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台湾を訪問したチェコ議長 中国「一帯一路」と両にらみ、小国のしたたかな外交

揺れる世界 日本の針路
チェコのトロカベツ村。この村では、米軍のXバンドレーダー配備を巡って住民投票が行われた(2007年、細田尚志氏撮影)

ビストルチル上院議長は野党の所属。チェコ・カレル大学社会学部の細田尚志講師(安全保障学)によれば、彼の台湾訪問は、中国と欧州連合(EU)のパイプ役を自任するゼマン大統領らへの政治的挑戦という意味もあった。

野党は従来、チェコ政府の親中・ロシア政策に批判的だった。チェコのヤロスラブ・バシュタ元駐ロシア大使も「上院議長の台湾訪問は、チェコ政界に大きな論争を招いた。ゼマン大統領とバビシュ首相は、中国との経済関係への懸念から訪台を批判し、逆に野党は支持した」と語る。

ただ、チェコには独自のしたたかな計算もあったという。

細田氏は当時、チェコの政府関係者や専門家らに対し、尖閣諸島の領有を巡り、中国が過去、日本に対して行った抗議や文化・経済面などでの圧力措置について説明していた。

細田氏は「上院議長は憲法でチェコ第2の順位と規定されているが、野党トップに過ぎない。チェコ政府を代表していないという理屈で、中国からの厳しい制裁は回避可能と判断していた」と語る。

チェコは中国との間で領土紛争もなく、直接的な安全保障の脅威を受けていない。経済面でも、チェコの輸出先はEUが8割で、対中輸出は1・3%に過ぎない。逆に対中輸入は16・4%。細田氏は「中国の輸出超過という状況で、チェコとの貿易を断絶すれば、中国側の損失が大きくなってしまう。上院議長の訪台に対し、中国が切れるカードは極めて少ないという認識を、政府関係者も専門家も持っていた」と語る。
実際、中国はチェコの台湾への公式訪問団参加者に対し、個人制裁を加えただけで終わった。チェコ政府は、中国との経済関係強化の路線を続けている。

チェコ・カレル大学社会学部の細田尚志講師(本人提供)

一方、チェコは2007年当時、米国からの要請を受け、弾道ミサイルを探知する「Xバンドレーダー」の国内配備を検討したことがある。細田氏によれば、イランのミサイル攻撃から北大西洋条約機構(NATO)加盟国を守るための装備として、チェコ南西部のブルディ軍事演習場に設置する案が浮上していた。

だが、演習場近くの住民から反対の声が上がった。細田氏は「①レーダーが攻撃対象になる可能性、②レーダー波による周辺住民の健康被害への懸念、③米兵駐留の治安への懸念などが理由だった。住民投票で配備反対が半数を超えた自治体もあった」と語る。

当時のオバマ米政権は2009年9月、チェコへのレーダー配備を断念し、ポーランドとルーマニアに陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を設置する構想を発表した。

細田氏はチェコ政府がレーダー配備を実現できなかった背景について「経済価値を重視する世相の変化に乗り遅れた年配層が多く住む地方の現状を無視していた設置優先の議論だった。チェコではNATO諸国の集団防衛という意識形成も遅れていた」と指摘する。同時に、チェコが過去の沖縄と同じ歴史体験をしている事実にも言及。「ナチス・ドイツの進駐、68年に起きたソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍の侵攻によるプラハの春事件などの影響で、外国軍の駐留への否定的な意識があった」とも語る。

チェコは、1999年にNATO、2004年にEUにそれぞれ加盟した。バシュタ元大使は「チェコの外交政策は、大部分のNATO・EU加盟国と比べて、より米国指向だといえる」と説明。「唯一の有意な違いは、チェコ国民の意思が、自国領内に他国の軍事基地を望まなかった。1968年から91年までの旧ソ連による占領の記憶が、引き続き鮮烈すぎるのだ」と語る。

ただ、Xバンドレーダーの配備を退けても、チェコが受けた打撃はそれほど大きくなかったようだ。

チェコの周辺国はNATOとEU加盟国ばかりだ。細田氏によれば、チェコは2015年の安保戦略や2017年の国防戦略で、チェコを直接脅かす軍事的脅威が起きる蓋然性は低いとの認識を示している。

また、北大西洋条約には、加盟国の資格停止や除名処分に関する規定が存在しない。細田氏は「結果的に、各加盟国は、フリー・ライダー(ただ乗り)批判も受けるが、集団防衛の対象から外される可能性が極めて低いことも認識している」と述べ、チェコには同盟から見捨てられることへの懸念が少ないと指摘する。

ヤロスラブ・バシュタ元駐ロシア・チェコ大使=本人提供

チェコ外務省を休職して同国シンクタンク、ヨーロピアンバリューズに所属するマーティン・スワロフスキー安全保障戦略プログラム長は、Xバンドレーダー配備断念について「当時のチェコ政府は、野党の一部が反対しているがレーダーを受け入れる準備はできているという立場だった。個人的な評価としては、チェコがミサイル防衛構想の一部ではないことが非常に残念だ」と語る。

ただ、スワロフスキー氏も「チェコ政府が再び、配備を展開を求めないのは、戦略的環境が安定しているからだ。09年のオバマ政権の決定以降、そのような(配備という)選択肢がテーブルの上にあるとは思わない」と語った。

一方、欧州内では最近、インド・太平洋地域への関与を強めようとする動きがある。英仏両国はすでに軍の艦船や飛行機を東シナ海などに派遣。ドイツも今夏、フリゲート艦を派遣する予定だ。日米両政府は、欧州諸国をこの地域に巻き込むことで、中国の軍事的脅威に対する抑止力にしたい考えだ。

スワロフスキー氏は「英仏独の派遣を歓迎する。しかし中国の安全保障上の脅威に対してはNATOが戦略的な回答を見いだすという、NATOの枠組みの中で行われるべきだ」と語る。同氏は「ロシアの脅威は、私たちの領土に非常に直接的にかかわってくる」とも指摘。NATOがインド・太平洋地域に関与して米国の負担を軽くする代わりに、欧州でロシアの脅威に対抗するため、米国の関与を強化したい考えを示した。

また、バシュタ元大使は「チェコの規模や地理的位置、NATOの下でのアフガニスタン、バルト諸国やマリへのチェコ軍の関与を考えれば、西欧の対中共同政策へのチェコの参加は、中国抑止策への外交上の支持に限られる」と述べ、慎重な考えを示す。

スワロフスキー氏は「米国が中国との問題を解決できるよう支援する。そのためにも、新しい戦略コンセプトが描かれるべきだ」とも強調する。ただ、細田氏によれば、NATOとEUの対中政策が固まり切っていない。

このため、チェコでも他のEU諸国と同じように、日米が主導する「自由で開かれたインド・太平洋」(FOIP)構想がどのような意味を持つのか、ほとんど理解されていないという。同時に、「米国の核の傘を意識しての対米追従路線や日米豪の防衛協力強化などから、国民が意識しないうちに、日本が海上などでの突発的な武力紛争に巻き込まれる可能性が増加しているとの指摘も出ている」(細田氏)という。

そして、中国も欧州地域への影響力拡大を着々と進めている。スワロフスキー氏は、中国が提唱する「一帯一路構想」について「個人的には疑問もあるが、私たちの利益、安全保障、関心、経済的利益とある程度調和している戦略とも言える」と語る。中国によるワクチン外交の働きかけも進んでいる。同氏は「チェコが日本と中国の間でどのような外交を進めるのか、予測は難しい」と語った。

チェコのシンクタンク「ヨーロピアンバリューズ」のマーティン・スワロフスキー氏=本人提供

バシュタ元大使は「一帯一路構想」について「中欧地域では、今のところ実際の影響はあまり見られないが、将来的には、中国の経済力の影響拡大は予想しておかなければならない」と語る。中国の新型コロナウィルス関連外交についても「ロシア(のワクチン外交)と競合しているため浸透していないが、EUを完全に打ちのめしている経済危機が、中国の経済力の影響拡大に作用する。中国のパンデミックからの迅速な回復が大きな影響力を持つ」と予想する。

日本では、英仏などがインド・太平洋地域に関与を強めていることから、中国に対する抑止力の強化だと喜ぶ報道も目立つ。しかし、中国の動きも含めて考えれば、事態はそう単純ではないようだ。

細田氏は「中国に忖度する可能性の高い中・東欧諸国は、コンセンサス方式のNATOや全会一致方式のEUにおいて、同盟の意思決定の障害になる可能性を残している」と指摘。「日本は今こそ、なぜFOIPが必要なのか、FOIPが欧州の負担にならない点などを、チェコなど欧州各国に丁寧に説明する必要がある」と語った。