銃やショッピングカートが出てきた。それに、ものすごい数の瓶のふた――。
マグネットフィッシングを始めた人が、2022年夏にあげた「釣果」の一例だ。
文字通り磁石で水面下にあるものを引き揚げるこのフィッシングが、コロナ禍で人気となった。
熱中しすぎて罰金を科せられた人が、この夏には出た。米ジョージア州の軍事基地にある川でロケット弾を引き揚げたからだ。
一方、メーン州では、2万ポンド(9トン余)もの金屑(くず)を一つの川から回収し、表彰された愛好家たちがいた。
合成繊維の頑丈なロープの先に強力な磁石。そんな道具を使う人たちの動画が、YouTubeやTikTokにはあふれている。
極上の獲物として、珍しい年代物の自転車や骨董(こっとう)的な価値がある銃が映し出される。
しかし、ベン・デムチャクによると、最も多いのはごくありふれた品々だ。自分が趣味としてこの活動を始めて、もう5、6年にもなる。
「こうした動画では、極上品の合間に出てくる金屑の類いは目に触れることがない」とデムチャクは話す。
趣味が高じて、2020年8月に磁石やマグネットフィッシングのセットを売るクレイトス・マグネティックス(Kratos Magnetics)社を設立した。
すると、すぐに注文や問い合わせのメールが殺到した。なにしろ、屋外に誘ってくれ、かかる費用は安い(最も基本的なセットはネットでは20ドルで買える)。だれでも簡単に始められる。
しかし、磁石は最も基本的なものですら、冷蔵庫で使われるより強いものが求められる。このため、需要を満たすのが難しい状況が生まれていた。
デムチャクは、もともとは考古学者。それがこの趣味を持つようになったきっかけは、たまたまYouTubeで動画を見たからだった。だれかがアップロードしたもので、銃を映していた。
「歴史的な品物を見つけるのとは、いささか違う面白さがある」とデムチャクは指摘する。「獲物を追うスリル。さらに、なぜこれがこんなところにあるのかというミステリーが拍車をかける」
人の数より銃が多い米国では、地元の川や水路で銃を見つけることも珍しくはないだろう。ナイフや銃弾も出てくる。手榴(しゅりゅう)弾すらある。
YouTubeで41万人もの登録者がいるマグネットフィッシングの愛好家1人と、いっしょにいた2人の計3人が2022年6月下旬、罰金を科せられた。
ジョージア州の陸軍基地フォートスチュワートを流れる川で、禁じられているにもかかわらず、ロケット弾や弾薬86発を引き揚げたからだ。
翌月にはニュージャージー州北部パサイク川で、不発の砲弾が友達2人の獲物になった。(訳注=国立野生生物保護区があることで知られる)ケンタッキー州のクラークス川では2021年5月、男性が手榴弾1個を見つけている。
ただし、普段多いのは金屑類だろう。集めて業者に売る熱心な愛好家もいるぐらいだ。
「最も肝心なことは、マグネットフィッシングで川や水路がきれいになることだ」とデムチャクは強調する。
「だいたい人間は、何世代にもわたって水の中にものを投げ捨ててきた。自分はつい最近も、電動スクーターを引き揚げている。そんなものを水の中から除去すること自体がよいことだ」
インディアナ州ノーブルズビルのエンゼル・リン・カーボン(50)は、1年前にマグネットフィッシングを始めた。自分の活動記録をTikTokにあげている。
うれしいのは、自宅近くの湖でみんなが再び泳ぎ始めたことだ。湖底にたくさんあった釣り針を取り除いてあげたので、可能になった。
回収した針は、2022年7月だけで推定約1千本にもなる。この活動は、自分には心理療法のような効果があるという。
「私は、考えが頭の中をかけめぐるタイプ。思索って、世界中どこでもそんなものだと思うけど」とカーボン。
「でも、現場に行って磁石を投げ込むと、考えるのは水から揚がってくる可能性があるいろんなもののことだけだ」
自宅のガレージには現在、金属類が400~500ポンド(約181~227キロ)ある。リサイクル業者が毎月、回収しにくる。
これまで米国内の5州で集めた金属類は、推計で6千ポンド(2.7トン強)。最も価値がある見つけ物は懐中電灯だ。自分で直し、使っている。
「この活動には、目的を持たせることができる」とカーボンは語る。
「残念ながら、川や水路はゴミ捨て場のようになってしまった。でも、どうしてこんなに汚くなったのかということは、個人的にはどうでもよい。肝心なのは、そこから先。きれいにするのに、私にも実際にできることだ」
ロヨラ大学シカゴの准教授ティモシー・ホールラインも、マグネットフィッシングで各地の水域をきれいにするのにかなりの時間を費やしている。専門は(訳注=水域を研究主体とする)水生生態学で、汚染問題を調べている。
全米の池や川、水路にどれだけのゴミがあるのか。正確に知るすべはない、と明言する。人類の歴史と同じぐらい古い問題であることだけは、確かだ。
何かいらないものができると、人類は川を利用してきた。「生ゴミなどを投げ捨てる場所だった。流せば、消える。下流にね」
ホールラインは今、シカゴやマサチューセッツ州、カナダのトロントで都市の水路や河川にたまったゴミをどう処理するかを研究している。
目立つのは、ポリ袋やペットボトル、アルミ缶などの使い捨てゴミの多さだ。
マグネットフィッシングでかかるものとしては、自分でも弓と弓矢、銃弾は見つけたが、銃そのものはまだだ。
そんな金属製のゴミよりも、はるかに深刻なのがプラスチック類だ。人間と野生生物への影響度が違う。
水に漂うプラスチックには、いくつもの危険が潜む。野生生物が食べてしまったり、生物の動きを阻害したりするかもしれない。
有害化学物質が含まれ、さらに汚染物質を吸着する可能性もある。
それと比べれば、川や水路にある金属物の除去は、さほど差し迫った環境上の問題ではないのだろう。
それでも、ホールラインはマグネットフィッシングのような活動を後押ししている。地元の河川に親しみ、結びつきを深めてくれるからだ。
「長きにわたり顧みられなかった川や水路だが、すごく大きな可能性がそこには眠っている。ただし、われわれ自身が水の生態系を評価するシステムを変えねばならない」とホールラインは説く。
「ゴミを投げ捨てる場ではなく、みんなの資産として考えるようになれば、地域づくりや公共の福祉、教育に真に貢献してくれるかもしれない」
ケイシー・デヨー(32)は、幼いころからいつも水に親しんできた。ミシシッピ州に育ち、父は川船の船長をしていて、彼女はよく素潜りをした。
そのデヨーがカリフォルニア州北部でマグネットフィッシングを始めたのは1年前。訪れる川はかつて故郷で潜った川ほどきれいではない。濁っていて、臭いもする。それでも、新たに始めた趣味が、水とのつながりを強めてくれたと話す。
とくに重要なのは、YouTubeの動画を通じて自らの体験をほかの人たちと共有できることだ。
さらに、好奇心が強い見ず知らずの人とも、対話をすることができるようになった。
マグネットフィッシングに出かけると、周りにいる少なくとも10人から15人が「いったい何をしているの」と尋ねてくる。
そんなときは、自分の道具を渡して「やってみては」と勧めることが多い。最近も男の人が聞きにきたが、誘いには尻込みするばかりだった。
でも、ひとたび磁石を手渡すと、「その人もすぐに獲物を引き揚げていた」(抄訳)(Amanda Holpuch)Ⓒ2022 The New York Time
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