乾いたサバンナをのし歩く勇姿。熱帯植物の葉をむさぼる巨体。有史前の人気者、恐竜のイメージといえば、暑さとは切り離せないだろう。
ところが、もっと寒いところで暮らしていた仲間もいた。
北極圏内にある米アラスカ州の北部の地層に、恐竜の赤ちゃんの骨や歯が埋もれていた――生物の米学術誌カレントバイオロジーで2021年6月、そんな発見が報告された。凍てつく寒さと空腹。4カ月も太陽が見えない日々。ときには、猛吹雪だってあったに違いない。それを耐え抜いた数種の恐竜がいたことを、今回の発見は示唆していた。
地球の極地に残された恐竜の足跡は、北極圏にあるノルウェー領スバールバル諸島ですでに1960年に見つかっていた。その後、数十年の間に、北極圏だけでなく、南極圏にも恐竜がいた証拠が出てきた。
一体、どうやって過酷な環境を生き延びたのかに、専門家の関心が集まるようになった。極北では、今より暖かかったとはいえ、冬は大地が凍り、ほとんど明けることがない極夜が続いたはずだ。
「本当に、投げ出したくなるほど謎だらけだ」とアラスカ大学北方博物館の古生物学者パトリック・ドラッケンミラーは首を振る。今回の発見を研究論文にまとめた執筆陣の一人だ。
この恐竜たちは、飛ぶことができたのかもしれない。夏を過ごし、冬には南に帰る渡り竜だったのだろうか。
「あるいは、何らかの方法で耐え忍んでいた。冬眠なんて、突拍子もないことでもしたのだろうか」
それを探るために、今回の研究陣が向かったのは、アラスカ北部にある「プリンスクリーク地層(Prince Creek Foundation)」だった。北極圏内にあり、「われわれが知る限り、恐竜がいたことが分かっているところとしては、最も極北にある場所だ」とドラッケンミラーは説明する。
化石探しといえば、これも暖かい気候を思い浮かべることが多いだろう。日焼けした古生物学者が、手がかりを求めて地表を削る。大腿(だいたい)骨が、大きなもも肉の骨みたいに地面から突き出している……。
ところが、プリンスクリークの現場は、そんなロマンとはいささかほど遠い。
「まず、土が凍っている。骨もね」と今回の発掘に加わったタイラー・ハントは顔をしかめる。フロリダ州立大学の博士課程の学生だ。「しかも、すべてが泥だらけ」
ハントやドラッケンミラーらの研究陣は、何回かに分けて現場に足を運んだ。そして、丘の地表を小さなスコップで掘り、化石があるはずの凍土層が見えるようになるまで砂や泥をかき出した。次に凍土層を太陽に当て、解かしてから掘り出し、ふるいにかけた。ケシの実より大きなものだけを残す細かな網の目を使った。
こうして集めた発掘品を研究室に運んだ。多くの学生やボランティアが、顕微鏡を使って大さじ1杯分ずつを綿密に調べた。「微化石」と呼ばれる、骨や歯の小さなかけらがお目当てだった。
大きくて派手であるほど化石は評価されがちだが、微化石は「恐竜の赤ちゃんの命と暮らしへの小窓を開けてくれる」とオクラホマ州立大学の古生物学者ホリー・ウッドワード・バラード(この論文執筆には関わっていない)は説明する。しかも、共存していた動物や植物についても同時に明かしてくれる。
今回の研究陣は、白亜紀(約1億4500万年前から6600万年前)後期に生存していた恐竜を少なくとも7種、微化石の精査から特定することができた。ティラノサウルスや頭部に突起があるケラトプス、大型鳥脚類のハドロサウルスなどだ。
孵化(ふか)する前の胎児も含めて、恐竜の赤ちゃんがそこに存在していた事実は、極地の恐竜の暮らしぶりを理解する助けになるとドラッケンミラーは語る。
まず、恐竜の卵が孵化(ふか)するまでの期間がヒントになる。最新の推定では、最長で6カ月もかかったとされている。ということは、越冬を避けて南に移動するには、あまりに時間がなかったことになる。
「卵の殻を破ったら、すぐに南に向かって走り出さねばならないということになるのだから」
でなければ、そこにとどまっていたことになる。ただし、自分自身とわが子の体温を維持し、食べ物も確保せねばならなかったはずだ。
極地恐竜の中には、体が羽毛で覆われていたものもいたのではないか。あるいは、そもそも「トカゲのような冷血動物」ではなかったのかもしれない。だとすれば、恐竜は(訳注=代謝熱で)自ら体温を生み出す内温動物だったという最近の有力説を肯定することにもなる。
冬眠という(訳注=冷血動物の)行動も、「十分にありうる」と先のオクラホマ州立大学のバラードはいう。ただ、それを裏付けるだけの証拠は、化石の発掘現場からは見つかっていない。
「いずれにしても、恐竜をめぐる疑問の数々がこんなにきれいにつながってくると、とてもわくわくさせられる」とロードアイランド大学の古生物学者デービッド・ファストフスキー(この論文執筆にはかかわっていない)は語る。
今回の研究陣は、早くもプリンスクリークに戻る計画を立てている。
羽根の化石や、恐竜が体を温めた居心地のよい巣穴の跡――目指すのは、そんな細部にわたる新たな発見だ。
先の博士課程の学生ハントが、陽光あふれるフロリダから寒々とした北極圏の発掘現場に向かうときは、自分より先にそこにたどり着いた「先駆者」のことを思わざるをえない。
そう、はるか昔のことだ。
「雪の中にいる恐竜なんか、だれも想像することはないだろう。でも、あんな最北の地でも、明らかに彼らはわが世を築いていたのだから驚く」(抄訳)
(Cara Giaimo)©2021 The New York Times
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