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人になつきすぎる鳥、アメリカ各地で増加中 遺伝子異常?科学的に解明できる可能性も

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ビル・ハートラインとMr.エリマキライチョウ
ビル・ハートラインとMr.エリマキライチョウ=Bill Hartline via The New York Times/©The New York Times

少し独りになれるところがほしい。そう思ったビル・ハートライン(66)は、米ペンシルベニア州マンシーの郊外にある森の一角に50エーカー(20ヘクタール余)の土地を買い求めた。いずれは、老後の住まいを建てることも考えていた。

しかし、2020年初めに、キャンプをしにこの森に来てみると、思っていたほど孤独にひたれるところではないことに気づいた。

その日の夕方に、1羽のエリマキライチョウが足もとに現れたのだった。カラスほどの大きさ。頭には小さな冠があり、体をおおう羽にはまだらの模様がついている。

「身をかがめて、『やあ』ってあいさつをしたんだ。そしたら、優しい鳴き声で返事をして、私のあとをついてくるようになった」とハートライン。「3年たった今も、ついてくるんだ」

まあ、控えめにいうと、そうなるだろうか。何しろ、ハートラインが「Mr.エリマキライチョウ」と名付けたこの鳥(以下、Mr.)は、まるで必死に気に入られようとするかのごとく、何でも一緒にやろうとする。トラクターにも乗れば、ハシゴにも上る。キャンプファイアだって、ハートラインの肩から見るのが大好きだ。

トラクターの連結装置にとまったMr.エリマキライチョウ
トラクターの連結装置にとまったMr.エリマキライチョウ=Bill Hartline via The New York Times/©The New York Times

ほとんどのエリマキライチョウと比べて、えらい違いだ。だいたいは、見かけることすらない。見かけたとしても、すぐに見失ってしまう。だから、狩猟家の間では、「かくれんぼの王様鳥」と呼ばれている。

「Mr.は、とっても人なつこい。でも、すごく正直にいえば、やっかいなことだってある」とハートラインは、本音を明かす。

例えば、別れが苦手なことだ。ハートラインや招待客が立ち去ろうとすると、自動車の下に潜り込んでしまう。「絶対に行かせてくれないんだよね。何かのときに、こうすれば車を動かせないことを覚えたんだ」

人なつこさがすぎて、いたずらをすることもある。靴ひもをほどいたり、髪の毛を引っ張ったり……。

それでも、ハートラインはMr.を友人だと思っている。ただし、とても知りたいことが一つある。なぜ、自分が選ばれたのだろうか? この疑問には、割と早い時期に科学が答えを出してくれるかもしれない。

ペンシルベニア州のエリマキライチョウは数が減っており、ある研究チームが遺伝的な健全性を調べていて、意外なことを突き止めた。染色体逆位と呼ばれる遺伝子異常が、かなりの数の検体で見つかったのだ。

こうした逆位は、DNAの一部が切断され、これが反対向きにくっついて再構成されてしまうことで生じる(訳注=均衡型の再構成なので、病気を起こすわけではない)。

鳥の染色体に逆位があると、外見や行動の明確な違いとなって表れることがある。ペンシルベニア州立大学の生態学者で、この研究チームの一員でもあるジュリアン・エイブリーは、こう指摘する。

「逆位のある鳥は、渡りをあまりしなくなったり、ほかの遺伝子集団とのかかわり方が変わったりすることがある。端的にいえば、風変わりな行動を示すようになる」

エリマキライチョウにとっては、普通でないことが普通だといえる。

「そもそもが、とても変わった鳥なんだ」とエイブリーはその習性を語る。七面鳥やウズラ類の近縁で、飛ぶことにはたけていない。ほとんどの時間を地上ですごし、苦く、ときには毒のある植物を食べてしたたかに生きている。

冬になると、足の指からクシ状の突起が現れ、雪の上を歩くためのかんじきのような機能を果たす。冷え込んだ夜は、雪だまりに潜り込んで寒さをしのぐ。

さらには、「ドラミング(ほろ打ち)」と呼ばれるオスの求愛行動がある。翼をものすごく速く震わせて音を出すと、森全体が震えているような感じになる。「車のトランクに楽器のベースを積んで鳴らしているって感じかな」とエイブリーは例える。「振動が体に伝わってきて、とても素晴らしい」

しかし、この研究で見つかった逆位は、特定の明確な行動様式や性別の傾向、体の色調と結びついているわけではない。

「エリマキライチョウをめぐるこの問題と私たちの頭脳の格闘は、始まったばかりにすぎない」とレイナ・ティルは肩をすくめる。ペンシルベニア州狩猟委員会(訳注=健全な狩猟と自然保護の両立を図る州の機関)の野生生物学者で、やはりこの研究チームに加わっている。

「逆位のせいで、エリマキライチョウの一部に奇妙なことが起きているかって? そう問われてまず頭に浮かぶのは、人になついた個体の存在だ」

いわゆる「なつきエリマキライチョウ」の報告は、ペンシルベニア州や米北東部の各州の森から毎年上がってくるようになった。

見ず知らずの人が所有する車庫の中で、噴射式除雪機のそばにおとなしくたたずむ姿。ひざの上にとまられて困惑する、弓矢を持った狩猟者。重機のハンドルでの羽休め。それをくちばしのほんのちょっと先から撮影しても、一向に気にする様子も見せない――そんな動画が、ネット上では出回っている。

In an undated photo from Bill Hartline, Bill Hartline feeding blueberries to Mister Grouse. Ruffed grouse are elusive and stealthy, but scientists are seeking a genetic explanation for why some of the birds become best buddies with people. (Bill Hartline via The New York Times) — NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY SCI FRIENDLY BIRD BY ASHLEY STIMPSON FOR JAN. 1, 2024. ALL OTHER USE PROHIBITED.
ビル・ハートラインにブルーベリーをもらうMr.エリマキライチョウ=Bill Hartline via The New York Times/©The New York Times

こうしたエリマキライチョウには、「グレーシー」「グラウシー(Grousey〈訳注=英語のライチョウ=grouseから来た愛称〉)」「ボブ」といった名前がつけられてもいる。

なぜこんな行動をとるようになったのか、いくつもの説明がなされている。発酵した木の実を食べて、酔っ払ってしまった。求愛期の縄張りを、(訳注=人間を使って)ライバルから守ろうとしている。遺伝的先祖返り説もある。

米国がまだ植民地だったころは、エリマキライチョウは人間を恐れていなかった。「おろかなめんどり」と呼ばれ、棒や石で捕まえられる獲物だった。

では、本来ならしないはずの行動に出る鳥がいることを、染色体逆位で説明できるのだろうか。

「明白な行動様式の違いがあるので、簡単に調査することができるのではないかと思えた」とティルはいう。

狩猟委員会が人になついたエリマキライチョウの目撃証言を2023年3月に募ると、100人以上から報告があった。その後、数カ月をかけてティルはペンシルベニア州内を回り、とくに目立った「なつきエリマキライチョウ」を個別に調査した。

こうした鳥を森からおびき出すには、オスのドラミングのような音声による刺激が必要な場合が多かった。例えば、あらゆる地形に対応して走るオフロード車の「パタパタ」というエンジン音のようなものだ。

「いくつかの現場には、電動のこぎりを持っていった」とティルは振り返る。結局、7羽も捕まえた。エリマキライチョウを手にすると、年齢と性別を確かめた。すべてオスだった。綿棒をくちばしに突っ込んでDNAを採取し、尾羽の広がりの模様を写真に撮った。ほとんどは、5分以内に解放した。

「だいたいの場合は、『もうたくさん』とでもいうような反応だった。『確かに、僕はなつきライチョウだけど、それにしてもこれはやりすぎだよ』って感じでね」

でも、あのMr.は違った。

ほかの鳥は、放つと同時に逃げ去ったが、Mr.はなんとすぐに戻ってきた。もっと人間と触れ合っていたいと切望しているかのようだった。

ハートラインは、ペンシルベニア州立大学から分析結果が届くのを待っている。Mr.の人なつっこさがそのDNAに刻まれているのかどうか、早ければ2024年中に分かる。それとは別に、縄張りを守らずにハートラインの領域に踏み込んでくる鳥といかに共存するかを探っている。

「キャンプに行ってテントの入り口を開けると、素早く入ってくる」とハートライン。そこで、Mr.専用に網目の布で作った小型のテントを買ってあげた。「今は、同じテントの中にいて、彼は自分のテントの中、私はその外という形で共存している」

この妥協策で、両者は目下のところうまく折り合っている。「Mr.はとてもくつろいで、すごく幸せそうなんだよね」(抄訳)

(Ashley Stimpson)©2024 The New York Times

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