■実は大量消費者でした
ーー中嶋さん自身は、いつから「プラなし生活」をしているのですか。
少し前までは、プラスチックの大量消費者でしたよ。
変わったきっかけが、2016年から2年間暮らしていた米カリフォルニア州での経験です。当時、ちょうど住民投票でレジ袋の無償配布が禁止されました。多くの人がマイバッグを持ち歩き、お弁当と飲み物だけなら、手に持ってオフィスに帰る人がほとんどでした。
化学繊維ばかりの服でおしゃれをすることを「プラスチックファッション」と呼ぶなど、「大量消費はクールじゃない」という認識が広がっていました。
私が学んでいたサンディエゴのスクリップス研究所でも、スタッフ、教員、学生一丸となって持続可能なスタイルに変えていこうとしていました。みんな水筒を持ち歩き、キャンパスには水を補給できるステーションがありました。イベント会場でも自分のマグカップを持ってくるよう呼びかけられ、プラスチック製のスプーンやフォークはありませんでした。
研究所のビーチにプラごみが散乱していると、メーリングリストで「まじでイラついた!対策を立てるべきだと思う!」という投稿が一斉に送られるのも珍しくありませんでした。
帰国後、プラスチックを具体的に減らすための方法を伝えたいと思い、友人と一緒に「プラなし生活」のサイトを始めました。この2年間、ペットボトルは買っていません。
■1年間で「スカイツリー243個分」が海に
――そもそも、なぜ海洋プラスチックごみが世界中で問題になっているのでしょうか。まず、実態を教えてください。
2010年に世界で生産されたプラスチック2億7千万トンのうち、少なくとも480万トン、多くて1270万トンが海に漏れ出たと推定されています。米国の研究チーム(*1)が2015年、初めてこうした試算を発表し、世界に衝撃を与えました。
中間値は875万トンあまりで、東京スカイツリー243個分ほどの重さに相当します。日本からは2万~6万トン程度が海に出ていると推定されています。
(*1 ジョージア大学のジェナ・ジャンベック教授を中心とする研究チームが2015年、科学誌「サイエンス」で、世界のごみの総排出量、人口密度、経済状況をもとに、世界でどのくらい海洋プラごみが発生しているか試算した論文を発表した)
――なぜ、プラごみが海に流れ出るのでしょうか。
大きく3つのルートがあります。
ひとつは、プラごみが風で飛ばされ、海に流れ出るというもの。日本の場合は、埋め立て地にはカバーがかけられ、ゴミが風で飛ばされることはあまりないでしょう。ゴミ収集車からゴミが落ちてしまうこともほとんどない。しかし、中国や東南アジアでは、埋め立て地にカバーがなかったり、収集車からゴミが落ちてしまったり、「管理されていないプラごみ」が多いんです。
二つ目は海への「ポイ捨て」です。特に問題となっているのが「漁網」。多くはプラスチック製で、様々な生物に絡みつき、死に追いやっています。
「どうしようもなく出てしまうもの」もあります。例えば化学繊維でできた衣類を洗濯すると、微細な「マイクロプラスチック」が下水に流れ出ます。下水処理場を通っても、100%は処理できないでしょう。また、屋外にあるプラスチックが紫外線によって劣化し、はがれ落ちることもあります。
■食べる、覆う、流れる…生き物に様々な影響
――海の生き物にどんな影響がありますか。
大きく3点あります。
ひとつが、食べてしまうことによる影響です。物理的な影響としては、プラスチックを飲み込もうとして、のどや消化管が傷ついてしまいます。また、プラスチックがもともと含んでいる有害な化学物質が体内に入ってしまうことによる、化学的な影響も考えられます。
プラスチック製品には用途によって紫外線吸収剤や酸化防止剤、抗菌剤など様々な化学物質が含まれます。体内で代謝されるものもあれば、脂肪に溶けて残るものもある。化学物質に汚染されたプラスチックを食べた生き物に負の影響が出ることが、研究を通して少しずつわかり始めています。それを食べる人間に、絶対影響が出ないとは言い切れません。
二つ目がおおいかぶさってしまうこと。海底の生き物にかぶさり、サンゴ礁が窒息したり、折れたりしてしまいます。
三つ目が外来種を運んでしまうこと。生き物がプラスチックにくっついて漂流し、新しい生息地にたどり着いてしまうことがあります。
■日本のリサイクル率25%、実は輸出が大半
ーー昨秋に出版した著書「海洋プラスチック汚染 『プラなし』博士、ごみを語る」では、3R(削減=Reduce、再使用=Reuse、リサイクル=Recycle)のうち、「まず取り掛かるべきはReduce」と書いています。なぜでしょうか。
世界では、化学繊維を含めると年間4億トンのプラスチックが生産され、多くが使い捨てです。海洋プラごみの大部分は、その使い捨てプラスチックから来ています。消費者が使う量を減らし、生産量を減らさなければ、どうにもならないのです。
ーーリサイクルをより一層進めることで、解決はできないでしょうか。
環境省の発表データによると、日本のプラスチックごみの排出量は年間940万トンあります(2013年)。そのうち「リサイクル」できたのは233万トンで25%を占めます。
しかし、そのうち168万トンは海外に輸出されていて、国内でリサイクルできたのは65万トンと、全体から見ればわずか7%となります。さらに、大半の輸出先だった中国が受け入れを禁止しました。東南アジア各国も受け入れが厳しくなっており、日本国内で行き場を失うプラごみが増えています。
世界全体で見ても、リサイクル率は9%。手間やコストから考えると、限界があります。
ーー燃やして発生した熱を有効利用する「熱回収」が最も多くて57%を占めます。この「熱回収」で有効活用すれば良いのでは、という意見もあります。
30年後には、プラスチックごみを燃やすこと自体ができにくくなるでしょう。(今世紀後半に温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指す)「パリ協定」に日本も批准しているからです。(*2)
(*2 日本は昨年6月、2050年までに80%の温室効果ガスを削減すること、「今世紀後半のできるだけ早期に排出を実質ゼロにする」との長期戦略を閣議決定している)
■深海でプラごみの謎を追う
ーー「海洋研究開発機構」(JAMSTEC、神奈川県横須賀市)では、どんなことを研究していますか。
もともと私は、サンゴ礁や深海生物の研究でした。海洋プラごみの研究を本格的に始めたのは2018年からです。
JAMSTECでは、深海に沈むプラごみを徹底的に調べようとしています。昨年9月には、潜水艦で水深5700メートルの深海を調査しました。すると、1984年製造のハンバーグのレトルトのパッケージが漂っていました。
なぜ軽いはずのプラスチックが、劣化していない形で深海に沈んでいるのか、わからないことがたくさんあります。海に流出したうち、かなりのプラごみが深海にあることが予想されており、この謎を調べています。
ーー「プラなし」生活を長続きさせるコツは何でしょうか。
プラなし生活は完璧にはできません。私自身、3人の子育てをしていますが、おもちゃなど子どもの身の回りにはプラスチックがたくさんあります。それをすべて使わないのは無理でしょう。
大事なのは、楽しむ、周りの目を気にしない、完璧を求めない、ということ。周りから変な目で見られても、楽しい事をしているんだから大丈夫です!
いずれ、使い捨てのプラスチックを使うことは「ださい」と言う時代が来ると思います。
■「プラなし生活」やってみた
中嶋さんのアドバイスとブログを参考に、記者もプラなし生活に挑戦してみることにした。
まずは、そもそもどのくらいプラスチックごみを出しているのか、1週間分を確かめると……。自宅で出たプラごみだけで45リットルのゴミ袋3分の1ほど。生鮮品やお菓子の包装、容器がほとんどだった。生鮮品を買わないわけにもいかない。どうしたら減らせるのか。
中嶋さんに尋ねると、「『買わない』という選択肢しかなかなか難しいですよね……」。ただ、「量り売りのお店で買うのも選択肢かも」と、ブログで紹介している量り売り専門店のマップを教えてくれた。そのほか、初級、中級、上級3ステップでできるポイントを聞いた。
【初級編】
① マイボトル、マイバッグを使う
② 食器を洗うスポンジをプラスチック製から、綿やセルロース素材のもの、たわしに変える
③ 台所の三角コーナーのプラスチック製の網をやめる。シンクの受け皿に直接ゴミをため、紙に包んで捨てる
【中級編】
① ラップをやめて「みつろうラップ」を使う
② タッパーをやめて琺瑯やガラス製品に
③ テフロン加工のフライパンをやめて、鉄やステンレス素材のものに
【上級編】
① シャンプーを固形にする
② 洗剤に重曹を活用する。
まずは初級編から挑戦した。中嶋さんいわく、「マイボトル、マイバッグは基本のき」。初級編②は、台所から下水を通して海に流れ出るマイクロプラスチックを減らすためだという。
もともと、できるだけマイボトルは使っている。マイバッグは忘れることも多かったので、使用を徹底した。三角コーナーの網は取り、食器のスポンジは綿100%のふきんに変更。少ない洗剤で、問題なく洗えた。
中級編の中から、みつろうラップ作りに挑戦した。作り方は「プラなし生活」の記事を参考にした。原料となる「みつろう」は、大手の雑貨店で購入できた。布の上にみつろうを載せ、クッキングシートをかぶせてアイロンをかけ、かわかすだけ。水で洗い、繰り返し使えるという。
教えてもらった食材の量り売りマップには、持参した容器に食材や洗剤を量り売りで売ってくれる全国の店がたくさん載っていた。固形シャンプーも試してみたい。完璧を求めず、楽しんでみよう。