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「12歳の子どもに狩猟を体験してもらうため」育てたキジを放鳥する州事業に賛否両論

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
救助されたキジを抱くジョン・ダイ・レオナルド
米ニューヨーク州ロングアイランドのリバーヘッドで、最近救助されたキジを抱くジョン・ダイ・レオナルド=2024年12月3日、Dave Sanders/©The New York Times

米ニューヨーク州のロングアイランドで、コウライキジが殺されてばらばらになり、羽毛のついた肉片が道路に沿って散乱していた。複数の頭や翼と羽毛の塊が等間隔で散らばっていた。生き残ったキジたちはいらだった様子で素早く動き回っていた。

「ほら、脚を引きずっている鳥がいる」と野生動物のリハビリを担当するジョン・ダイ・レオナルドが言いながら、網を片手に草が茂る路肩を大股で歩いた。彼が指さした鳥は、尾が長くて黒く、羽毛は銅色で、おそらく銃弾を浴びたか車とぶつかったために、野原をよろよろと歩いていた。

キジはなぜここで死骸になったのか。ダイ・レオナルドによると、州政府が運営するキジ供給プログラムのために、数千羽ものキジがこうした場所に放たれた結果、死んでしまう。ハンターの狩猟で命を落とすことは少ないという。

州のプログラムは1908年に始まった。2024年の予算は140万ドル(約2億2千万円)で、年にキジ6万5千羽を飼育して自然界に放鳥し、子どもや新人ハンターらに狩猟への関心を深めてもらおうという事業だ。

しかし、ダイ・レオナルドら批判的な人々は、供給プログラムは生きている動物を的にする射撃練習と呼ぶべきもので、膨大な数の鳥を虐殺していると主張する。

本格的なハンターたちは、供給プログラムで育つキジを「いいカモだ」と侮辱を込めて呼ぶ。州議会では、このプログラムを廃絶するための議案を2025年1月に提出しようとする議員たちがいる。

現行のプログラムでは、州が狩猟期間に間に合うようにキジを飼育する。この期間は、ロングアイランドで11月1日から12月まで。ニューヨーク州の他の大部分の地域では10月から翌年2月までだ。毎年秋に州内各地で、自然保護作業員が土着種ではないコウライキジを放鳥する。

突然に放鳥されるまで、飼育下で育ちえさを与えられていたので、食べ物を探す技術や、ハンターや捕食動物に対する警戒心といった生き残るために必要な習性が身についていないとダイ・レオナルドは説明する。

このため、キジたちはハンターの射撃練習で狙いやすい標的になっている。もっとも、標的になる前に大部分が車との衝突、他の動物による捕食、そして飢えか寒さで死んでしまうのだ、とも述べた。

ハンターにしても、人工飼育されたキジの猟を拒む人が多い。本物の挑戦とは言えないからだ。

動物愛護活動家たちやハンターのグループによると、放鳥されたキジの大多数は数週間以内に死んでしまう。

「これは馬鹿げている。動物を虐殺することにニューヨーク州当局が加担しているのだから」。州議会のマンハッタン選挙区から選出された民主党議員のリンダ・ローゼンサルは苦言を呈する。キジ供給プログラムを廃止する議案の起案者だ。「州がこの事業に取り組むべき理由は何もない」と主張する。

「州営の残酷な行為」とキジ供給プログラムを非難し、野生動物と環境の保護に責任を負う機関がこのプログラムに関与することは、とくに不適切だと州議は指摘する。

しかし、ブリタニー・スパニエル種鳥猟犬のクロエとともに州内のキャッツキル山地でキジなどを狩猟してきたフリーランス作家のロブ・ジャゴジンスキーは、キジ供給プログラムについて、魚を池に放流するのと同じようなものだと受け止めている。

ジャゴジンスキーは「あのプログラムは弁明の余地がないと思う人もいるだろうが、スポーツの側面がある」と語る一方、自身は野生のライチョウやアメリカヤマシギなど、もっと高い技能が必要な狩猟を好む気持ちが強いことを言い添えた。

それでも彼は、キジは格好の標的というわけではないと指摘した。

「キジは上手に飛ぶから、飛ぶ鳥を撃ち落とす腕が優れていないと、当たらない」とジャゴジンスキーは語る。「しかも私はそれを食べるのであって、ゴミ箱に捨てるようなことはしない。理にかなっているんだ。私には狩猟をする友人がたくさんいて、そして私たちはキジを食べる」

ローゼンサルの議案が成立すると、ニューヨーク州中部イサカの近くに州が所有するレイノルズ狩猟鳥獣農場が閉鎖されることになる。狩猟の時期に間に合うように屋外の数十カ所で放鳥するために、鳥が飼育されてきた場所だ。

州当局者によると、このプログラムの財源は小火器と弾薬に対する連邦物品税と、州政府が鳥獣保護基金の一部として徴収する狩猟免許の手数料だ。

プログラムには、成鳥として購入された2万5千羽、生後6~8週で購入され成鳥期まで育てられた2万5千羽、市民や農村青年教育機関4Hのグループその他の教育団体に、生後間もないヒナを預ける関連プログラムの下で成鳥に育てられた1万5千羽が含まれる。

州環境保全局の広報官は、議案が今後審議の対象になることを理由に、キジのプログラムについてコメントしなかった。

当局者のこれまでの説明では、放鳥数の半分にあたるキジがハンターによって狩られており、州内での野生生物関連のレクリエーションのうち、狩猟全般は人気が最も高い活動の一つだという。免許を取得した56万5千人を超えるハンターが年間で約15億ドル(約2360億円)に相当する経済効果を生み出している、と付け加えた。

全米組織の自然保護団体「永遠のキジ」の広報担当ケイシー・シルによると、放鳥されたキジのうち冬を越すものは5%を下回る。供給プログラムは、生息に必要な環境や保護施策の改善を実現しないままでは、ニューヨーク州内の生息数の増加を達成できる方法ではないと述べた。

しかし、「新しいハンターたちが仲間になり、野生動物の生息環境を保護する熱意を共有してもらう」という点で、供給プログラムは有効な方法だとも指摘。「これはいずれにしても良いことだ」と話した。

環境保護の当局者によると、このプログラムは野生のキジの生息数の回復が目的ではなく、12歳の子どもにも狩猟を体験してもらうために企画された。

このプログラムでは過去にいくつかの問題が起きた。2023年、レイノルズ農場で鳥インフルエンザが発生したため、繁殖用に準備した6600羽の鳥を全て殺処分せざるをえなかった。州は商業用孵化(ふか)場から新しく鳥を購入した。

2008年の予算危機の際、当時の知事デビッド・パターソンはプログラムの予算削減に踏み込む寸前になったが、ハンター組織の抗議や訴訟の動きが相次いだことから、再考して見送った。

パターソンは2024年12月のインタビューで、この騒動を「州北部特有の問題」と述べ、「私たちは環境にとって正しいことをやっていると考えたが、キジを追うハンターたちの見方は違った。結局、彼らの主張を受け入れた」と説明した。

コウライキジは1800年代後半に東アジアから狩猟鳥として輸入された。だが、原産地と同様の草地が州内で減るにつれて、鳥の数も減少してきた。

近ごろは、州の狩猟区付近で放鳥された後に住宅地に迷い込む鳥も数多い。SNSに投稿された目撃情報では、ファストフード店のドライブスルーや様々な裏庭でうろつく様子がうかがえる。放鳥地点周辺の道路で交通事故の発生が多いことを考えると、道路の横断はとくに危険なようだ。

米ニューヨーク州で、道路沿いの草地に現れたキジ
米ニューヨーク州ロングアイランドのイーストポートで、道路沿いの草地に現れたキジ=2024年12月3日、Dave Sanders/©The New York Times

ダイ・レオナルドは秋の後半になるとキジの救出活動に取り組み、ロングアイランド東部のリバーヘッドにある自然保護団体で自身のNPO「ヒューメイン(人道的な)ロングアイランド」に連れて行ってから、野生動物保護区に引き取ってもらう。

保護するキジは年に数十羽で、散弾で負傷したり、翼や脚が折れたりしているキジもいるという。

遠方で猟銃の音が鳴り響くなか、ダイ・レオナルドは「体内に鉛が撃ち込まれ、はいずってから死に至る。とても残酷な死だ」と言った。近くを、明るいオレンジ色のベストを着て、銃を携行するハンターたちが歩いていた。

孵化プログラムで子どもたちに飼育されたキジは最も従順で、多くがハンターを見ると近づいてくるといい、「人慣れしているんだ。抱き上げてくれることを望む鳥もいる」と指摘した。

ダイ・レオナルドのこの活動には困難がつきまとう。グループのフェイスブックのページに不快なコメントが書き込まれ、ハンターたちとイベントで対立することや口論になることもある。2024年11月、ある狩猟クラブに近い路上で、男が彼に突然近づいてきて不法侵入だと非難したという。

「ハンターがかごの中の鳥を的するようなプログラムに、ニューヨーク州の鳥獣保護基金から100万ドル近くが支出されていると知ったら、人々はショックを受けると思う」とダイ・レオナルドは言った。

ハンターのジャゴジンスキーは、キジが十分に機敏であれば、置かれた環境に適応できるだろう、と話した。

「彼らはチャンスを与えられる。数週間しか生存しないキジもいれば、越冬して春を迎える少数の個体は、野性の力を身につけ、賢くなるだろう」(抄訳、敬称略)

(Corey Kilgannon)©2025 The New York Times

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