――解放80年の今、欧州の雰囲気はどうなっているのでしょうか。
1月19日、ドイツのショルツ首相は、アウシュビッツ解放80周年について「長い年月が経った」という言葉を使わず、「ドイツ人がもたらした文化の断絶の記憶は生き続けなければならない」と主張しました。この記憶はドイツ人の各世代に常に受け継がれるべきで「我々の責任は終わらない」という考えも表明しました。
欧州では、過去の歴史的責任を認め、認識を新たにし、歴史を研究し続けることは、決して恥でも自虐的でもありません。むしろ、「ほとぼりが冷める」ことを期待して過去の責任をうやむやにする姿勢や、歴史の修正の試み、「新しい世代は関係ない」という認識こそが恥ずべき姿勢だと見られています。何回も謝ったからもう良いだろうと「臭い物にふたをする」姿勢こそが、他国に歴史戦の機会を与えてしまうことにも注意が必要です。
過去のドイツ政権による歴史との真摯な向き合い方のおかげで、ウクライナ戦争以降のドイツによる軍事的役割への「目覚め」に対しても、周辺国から大きな懸念は表明されていません。ロシアによるウクライナ侵攻後、第2次大戦後で初めて、チェコがドイツ製戦車の導入を決定したことは象徴的な出来事でした。
一方、力で現状変更を試みた国家に責任を取らせることができず、「核の恫喝」の前に何もできない国際体制や欧州連合(EU)に対する焦燥感や無力感が、社会に漂っているのも事実です。
――中東の混乱を巡るイスラエルへの反発から、「反ユダヤ主義」の動きも増えているようですね。
一般的に、暴力や破壊を伴う反ユダヤ主義の表層化が問題視されている西欧と比べると、中・東欧諸国では、極端な反ユダヤ主義を伴う問題は少ないと言えます。チェコのフィアラ政権は、親イスラエル的な政策を継続し、日々の生活に中に反ユダヤ主義を見つけることはまれです。
しかし、そんなチェコでも、近年、匿名性のあるSNS上などにおける反ユダヤ的な書き込みなどが増えています。書き込んだのがチェコ人なのか、チェコ社会の動揺を狙う勢力なのか、確認することは難しい状況です。
ハマスによる大規模攻撃が直接的な契機だったとはいえ、その後のイスラエルによる「力による現状変更」を批判せず、その他の国による現状変更の試みに批判・反発するという理念的な矛盾が生まれていることにも注意が必要です。
――欧州では最近、極右勢力の台頭が伝えられています。
人々の不満や恐れに加え、組織化する能力を持つアジテーター(扇動者)、資金的・政治的に支援する外国勢力の存在がそろうことが懸念されます。アジテーターが、自身の承認欲や目先の利益のために偽情報などで人々を動員し、社会的な影響力を獲得する傾向が増加しています。SNSを活用した単純化されたメッセージによる動員力は、伝統的なメディアをスピードでも破壊力でも凌駕しています。
チェコでは、ウクライナから大勢の避難民が到着したため、国内の少数民族ロマ人たちの間で、自分たちの社会保障が削減されるのではないかとの懸念が増えました。ある政治団体が、「反ウクライナ人」のデモを行うようロマ人を扇動しました。親ロシア的な言説を主張し、ロシアから資金を受け取っていると指摘される団体でした。彼らは、ウクライナに対する負のイメージを植え付け、ロシアによる侵略の正当化を図ろうとしました。
個人的な不満が既存の穏健政党に対する失望を生み、極右・極左政党への支持に流れているのではないでしょうか。その背後には、専制体制国家の影響も見え隠れします。
ウクライナ侵攻後、中・東欧諸国では、多くのロシア大使館員が追放され、直接的な工作が難しくなっているとされます。それに代わり、モスクワは、親ロシア的な活動家や団体などを支援するほか、SNS上で極端な意見の拡散、少しの真実を混ぜた偽情報の提供などの手法で、各国の社会を不安定化させ、政府の影響力や正統性を弱体化させる努力を続けていると思います。
――こうした動きは、トランプ政権の再来で加速するでしょうか。
「トランプ2.0」の特徴は、「自国優先」、「LGBTQ+・多様性の否定」、「移民排斥」、「環境規制の緩和」、「同盟負担要求」などです。最も重要なのは、これまでの「力による現状変更の否定」や「法に基づく国際秩序」といった国際協調的なスローガンが空虚なものになりつつある点でしょう。中国やロシアを含めた実質的な「多極時代」の到来を予感させます。
チェコでは「LGBTQ+・多様性」が比較的受け入れられていますが、その他の中・東欧諸国では否定的な世論が強い状況です。中・東欧諸国は「移民排斥・阻止」で結束し、EUによる難民受け入れ割当制にも反発してきたため、トランプ政権の対移民強硬姿勢を評価する声が聞かれます。「環境規制の緩和」では、電気自動車に積極的だった自動車業界は別として、世論の多くは、行き過ぎた環境規制の緩和を求めているようです。中・東欧諸国では、トランプ政権に対する期待感のような雰囲気も存在します。
トランプ大統領は、北大西洋条約機構(NATO)の加盟各国に、国防費対GDP(国内総生産)比を従来目標の2%から5%相当に引き上げるべきだと主張しています。すでに4.12%を拠出しているポーランドは歓迎していますが、2024年にようやく2%の政治目標を達成したばかりのチェコは消極的です。
トランプ氏以上に、イーロン・マスク氏の影響力が拡大している点を懸念する研究者も少なくありません。
今後、どの国でも「自国優先」姿勢を求める声が強くなるでしょう。地域統合を目指してきたEUの戦略が、どこまで維持できるかが鍵でしょう。経済の重心が西(欧州)から東(アジア)に移動したことは否定できません。少子・高齢化を迎え、製造業が衰退している欧州では、保護的な政策や外国勢の排除・規制政策が増加することも予想されます。27カ国のコンセンサスで政策を形成するEUのかじ取りは、これまで以上に困難な作業になりそうです。