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「愛の南京錠」野生動物の脅威に グランドキャニオンでも被害の可能性 担当者が警鐘

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
取り外した「愛の南京錠」のたばをかざす米グランドキャニオン国立公園のレンジャー
ボルトカッターを抱え、取り外した「愛の南京錠」のたばをかざす米グランドキャニオン国立公園のレンジャー=アリゾナ州、D. Pawlak/National Park Service via The New York Times ©The New York Times

米グランドキャニオン国立公園の南部地域「サウスリム」を担当するレンジャーはこの数週間、ある「獲物」を追っている。手にボルトカッターを携えて。

相手は、フェンスにぶら下がる「love lock(愛の南京錠)」。恋人たちの名前か、その頭文字が刻まれている。すぐ前の断崖の向こうには、雄大な泥岩の景色が果てしなく広がる。これに、自分たちの愛を重ね合わせ、永遠に続くようにとの願いを込めて南京錠をかけたのだろう。

でも、公園当局にとって、南京錠は情熱の象徴ではない。人為的に放置されたゴミにすぎない。

「愛は強い」と公園側は2023年10月、フェイスブックに記して、こう続けた。「でも、私たちのボルトカッターほどは強くない」

それから数日で、数十個もの南京錠が取り除かれた。ここは米国民に最も愛されている国立公園の一つであり、ロマンチックな雰囲気が人々を引き寄せる。そこに、2006年ごろから愛情表現としての南京錠が目立つようになった。

公園の広報担当ジェフ・ステビンズによると、フェンスにたまった南京錠は2年おきにまとめて除去するようにしている。「それは、事実上、環境を汚すポイ捨てゴミと同じ。詰まるところ、人間と野生動物のためにある公共の土地に害を与えている」

中でも、野生動物にとっては深刻な脅威となる。愛の南京錠をかけたあと、鍵は谷底に向かって放り込まれるならわしだからだ。

それが、ここにすむカリフォルニアコンドルを脅かす。翼長が10フィート(3メートル強)近くにもなる大型種で、絶滅の危機にある。「珍しいものがあると、くちばしに入れて何なのかを確かめようとする。幼児が何でも口に入れてしまうのと同じように。キラキラ輝く鍵も例外ではない」と公園側は指摘する。

谷にはコインなどの金属類もよく投げ捨てられており、鍵と同様、のみ込まれてしまえば最悪の場合、死んでしまうこともある、と野生動物保護に携わる当局は心配する。

ステビンズ自身は、コンドルが鍵をのみ込んで死んだ事例は知らない。「でも、その可能性は常にある」と強調する。

グランドキャニオン国立公園は、一枚のX線写真をSNSに投稿した。コンドルの消化管にコインなどの金属類が写っており、手術して取り出すしかなかった。

この公園でゴミをまき散らかせば、どんな危害を及ぼすことになるのか。公園側では投稿で幅広く注意を呼びかけている。

An undated photo provided by D. Pawlak/National Park Service of an X-ray that shows a coin and metallic items in the digestive tract of a condor. Aside from the unsightliness of メlove locksモ that some are leaving on fencing at the Grand Canyon, the lock keys that couples typically toss into the canyon are a potential problem for wildlife like critically endangered California condors, which like to investigate strange things and could ingest them. (D. Pawlak/National Park Service via The New York Times)
カリフォルニアコンドルのX線写真。消化管にコインなどの金属類が詰まっている=D. Pawlak/National Park Service via The New York Times ©The New York Times

公園当局の投稿は、愛の南京錠には「そもそもどんな伝統や目的があるのか。こうした記念の方法に未来はあるのか」について、あらためて関心を集めた。

一説には、その歴史は少なくとも100年はさかのぼるといわれる。第1次世界大戦にまつわる物語で、セルビアのある町に住む若い女性教師が、前線に兵士として出征する恋人を送り出したことにちなむという。

しかし、これを裏付ける史実はあまり出てこない、とセリ・ホールブルックは首を振る。英ハートフォードシャー大学の民俗学教授で、愛の南京錠について研究し、著書も出している。

ホールブルックによると、この慣習の最初の裏付けが出てくるのは、1980年代のハンガリーの都市ペーチュだった。ただし、ロマンスとは関係のない、パンクロックの活動に関連してのことだった。同じころ、イタリアでは、軍関係者が祝賀の一環として橋に南京錠をかけていた。

ロマンスと結びつけたのは、イタリア人作家フェデリコ・モッチャ(訳注=1963年生まれ)と見られている。

そのベストセラーで、2012年に映画化された「君が欲しい」では、恋人同士がフィレンツェのベッキオ橋に南京錠をとり付けるシーンが出てくるとホールブルックは解説する。この本の愛読者がベッキオ橋を訪ねてまねをするようになり、そこからこの行為がはやるようになったという。

「少し変わったものが観光地のような公共の場で目に付くと、訪問客はそれをまねようとする」とホールブルック。「それがSNSに投稿され、そのまま世界へと広まっていく」

パリのように本格的に広まったところでは、観光に来た恋人たち用に南京錠売りが現れる橋まで出始めた。

一方で、いくつかの都市では、こうした南京錠を縁結びの象徴ではなく、いささか重い寄生性のフジツボが名所に侵食してきたように見なすところもあった。

米ニューヨーク市では、作業員がブルックリン橋から愛の南京錠を取り除いた。豪メルボルンでは、一つの橋にあった2万個もの錠を外した。その重みで、橋に傷みが生じかねなかった。英リーズでは、いくつかの橋について南京錠の除去命令が出された。やはり、橋の構造に悪影響が出ることが懸念された。

それでも、この慣習は続けられている。簡単にできることが大きいとホールブルックは見る。南京錠は安いし、文字を書き込むのも難しくはない。取り付ける橋やフェンスは、どこにでもある。容易に撮影し、SNSで共有できる。

「大きな立体芸術に自ら手を加えたような感じがして、ちょっとした満足感にひたれる。自分と、ほかの何百人もの貢献で、その芸術作品がさらに大きくなっていく」と、ホールブルックは愛の南京錠のたばを作る側の心情を語る。

「自分の刻印をそこに残したという高揚感がたまらないのだろう」(抄訳)

(Eduardo Medina)©2023 The New York Times

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