235人の「駐妻」たちの回答に驚き
――「キャリアカフェ中国」が2024年夏に「駐妻」の方たちに行ったキャリアについてのアンケートについてお尋ねします。なぜアンケートをとったのでしょうか。また回答からどんな課題が見えましたか。
きっかけの一つは、上海日本商工倶楽部の会合で登壇させていただく機会を得たことでした。駐在員を派遣する企業の社長、マネジメントクラスの人たちが集まる会で、駐在同行家族のキャリア支援をしている団体としてお話しすることになりました。実際に中国に駐在同行している方々は実際どんな人で、どんな悩みを持っているのか、データを用いて現状に沿った講演をしたいと考え、一度調査して声を聞いてみようと思いました。
――アンケートの結果で、関さんが驚いたことはありましたか。
まず一つ大きかったのは、235人と非常に多くの方が回答してくださったことです。それだけ思うところのある方が多い、そしてその思いを届ける先もなかったんじゃないかなと。
次に駐在同行パートナー自らが「(家族ビザから)就労ビザに切り替えて中国国内で働けるか」を配偶者の勤務先に確認している、という回答が55%あったことに驚きました。
普段ママ友と話していてキャリアの話題が出ることはほとんどありません。就労ビザに切り替えることに前向きというか、一度検討した人、ワンアクションとった人がここまで多いとは実は想定していなかったので、「駐在員パートナーの意識が変わってきているな」と思いました。
――中国は家族ビザでの就労を認めていませんね。
はい。中国国内で個人が収入を得たいと、相談してくれた人に対しては、「就労ビザの切り替えをするように」と伝えています。帯同ビザで、個人が中国国内で収益を得ることは絶対にNGなのでやめた方がいい、と伝えています。私たちの活動は全てボランティアで、非営利で活動をしています。
専業主婦の7割「駐在同行を機に退職」と回答
――アンケートでは「主婦(夫)」や「学生」と答えた人の7割が、帯同するために日本での仕事を退職したと回答したそうですね。どんな悩みが見えましたか。
特徴的だと思ったのは3点あります。
一つ目に、自分が日本でやりがい、プライドを持って働いていた場が失われてしまうこと。
二つ目に(日本に帰国後に)再就職できるか不安だという声です。その中では、再就職する際にポジションダウン、同条件で再就職することへのハードルを高く感じていることが印象的でした。
三つ目に、今後、「就労する意欲があると回答した方は81%」と、とても意欲が高いのに、現状は就労できないという葛藤を抱えていることです。
みなさん、労働人口不足により、選ばなければ仕事自体はあるのではという感覚はお持ちだと思うんですが、今まで第一線で、それこそ夫婦で肩を並べて共働きをしてきたという方々が多く、また働きたいけれど、やりがいや条件面で満足できるような再就職先があるのか、そうした働き方ができるのかという不安を感じておられる方が多い印象を受けました。その部分は、共働き世帯の増加により、今までと変わってきています。
中国に10年以上長くお住まいの方からは、駐在員パートナーのキャリアの話が話題になることはなかったけれど、最近来られる方はとても活発で、仕事をまたしたいと前向きな方が多く、印象が変わったと話す人もいます。
「ファミリーキャリア」を考える時代
――離職に伴う夫婦間のパワーバランスの変化についての不満も判明したということでした。
はい。日本社会でも、性別に関係なくしっかり自立してキャリアを形成していこうと考える方が増えてきている印象がすごく強くあります。
そこが(海外赴任への同行によって)離職することでなくなってしまったということで、今までだったら自分が働いたお金で好きなものを買えていたのに、今は何か一つ買うにも夫に「お金をください」と言わなきゃいけないのは大きなストレスですよね。その点はアンケート結果にも出ていて、これも本当に大きな時代の変化だなと思っています。
自分で稼いできて頑張ってきたという自負をパートナーに理解してもらえないのはつらいことです。パワーバランスの話とリンクして、実は今回「パートナーシップの問題」も浮き彫りになっていると思います。
パートナーと、しっかり話し合うことは必要です。双方にとって納得したキャリア選択ができるかどうかに大きな影響を及ぼします。
――世帯年収が下がることへの不安の声も聞こえたそうですね。
はい。「海外駐在になったら給与が上がって、家が建つね!」と言われたこともありますが、今は海外の物価高に加えて、円安、日本の給与上昇率の低さ、海外の教育費の高額化も影響して、駐在家族の環境も異なってきています。日本に戻った後も、共働きで働かないと経済的にも成り立たない状況なので、その不安やお悩みも強く出ていると思います。
「二馬力」で働いていた家庭が海外駐在に来ても給料が2倍に上がるわけではありません。妻のキャリアに数年以上のブランクが発生することで、本帰国後の再就職先で以前と同じ給料になることは難しく、下がる可能性もあるため、世帯収入が下がってしまう不安を書いておられる方がいらっしゃいました。これも大きな時代の変化です。
駐在を打診された人の妻が地方で正社員として働いていて、一度退職したらもう正社員というポジションがないということは、その地方やその業種では分かっている、それであれば駐在は断りますという話は耳にしたことがあります。
今回は海外駐在に「来た」人のアンケートなので、「来なかった」人がどのくらいいるかはデータとしては見えませんが、(企業と社員で)お互いにとってチャンスロス(機会損失)にはなってきていることは、このアンケート結果からも読み取れると思っています。
会社に言われたら「絶対行きます」ではなく、妻が仕事をしているから海外駐在の打診を断るという駐在員候補は、今後もっと増えてくると思います。なぜなら家族のキャリア、「ファミリーキャリア」という考え方が強くなってきているからです。子供のことだけでなく、パートナーのワークキャリアの観点も含めて「どういった人生を歩むのかを、自分たちで決める」世代になってきていることはすごく大きいと思っています。
女性の駐在員の増加、駐在「夫」の増加、夫婦での駐在派遣や、男性駐在員の育休取得など、キャリアの選択肢は広がっています。
今回のアンケートはパートナーのキャリアのケアもしていく時代になったよと伝えていく意味も大きいと思っています。
帯同によるキャリア寸断に社会の理解と支援を
――中国の駐妻のキャリアの悩みを解決するために、日本の社会や企業に対して、参加している女性たちからどんな要望が聞こえますか?
私たちが今一番望んでいることは、まず認知してもらうということです。キャリアを寸断している人がいること、そのことに葛藤して、アイデンティティークライシスに陥っている方がいることを、まず知ってもらうことが一つ目にあります。
二つ目は、企業の制度の見直しです。例えば、会社の休職制度や「カムバック制度」などの再雇用制度で戻りやすい環境が整うこと。今回のアンケートでも多くの皆さんの声として、ブランク後も働きやすい仕事の紹介、「就労や再就職に関する情報の充実」が求められていることが明確になりました。駐在員家族の支援の中に、心のケアと同様にキャリア支援も含んでほしいという声もあります。
もっと広い範囲でいえば、(女性たちに)ブランクがあることで、社会からも第一線に戻してもらえない、「社会の不寛容さ」を感じています。
私の周りには、海外の駐在員パートナーの方も多くいます。アメリカからの駐在「夫」も結構いらっしゃって、話を聞いてみると、「数年間、中国で妻が仕事をしているから自分はついてきた。家族のために仕事を辞めたけれど、アメリカに戻ったらまた仕事をすればいい。今は子供と過ごす時間と割り切っているからいいんだ」と言います。アメリカがそう言い切れる社会、柔軟なキャリア選択ができる雇用の流動性が高い国だと分かります。日本だとやはり年功序列で、入社したら(辞めずに)ずっと勤め続けないとなかなか評価されない、社会の不寛容さは大きいと思います。
海外赴任への同行や育児のあとに、また仕事に戻るとなったときに「ブランクが数年間空いているので責任の伴わない働き方しかないです」と言われる社会なのか、それともその方がワークキャリアから離れている間にも違うスキルアップしていることを認めてもらえる社会なのか。後者の社会であれば、誰もがもっと違った選択ができるんじゃないかと思っています。男性も女性も関係なく、誰もがもっと納得したキャリア選択ができればと思っています。
――キャリアカフェ中国の現在の活動内容を教えてください。
「インプット・アウトプット・つながる」などを通じ、「わたしらしいキャリア」を描くサポートをしていて、イベントの内容も工夫して幅広く機会を提供しています。
一つは「本帰国に向けて準備したい」方向けに、再就職に役立つようなセミナーです。昨年からは、自己分析や情報収集、職務経歴書の作成・添削、面接対策など6ステップの無料連続講座を実施しました。
もう一つは、この駐在同行期間中に、自分のキャリア選択に納得してOKを出せる自己効力感(困難な状況でも自分にはできると思える状態)を育む、自己分析のセミナーとか、やりたいこと・強みの見つけ方、コミュニケーションスキルの向上、パートナーシップを見つめ直すといったセミナーも無料で開催しています。
――充実のプログラムですね。「キャリアカフェ中国」の成り立ちを教えてください。
もともとは「キャリアカフェ上海」の名前で、2018年に4人の「駐妻」が上海で立ち上げた団体です。「ママでもなく、妻でもない自分の話、人生や仕事の話をできる友だちがいない」と悩んだ初代代表の大西愛美氏が、自分のキャリアについて話せる仲間が欲しいと立ち上げました。
2018年に団体を立ち上げた時は、2年くらい活動してもメンバーは100人を切っていて、キャリアカフェに入っていると言うと、「意識高い系だよね」「キャリアの話をするなんて、どうしたの?」と言われる風潮があったと聞いていました。
コロナ禍の第1波で立ち上げメンバーが全員帰国し、2年くらい活動が止まっていました。私が2022年に上海に渡航するタイミングで大西氏が2回目の帯同で中国に来ていて、もう一度、立ち上げ直しました。
コロナ禍の隔離など、結構厳しい環境の中でも家族に帯同して中国に来たいという、言い方はなんですが、「気合が入った方々」が多いと感じていますし、その方々が強い意志を持って家族で過ごすために「近くてちょっと遠い国」に来ている印象です。2024年現在は、340人以上の方がグループチャットに登録してくださっていますし、イベントの参加人数ものべ1380人以上となりました。
私が上海から、大連、北京へと移ったこともあり、上海以外のエリアの方からイベントやスタッフ活動にも参加したいという声が広がってきていたので、中国全域でやろうと、2024年に「キャリアカフェ中国」に名前を変えました。
2025年には、中国以外の方々にも機会を提供できるよう、また企業様と手を取り合っていけるようにと、非営利での一般社団法人の設立をすべく準備もしています。
また私たち「駐妻」側も、海外にいるという貴重な機会を自身のバージョンアップの時間にできるよう、イベントなどをさらに充実させていきたいと考えています。
「キャリアとは人生そのもの」。一人ひとりが納得したキャリア選択ができる社会を目指して邁進していきます。
不安定化する中国の社会情勢への対策、増える単身赴任
――外務省の統計では、中国の在留邦人は米国に次いで世界で2番目に多くなっています。中国では昨今、公共の場所や学校での無差別殺傷事件が相次いで起きています。皆さんのコミュニティーでどんな声が上がっていますか。また、どんな対策を取っているか教えてください。
北京は中国国内では上海、香港に次いで在留邦人数が多く、2023年時点で5500人以上の邦人がいますが、日本人学校の生徒は小学部、中学部合わせて250人くらいです。かつては400人以上いたとも聞きますが、今は半減しているようです。
北京の日本人に子どもを通わせている保護者からは、登下校の方法を工夫するなど、学校や保護者などが協力しあって、さまざまな試行錯誤がされたと聞いています。
また、日本人で集まって大きな声で日本語をしゃべらないとか、そうした点は大使館や会社からも気を付けるよう言われています。私自身も気をつけようと意識していますが、小さい子どもはそれが難しいので、遊びに行く場所は少し変わったと思います。今までなら子ども向けのイベントを屋外で開いていたのが、マンション内とか、もう少し安全性を優先した場所でやる形になったりして、子供にとっては少ししんどいのかなという感じはあります。
中国は良くも悪くも街中に監視カメラがついているので、夜も出歩けますし、そういった意味での安心感はありますし、治安は良いと思います。監視カメラのおかげか、ひったくりもないですし、客引きもありません。ですから、日常生活の対策というと、どちらかというと、日本人が集まるとか、日本人学校とか、そういったところでの影響が大きいと思います。
駐在員に関していうと、駐在を断る人が出てくる可能性は今後あるかなと思っています。(事件を受けて)帰国を選ぶ方もいらっしゃるようです。駐在員の夫だけ残って家族だけ帰る、もしくは全員で本帰国する、あるいは日本から来る時期をずらす、家族で来る予定だったけど、単身赴任にしたというようなこともあったりするようで、今後もその傾向はしばらく続く可能性があるではと思っています。
社会情勢的に、短期的にも、単身赴任が増えるというのは、家族と共に過ごしたいと考える駐在員にもその家族にも負担が大きいと思います。これからも、企業も個人も持続可能に成長できる社会創りを目指していきたいと思います。