ベルギーの首都ブリュッセルの活気に満ちたフラジェ地区。ここでは、二つの光景をいつも見ることができる。フライドポテトを求めて「フリット・フラジェ」にできる行列。それと、近くでおこぼれをついばむハトの姿だ。
でも、夕暮れどきになると、わずか数百ヤード(1ヤード=91センチ余り)しか離れていない地区内に、ベルギーらしさとはまったく異なる光景が現れる。
鮮やかな蛍光グリーンのインコたちが、池の岸辺に生えた一本の木に集まっている。灰色にくすんだ雨の多いブリュッセルではなく、西アフリカやインドといった熱帯地方にいるはずの鳥だ。夜になるとここで眠り、木は明るい緑色にうっすらと染まる。明け方には、みんな飛び去っていく。
このホンセイインコ(訳注=原産地はアフリカからインド、ミャンマー一帯)は、ブリュッセルには1970年代に数羽しかいなかったが、今では約1万羽を数える。ハトとスズメに次いでよく見かけられるようになった。
野生化したその数は、増え続けている。しかも、ブリュッセルだけではない。ロンドンやパリを含む欧州の100以上の都市で同じような現象が起きており、熱帯の鳥が寒冷地でいかにしてこれだけ繁殖できたのか、専門家たちは解明しようとしている。
ブリュッセルについては、こんな説がある。1970年代に、市内の小さな動物園付きのテーマパーク「メリパーク・ヘイゼル」が放鳥したごく少数のインコの子孫が、数千羽まで増えたというものだ。
地元で語り継がれているのは、動物園長だったGuy Florizoone(以下、ベルギー関連の人名は原文表記)が、街に少し彩りを添えようとして放ったとの説だ。
「ブリュッセルに生息しているインコの先祖は、間違いなくこの動物園から放たれた数十羽だ」とDiederik Strubbeは断言する。ベルギーのヘント大学の環境学者で、インコの生息数について博士論文を書いている。
現在80歳の元園長Florizooneに電話をすると、「1970年代の初めに40~50羽を放鳥した」と語った。「自由になった鳥」と名付けた実験のためで、ケージから出た状態で来園者に見てもらおうとした。ほとんどはもとのすみかに帰ってきたが、「ごく一部は戻らなかった」。
ただし、ベルギーや英国を含む欧州中でインコの数がこんなに大幅に増えたことと、自分の実験の関連性は「薄い」とFlorizooneはいう。「これだけの数が英仏海峡を渡ることはありえない。このインコに、そんな能力はない」
Florizooneの妻も、ブリュッセルでのインコの繁殖が夫の責任とされることにはあまり納得していない。「みんなそう思い込んでいるけど、私が知る限りそんなことはない」
欧州の気候が温暖化したことが、インコの生息数増加に拍車をかけた、とFlorizooneは見ている。インコが生態系にどんな影響を与えているかを調べている英ケント大学の研究プロジェクト「ParrotNet(オウム・ネットワーク)」も、この関連性を確認している。
暖冬に加えて、ブリュッセルのような都市ではインコの天敵がさほどいないし、エサがふんだんにある、と鳥類学者たちは指摘する。
「都会は、食べ放題のレストランに等しい」とヘント大学のStrubbeは例える。
インコは農作物を食い荒らすだけでなく、コウモリなどほかの動物にも害を与えている。
インコがいっぱい止まった木のそばを2023年9月のある日曜日の夕刻、通りかかったジャーナリストのJimmy Foucaultは、ブリュッセルに熱帯の鳥がこんなにも多いことには不安を感じると眉を曇らせた。「こんな種類の鳥がベルギーにいるなんて、不気味だよね」
ただし、インコはブリュッセルではほかの鳥たちとは平和に生きている。老木を市がよく保存しており、樹洞(木の穴)に巣を作るインコのような鳥にとっては最適な繁殖環境を提供しているからだ、とJean-Yves Paquetは説明する。
市内の自然保護に携わる団体「ナタゴラ(Natagora)」の責任者だ。ロンドンでも、ハイドパークやリッチモンドパークといった古くからある公園が、インコの好むすみかになっている。「実際、だれでもすめるスペースが、ふんだんにある」
当局側はインコにエサを与えないよう市民に訴えているが、積極的に生息数の増加を止めようとはしていない、とPaquetは話す。
「この上なく美しい野生の生き物」がいるということは、心の健康にとってよい面もある、とケント大学のParrotNetの責任者で生物多様性が専門の教授ジム・グルームブリッジは、利点を強調する。
インコが好きな人もいれば、騒音をばらまく厄介者と見なす人もいる。ブリュッセル市内では、北大西洋条約機構(NATO)の旧本部(訳注=2018年に市内の別の場所に移転)の目と鼻の先にすみついたことがある。そのときは、鳴き声があまりにうるさいので、NATO側はさまざまな撃退作戦を繰り広げた。街路樹に拡声器を取り付け、ハヤブサやタカがたてる音を流したこともある。
当時、NATOの幹部だったマシュー・クリモフは、「葉の生い茂る大木が広がる都市で、インコは都会生活の魅力の一つだった」と電子メールの返信で懐かしく振り返った。今はトルクメニスタン駐在の米国大使だ。
ブリュッセルの人権問題の弁護士Brigitte Dufourは2023年9月のある夕暮れどきに愛犬と散歩中の足を止めて、インコたちがいつもの木に集まり始める様子に見入った。
甲高いその鳴き声を聞きながら、「私にとっては喜びをもたらしてくれる存在でしかない」とDufourはほほえんだ。毎朝、インコのさえずりで目覚めると、自然に囲まれている心地よい気分になり、大きな都会にいることを忘れるという。
「ここにいるほかの生き物と共存できるのなら、いてもいいんじゃないの」(抄訳)
(Jenny Gross)©2023 The New York Times
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