再び、選択的夫婦別姓制度の導入に前向きになるかもしれない。逆に選挙で敗北すれば政権は極めて不安定になり、(自民党主導での)制度導入の機運も遠のくだろう」と語った。ただ、自民党と参政党以外は、公明を含めておおむね導入に賛成している。総選挙の結果によっては一気に民法改正と言う可能性も浮上するかもしれない。