春。鳥が渡る季節になった。そして、2021年は米国のいくつもの都市で夜景が変わった。
いつもなら、夜空を照らしてビルが浮かび上がる。それが、数十もの都市で、暗闇に包まれるようになった。夜も飛び続ける渡り鳥がビルに激突し、命を落とすのを防ごうというのだ。
問題は、ビルの窓などのガラスだ。光を反射しても、透明でも、鳥には空が続いているように見えてぶつかる。米国では毎年、こうして3億6500万~10億羽が死んでいると見られる。
「鳥にとってガラスはまさに『目前の死』となる」とコニー・サンチェスは眉をひそめる。野鳥保護に携わるNPO「全米オーデュボン協会」(本部・ニューヨーク市)で、建物を鳥に優しくする運動を進める責任者だ(訳注=「オーデュボン」は米鳥類研究家の名に由来)。
協会は「明かりを消そう運動」への参加をもう20年も各都市に呼びかけている。鳥の渡りの季節となる毎年3月半ばから5月にかけてと秋の年2回、街の照明を落とす取り組みだ。20年秋までに35都市が応じていた。
その後、少なくとも6都市が、21年4月までにこの運動に加わった。各市では地域社会や地元の諸団体、鳥類学の専門家、さらには米最大手の企業のいくつかが、都心上空の夜の渡りを支援している。
具体的には、シカゴやヒューストン、ニューヨークといった都市だ。いずれも、夜間の明るさによる光害のひどさが、全米のトップ10にランクされている。
■渡りの時期に合わせた消灯
渡りの時期は、場所によって異なる。南部テキサス州の沿岸は、春にメキシコ湾を北上してくる鳥の最初の陸上通過地となる。南部有数の世界都市ダラスでは、ビルの明かりが消えるのは、3月半ばから5月いっぱいになる。ダラスと一つの都市圏をつくるフォートワースでは、市内で最も高いビルのうち少なくとも11棟が、5月末までの午前0時から朝6時にかけて明かりの度合いを落としている。
テキサス州から東に離れたフロリダ州のジャクソンビル。やはり3月半ばになると、渡り鳥がやってくる。ここでは、ボランティアが街を歩いて鳥の死骸を集め、どこで見つけたかを記録している。そのデータをビルの所有者や運営者に渡し、対策を検討してもらうためだ。
そこから大西洋岸を北上したペンシルベニア州の最大都市フィラデルフィア。新たにこの運動に加わった6都市の一つだ。地元紙フィラデルフィア・インクワイアラーは20年10月、ビルに衝突して一晩で1千羽以上の渡り鳥が死んだと報じた。この数十年で、米国では最悪の規模となった。
二度と繰り返すまい。今回の運動参加が、その一助になることを専門家は期待している。
■渡り鳥の犠牲、原因を探して
鳥は、すでにさまざまに生存を脅かされている。地球の温暖化。すみかを追われ、猫にもおびえねばならない。そんな中で夜間の明かりを消せば、少なくとも生存リスクの一つを和らげることができると専門家は話す。
ただし、この運動がうまくいくかどうかを知るには、調べておくことがある。助ける相手が、どれだけいるかということだ。
コーネル大学の鳥類学研究所では、レーダーでそれを探っている。渡り鳥の群れがいれば、密度がうんと高く出るからだ。
昔ながらの靴底を減らすやり方もある。ジャクソンビルでは週3回、ボランティアの一団が朝7時ごろに出動し、通りを歩き始める。低木をじっと見つめ、高層ビルの周りを点検する。
21年3月半ばの活動では、ムシクイ2羽とハト1羽の死骸を見つけた。バッグに入れると、死因を調べるために動物園に持っていった。
そこからは、人間でいえば法医学の世界がバトンを引き継ぐ。ところが、死因の解明は、一筋縄にはいかない。
本来なら、どういう状況で死んでいたのかを知ることが、重要な手がかりになる。ところが、確かなのは、飛んでいたことと重力で落下したことだけだ。発見場所の近くに、死因となったものがあるのかすらはっきりしないことも多い。
死ぬほどの衝突が起きた。すぐに歩道に落ちるときもある。しかし、通常の方法ではたどり着けない、高層ビルの飾りの突起物に引っかかることもある。私有地の茂みに落ち、見つかったときは、なぜここで死んでいるのか首をかしげることもあるだろう。
いつ、どこで、何(だれ)が死をもたらしたのか。解答探しを混乱に陥れる状況は、いくつも出てくる。
中には、衝突の衝撃に驚いて、しばらく飛び続けてから力尽きることもある。そうなると、「どこで」を詰めるのは難しい。そもそも、ボランティアが見つけるより先に、清掃人が片付けてしまうときもある。
ボランティアとともに調査をしているジャクソンビル動植物園の担当員マイク・ウォーカーによると、猫が先に見つけることもある。「鳥を捕まえたのか。目の前に落ちてきたごちそうなのか。探りようもない」と死因解明の苦労を語る
フィラデルフィアの都心、センターシティー地区では20年10月、「大量死事件」が起きた。一晩で推定1千~1500羽が、三つのブロックを半径とした範囲のビルに衝突したのだった。悪天候で雲が低く垂れ込めていた。それが、カナダから米メーン州、ニューヨーク州と渡り、中南米に向かっていた鳥たちが飛ぶ高さに影響したようだと先のインクワイアラー紙は伝えた。
この事態に、中部大西洋岸オーデュボン協会と地元ドレクセル大学の自然科学アカデミー、デラウェア・バレー(フィラデルフィア都市圏)鳥類学クラブ、さらにオーデュボン協会の二つの地方支部が手を携えて再発防止に取り組むことになった。
「こちらもかなり積極的に応じた」とフィラデルフィア・ビル所有者・運営者協会の専務理事クリスティーン・A・キップホーンは胸を張る。これまでに30ものビルが、21年春に明かりを落とすことに同意した。市を象徴する高層ビル群が集まるリバティプレースや(訳注=フィラデルフィアに本部を置くケーブルテレビ大手の)コムキャスト、屋内競技場のウェルズ・ファーゴ・センターといった大所もこれに加わっている。
「道徳面でも、自然保護の上でも、経済的な観点からも、とても有意義なことだと思う」とキップホーンはうなずく。
■スイッチ一つでできる対策
建物に鳥がぶつかって死ぬ事例は、フィラデルフィアでは長らく記録されてきた。窓に衝突して死んだ最初の記録は、なんと1890年代にさかのぼる。市役所が夜は照明されるようになったころだ、とネイト・ライスは説明する。ドレクセル大学の自然科学アカデミーで、鳥類関連の収蔵品管理を任されている。
アカデミーには、市内で窓ガラスに衝突して死んだ鳥の標本がデータベース化され、保存されている。その数は823体。「渡りの最盛期には、明かりを消すか、明るさを最低限に落とす。そんな対策が広く普及すれば、野鳥の生息数を増やすのにかなりの効果を上げることができるだろう」とライスは見ている。
この問題を悪化させたのは、近代建築だった。空を突き刺すような高層ビルの壁面が鏡のようになり、夜は明るく照らし出されるようになったからだ。
鳥は、星を見ながら渡る方向を定める。しかし、キラキラ輝く明かりがあると、惑わされてしまう。とくに、どんよりと曇ったときが危ない。飛翔(ひしょう)ルートを進めなくなり、同じ所をぐるぐる回るようになる。
疲れ果てて地面に降りれば、動物の格好の餌食になるか車にひかれる運命が待ち受けている。再び飛べるようになっても、ビルの窓に植物があったり、壁面に木が映っていたりすれば、今度は激突するかもしれない。
■さらにできることがある
多くのビルでは、「スイッチ一つ」以上のことをしている。例えば、ガラスにステッカーなどを貼ることだ。そうすれば、空と「死の壁」との区別が、鳥にはつくようになるだろう。
中西部の世界都市シカゴでは、建築家がビルの外装に工夫を凝らすようになった。
ぐっと南に下がったテキサス州東部のメキシコ湾岸にある島内都市ガルベストン。ここでは、高層ビルに点灯する航空安全用の電球から特殊な信号が出るようにした。同州フォートワースのフロスト・タワーでは、ビル本体の明かりを消すとともに、テナントにも同調を求めている。理由は、ロビーにあるスライドで説明している。
9.11同時多発テロ(2001年)の犠牲者を悼むニューヨーク市。2本の光線が(訳注=倒壊したワールドトレードセンターのツインタワーの象徴として)夜空に放たれる。しかし、毎年の渡りのピーク時には消している。光におびき寄せられてしまう渡り鳥をなくすためだ。コーネル大学の鳥類学研究所の推定では、この光線によって9月の1週間だけで110万羽以上の通常飛翔が妨げられている。
やはり中西部の大都市セントルイスでも、5月に入って最初の2週間は、市を象徴するゲートウェーアーチの明かりを消すことにしている。ここは、カナダから中南米を目指すムシクイの飛翔ルートになっている。
市内では、ボランティアが鳥の死骸が落ちている場所を調べている。それをもとに、地元のオーデュボン協会が、市独自の「明かりを消そう運動」を具体化する準備を進めている。
「まず、都心のどの地域が渡り鳥には危険なのかを見たかった」とセントルイス・オーデュボン協会で保護活動にあたるジーン・ファバーラはいう。
「その上で、2024年までに30から34棟が参加するようにしたい。そして、そこから運動の輪をさらに広げたい」(抄訳)
(Christine Hauser)©2021 The New York Times
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