米西海岸などにすむ絶滅危惧種のカリフォルニアコンドルは、翼を広げると幅が10フィート(3メートル強)近くにもなる。そのつがいが2023年春、特異な一つの卵の世話をかいがいしく続けた。2カ月にもわたって交代で温めたり、ひんぱんに卵を回転させたりした。後者は、ヒナの成長を促すとされる行動だ。
このつがいは、オレゴン州ポートランドにあるオレゴン動物園が繁殖計画に基づいて飼育している。
これまでのように卵を抱いたが、それが「ハイテク詐欺」であることには気づいていないようだった。3Dプリンターで作られたプラスチック製の殻の中には、コンドルの巣の中の状況をこっそり記録するセンサーが詰まっていた。
おかげでこのニセ卵は、何週間にもわたって巣の中の温度や卵の回転具合、周囲の音を記録し続けた。動物園側はそのデータを活用し、繁殖計画の重要なカギを握る人工孵化(ふか)器の中の状態を、より自然な環境に近づけようと考えている。
オレゴン動物園では毎年、カリフォルニアコンドルが卵を産むと、すぐに巣から取り出し、安全な孵化器に移している。この方針には、いくつかの利点がある。
つがいによっては、2個目の卵を産む(訳注=通常は隔年で1回に1個しか産まない)。動物園としては中の胚(はい)の発育を観察でき、親鳥たちの乱暴な動きから脆弱(ぜいじゃく)な胚を守ってあげることにもなる。卵からヒナがかえると、もとの巣に返される。
「繁殖期になると、親鳥たちは神経質になる傾向がある」と動物園でコンドルを担当する上級飼育員のケリー・ウォーカーは指摘する。「たまにはつがいが巣の中でけんかし、卵を傷つけてしまうこともある」
孵化器の中が自然の状況に近いほど、よい結果につながるのではないか。そう考えたウォーカーは、専門家に協力を求めた。サンノゼ州立大学の鳥類研究家で動物生態学者のスコット・シェーファーと、テキサスA&M大学の鳥類学者で自然保護の最新技術に詳しいコンスタンス・ウッドマンだ。二人はさまざまな鳥の種にあわせて、データ記録用のハイテク卵を作ってきた。
そこで、コンドル用の「卵」が生まれるまでをここに再現してみた。
《卵の設計》
ウッドマンは、コンドルの卵を模したデジタルモデルを作製した。
殻は、内部のセンサーが温度の変化を感知するのに十分な薄さでありながら、親鳥から乱暴に扱われても耐えうる強度が必要だった(以前、大型のコンゴウインコが、ウッドマンの作製した卵の一つを地上2階の高さにある巣から外に放り出したことがある)。
卵がパカッと開いてしまうことも禁物だ。だから、ねじ山をつけた半分ずつをきつく締め合わせるねじ込み式にした。「親指がない限り、回して開くことはできない。鳥にはそんな指はないから、ぴったりだ」
《殻を作る》
ウッドマンは3Dプリンターを使い、鳥には無害のプラスチック素材を特別に選んで加工した。何しろ抱卵は、何カ月も続くことがある。「善意のつもりで、素材中毒にしてしまうようなことは絶対に避けたかった」と強調する。半分ずつの殻を作るのに、それぞれ13時間もかけた。
《テストには七面鳥も》
卵があまりに速く回転したり、ぐらついたりする不自然さがないことを確認するために、ウッドマンは作った卵をロレッタに与えてみた。トイレのしつけをしてあるペットのメスの七面鳥だ。「もし、この卵が嫌いなら、ロレッタは上に座って温めようとはしないだろうから」
《色をつける》
鳥の卵の色は、種によって異なる。だから、ウッドマンとシェーファーは、できるだけ本物とそっくりになるようにしている。コンドルの卵の微妙な青と緑がかった色合いを出すのに、ウッドマンは無毒な染料が入ったポットに殻をひたした。もともとは、子どもの服を染めるのに使うものだ。
《電子機器を仕込む》
殻に詰め込んだ小さな計測装置は、温度や卵の動きを記録する。
音声録音機は、巣の中の音を集める。動物園ではこの音を再生し、孵化器の卵に聞かせることにしている。「成長中の胚が、殻を通して聞くことになる」と先の飼育担当のウォーカーは話す。そして、こうした電子機器類が発生させる光を消すために、絶縁テープを丹念に巻いた。そうでなければ、卵は明かりを点滅させるクリスマス飾りのようになってしまうだろう。
《重さもだいじ》
鳥によっては、あまりに軽い卵は受けつけないことがある。だから、ウォーカーはグルーガン(樹脂を熱で溶かして接着する工具)を使って卵の中に石を貼りつけ、全体の重さが0.5ポンド(227グラム弱)以上になるようにした。
《さあ、すり替え》
2023年になって、第1号のハイテク卵が現場に投入された。
与えられたコンドルのつがいは、メスが762番(番号だけで名はない)、オスがアリショーだった。アリショーについてウォーカーは「世にいう『育メン』とはいささか違う」と評する。「自分が当番のときには卵を温めるけど、心底喜んでやっているわけではない」。一方の762番は、ひたむきな愛情をアリショーに注いでいる。「『死ぬまで一緒』というタイプ」
2羽がいずれも巣から離れたすきに、動物園のスタッフが本物の卵を素早く孵化器に移し、ニセ物とすり替えた。どうやら、気づかれなかったようだ(ウォーカーによると、卵は孵化し、ヒナは親のもとに返されて順調に育っている)。
《データの活用》
繁殖期がすぎると、シェーファーとウォーカーは集めたデータの分析に入る。新たに判明したことは、孵化器の設定値を調整するのに生かされる。それが、より多くのカリフォルニアコンドルのヒナを、より安全にこの世に送り出してくれることを関係者は願っている。
「これは、本当にクールな技術の応用方法だ。さらなる改善が続くに違いない」とシェーファーは胸を張る。(抄訳)
(Emily Anthes)Ⓒ2023 The New York Times
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