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変わる「駐妻」、海外赴任に同行した女性たちのキャリア断絶を防げ 三浦梓さんの思い

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インタビューに応える駐妻キャリアnetの三浦梓代表
インタビューに応える駐妻キャリアnetの三浦梓代表=2024年5月22日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

仕事で海外赴任する夫に同行して、数年間を外国で過ごす「駐妻」。その実態が近年、大きく変わっているといいます。フルタイムの共働き夫婦が増え、海外帯同を選べば自分のキャリアが途切れ、数年間の「空白」は帰国した際にも大きなマイナスになってしまう――。そんな女性たちの悩みをすくい上げ、コミュニティーを作り、企業と協働して「駐妻」のキャリア形成を支援する取り組みを続ける「駐妻キャリアnet」の三浦梓代表に、めざす社会について聞きました。(聞き手・構成=渡辺志帆)

自分が駐妻になって直面した悩み

――最初に、三浦さんご自身について伺います。夫君の海外赴任に帯同して2020年にブラジルに渡られたそうですね。

そうです。当初は3年間の予定だったんですが、ちょうど2020年1月に新型コロナがはやり始めて、2月のカーニバルシーズンに感染者が爆発的に増えてしまい、ブラジルに渡ってわずか3カ月後の2020年4月に夫の会社から、家族はいったん本帰国扱いで戻るよう言われました。結局、夫がブラジルに戻ったのはその年の8月、私が戻れたのは12月でした。

私たちが暮らしたのはサンパウロ近郊のカンピーナスという町で、医学部が有名な州立大学があったりして、日本でいう茨城県つくば市のような研究学園都市です。駐在員も多く、日本人のコミュニティーもありました。

ブラジルのサンパウロ州カンピーナス市の風景
ブラジルのサンパウロ州カンピーナス市の風景=gettyimages

――「駐妻キャリアnet」と出会うまでを教えてください。

それまでは、駐妻の知り合いもいないし、「駐妻」という言葉も聞き慣れず、外交官の奥さんとかセレブな世界なのかなというくらいで、全然イメージを持っていませんでした。その時には会社員も辞めて自分で会社をやっていたので、その会社のブラジル支社もありかな、ブラジルに拠点を作ってビジネスにつながればいいなというのが頭にあったくらいです。

そこで駐妻になると決まった2019年秋に、現地でも働き続けたいと思って、いろいろネット検索をしたんです。ロールモデルとか、どういうキャリア形成の仕方があるんだろうと、いろんな方のブログを読んだりしたんですが、なかなか自分が目指す方向性の方は出てこなかったということは、すごく課題に感じました。

インタビューに応える駐妻キャリアnetの三浦梓代表
インタビューに応える駐妻キャリアnetの三浦梓代表=2024年5月22日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

――三浦さんは、どんな方向性のキャリアを目指していたんですか。

専門性を持ちつつ、どこでも働ける働き方、生き方です。当時は、「元いた会社に復帰する」とか「再就職に悩んでいる」というブログはあったんですが、自分自身で生きていくといった独立した生き方はなかった記憶です。

――「駐妻キャリアnet」とは、どのように出会ったのでしょうか。

ブラジルに渡る前にネット検索する中で、働きたい駐妻たちのネットワーク「駐妻キャリアnet」があることが分かったので、設立した代表の方に直接会いに行って話を聞いたりしました。

駐妻キャリアnetは2017年7月に設立されて、私がブラジルに行った2020年当時はできてから約3年経過したタイミングでした。同じカンピーナスの駐妻コミュニティーに運営サポーターの方がいて、話を聞いたらリクルート時代の共通の知人がいたりして仲良くなるうちに、サンパウロにいた2代目の代表に引き合わせてもらい、ブログを任されるようになりました。

「駐妻が働く」がタブーだった時代

――ブラジルで発足した駐妻のコミュニティーが、三浦さんが代表になって一気に世界規模に広がった感がありますね。

そうですね。コロナ禍でオンラインツールが発達したことが大きかったと思います。それまで対面で会うことが普通でしたが、コロナで会えなくなったこともあって、オンラインツールの力で一気に会員数が拡大しました。

「駐妻キャリアnet」も、以前はコミュニティー内で、対面で関わりながら悩みなどについて話をする場でした。というのも、2017年ごろって、今みたいにブログやYouTubeやインスタグラムで、駐妻が「働きたい」と主張すること自体がタブーだったんです。

インタビューに応える駐妻キャリアnetの三浦梓代表
インタビューに応える駐妻キャリアnetの三浦梓代表=2024年5月22日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

――どういうことでしょうか。

それこそ、ちょっとしたパンを焼いてお友達に販売して「あの人、商売してるんだけど」と当局に通報されて強制送還になる駐妻がいたりしたんです。もちろん、帯同先で就労資格がない中で就労することは当然いけないことです。 これは極端な例ですが、10年ほど前は「働くなんて、子どもがかわいそうだ」などと言われて、「働くこと」が攻撃される時代でした。

今は専業主婦の方が「働かないで何してるの」とSNSで攻撃されるのを見たりしますが、まさにその逆です。どちらがマジョリティーかで変わってくるんだと思います。

駐妻キャリアnetを最初に立ち上げた時も、「駐妻が全員働くとなったらどうしてくれる」「余計なことをするな」と批判する手紙が届いたそうです。「駐妻=働かなくても生きていける身分」という既得権が侵されると感じたのかもしれません。

今の代表を務める私にも、そことの葛藤がありました。ですから、自分が発言するときは、「全員がこういう意見です」とは言わないようにしています。女性にいろんな生き方があるように、駐妻にも、仕事したい人もいれば、家庭を優先したい人もいる。みんなが好きなように生きられたら良いと思っています。

以前とは変わった駐妻事情

――一方で、昨今の駐妻がかつてと比べてどう変わっているのか、教えてください。

昨年、サンパウロ在住の駐妻キャリアnetの会員の方と話した時も、「この10年で本当に変わった」と言っていました。10年前は専業主婦中心だったのが、今は半数以上が働いている女性たちだそうです。

共働き世帯が70%を超えたこともありますし、転職が当たり前になって、海外帯同のために仕事を一度辞めても、日本に戻ってきて再就職がしやすくなって、仕事を辞めることへのハードルが低くなっていることも要因にあると思います。

20代の駐妻はさらに進化しています。

私が2020年に駐妻になった頃は、仕事を辞めて夫に付いてきたから、日本に戻ったら再就職しなきゃいけない、だから再就職が不安だ、という時代だったんです。でもこの3年ほどで、会社の休職制度を使って1年間だけ帯同して、1年過ぎたら「じゃあね」と日本に帰っていく駐妻も増えています。

どんどん選択肢が広がってきていますし、前例が増えているからこそ、休職制度を利用して1年間だけ海外でリフレッシュしたり、新たな価値観を身につけたり、勉強したり、なんだか留学に行く感覚で来ている駐妻も増えている感じはあります。

課題は「履歴書のブランク」

――なるほど、変わってきていますね。その中で「駐妻キャリアnet」が課題として今現在、取り組もうとしていることはどんな点ですか。

「ブランク」の問題です。駐妻で過ごした期間が日本ではキャリアブランクと見なされるんですよ。ですから私自身が代表に就任した時の活動方針で掲げたものは、「駐妻自身の『主体性』と駐妻キャリアnetを通じた『活動機会の提供』により持続的なキャリア形成を行い、駐妻時の活動による帰国後のキャリア価値の向上を目指す」でした。

駐妻期間をブランクにならないように、その間も就労やプロボノなどの活動を通じて市場価値を上げて日本に戻ることを掲げたんですね。

(国や地域によって)働けるビザと働けないビザがあるので、必ずしもお給料が発生するお仕事だけじゃなく、プロボノといわれるプロフェッショナル・ボランティアを積極的にし、人事とか経営とかをやれる機会で実績を作っておく。駐妻はいずれ日本に帰る時が必ず来るので、その時に「私はこれをしました」という実績を誇れるように、仕事も作っていきます。

――実際に、プロボノやお給料が出る仕事を探してきているんですか。

そうです。営業活動もしていますが、一番多いのは紹介ですね。それこそリクルート時代の先輩とか、A.T.カーニー時代の同僚たちから、あとはその後、独立した際に業務委託を受けていた時の取引先社長から連絡をもらったり、今回のように取材を受けてメディアに出た時に連絡を頂いてつながったりしています。

女性たちの市場価値と自己肯定感を上げたい

――人材バンクのように、登録会員の大体のスキルを把握しているんですか。

はい、そうですね。入会時やキャリアインタビューなどを通じて経験した職種を聞く流れをとっています。

その内容をもとに何でも受けるというより、会員たちにとって市場価値が高くなる仕事なのか、人を大切にする企業なのかという点はだいぶ精査しています。

なぜなら、ある程度のスキルのある人たちに、海外で働けないんだから無料でやってくれるでしょという声もあります。駐妻になりたての頃、「駐妻に仕事をお願いしたほうがいい。なぜならスキルや経験があるのに、安価で働いてくれて便利だから。知り合いの社長にも勧めている」と、ある社長から私たち駐妻に向けて堂々と言われたことがあります。

それはおかしいと奮起したことが、今の仕事の始まりです。私自身の使命として、対価に見合う仕事、対等な仕事を作りたいと思っています。スキルや経験があるならそれに見合う高単価な仕事であるべきです。

というのも駐妻は、自己肯定感が下がっている状態なんです。私自身もそうだったんですが、所属していた会社や役職がなくなり、結婚で名字が変わっていると「○○さんの奥さん」と呼ばれるんです。アイデンティティーが揺らいでいる状態です。

海外に行き、時差の関係やオンラインで仕事をお願いするのは難しいなど仕事の機会も失っている中、仕事の機会があるだけでもうれしいため、低単価で依頼を受けてしまう。また、仕事をお願いする企業側も、オンラインでどう仕事を発注したらいいか分からず、雑用的なものを渡しがちです。

となると、「私はもうテープ起こしくらいしか仕事がないんだ、そのぐらいの人間なんだ」と自信を失ってしまう。それが3年も続くと市場価値が高いと証明できるものもなくなって、自ら「簡単な仕事でいいです」「無料でいいです」と言ってしまう。そこをまず取り去りたかったんです。

女性たちが常に自分に自信がある状態で、「これをやりたい」「これができます」と言えるためにも、仕事は選んでいかなければいけませんし、作っていかなければと思っています。

実は「テープ起こし」は私自身が言われたことなんです。知り合いの社長にリモートワークで何か仕事がないか聞いたら、「時給900円の社長の日程調整か、テープ起こしなら」と言われて、それまで人事でマネージャー職をやっていた経験は活かされないのかと傷ついたので、こういう傷つくことをさせたくないと思ったんです。

ですから、海外進出する企業のマーケティングリサーチなど、日本に戻っても続いていく仕事や、自分自身が成長しないとできないような少し難しめの仕事を獲得してくるようにしています。駐妻キャリアnetとしては、またお仕事をお願いされるように結果を出し続けることにもこだわっていて、すでに約50社と契約実績があります。

――それだけの難度の仕事をこなせる女性たちが会員には大勢いるわけですね。

そうです。今、会員が828人いて、そのうち約86%が総合職で働いてきた女性です。会社名では、ボストン・コンサルティング、A.T.カーニー、ゴールドマンサックス、三井物産、キリン、シャープなど大手も多いですし、弁護士や公認会計士もいます。

2021年に始めた女子大生による100人インタビューでは、聞けば聞くほど皆さんすごい経歴なんです。東大を卒業してJAXA(宇宙航空研究開発機構)に入ったとか、弁護士資格を取ってシンガポールで働いていたとか、そういう経歴の方たちから「仕事がなくて困ってます」とか「自分は何ができるでしょうか」と相談されるんです。そういう女性たちが埋もれているんです。

大手企業にこそ変わってほしい

――そうした女性たちですら、海外帯同という選択をしたら壁にぶち当たったということなんですか。

ぶち当たっていますね。 

日本では1社に長く勤める働き方がまだまだ多く、一度レールから外れるとチャンスがもらいにくいところがあります。そういう人たちに向けて働く機会を創出したいと思っています。例えば「週5日」以外の働き方もできないかなと思っています。

特に今、課題だと思っているのが大手企業です。

(社員の少ない)ベンチャー企業は、海外に帯同してもオンラインで仕事を持っていけるようになったんです。でも、大手になればなるほど、1人が抜けても代わりの人がいるので「(休職制度や海外リモートワークの)前例がない」と交渉が進みません。それを解消したくて「駐妻キャリア総研」を設立した面もあります。

データがなく前例もない中で判断するのは企業も難しいと思うんですよね。私自身、駐妻になったから「働きたくてスキルのある人がいっぱいいる」と言えますが、駐妻になる前は、最初にお伝えしたように、どこかセレブな「外交官の奥さん」のようなイメージでした。

駐妻キャリア総研では、どれだけ働きたい女性がいるかや、ブランクを経て再就職できた女性の統計データ、休職制度を利用した方の声など、今7本ぐらい記事を出しているんですが、今後は、企業と共同で研究もしたいと思っています。

インタビューに応える駐妻キャリアnetの三浦梓代表
インタビューに応える駐妻キャリアnetの三浦梓代表=2024年5月22日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

仕事や人生、キャリアとなると、女性個人だけではどうにもならない面もあって、社会全体と家族の理解と三位一体の部分があります。企業に対して、どんな状況で、どんな人材が欲しくて、何で困っているのかといったところを解明したい。人材不足というけれど、海外にいる人で仕事をしたい人は多いので、そうした仕事と人が出会える機会を駐妻キャリアnetとして作っていきたいと思っています。大手企業などで成功事例を作って、試してみようという会社が出てくればいいなと思います。

――800人からの人材プールで、何でもできそうですね。

はい。以前に「駐妻による駐妻のための英語コーチ」という新しい事業を始めたんです。学校での子どもの担任との交渉とか、ホームパーティーの開き方とか、経験者だから話せることがあります。その時は3日間で英語コーチになりたい人30人から応募がありました。

そういった意味で、「駐妻×専門性」の仕事を作ることも考えていて、協会も立ち上げようと考えています。駐妻に関する認定資格を取って、そこで市場価値を上げていき、日本に戻った時に資格や実績を示せる生き方ができるようにと思っています。

まだまだ課題はあって、日本社会全体や大手企業に駐妻の価値を感じてもらわないと事態は変わらないなと思っているので、駐妻キャリアnetをブランド化する法人化も考えています。今後は国内の転勤妻を支援する取り組みもしていきたいと思っています。

国内転勤に帯同する女性たちに通じる悩み

――確かに駐妻と同じ問題が、国内の地方転勤に帯同する女性たちにも起きていますよね。

国内の転勤に帯同する方たちの方が、さらに課題が大きいと感じています。なぜかというと、海外にいると「海外だから働けないよね」とある意味、割り切れるんですよ。ただ日本だと言葉やビザの壁はないから「働けるじゃない」と思われてしまう。だけど実際は夫が3年に1回転勤となると、長く働くことができずにキャリアを継続するのが難しい方たちが多いので、そういう人たちにこそ、資格とか、週3で働く働き方とか、オンラインで働く働き方を紹介したいと思っています。

今まで駐妻キャリアnetで紹介していた仕事をそうした女性たちにもお渡しすることを始めたいと思っています。

――地方帯同のために仕事を辞めて自己肯定感が下がってしまう女性や、単身赴任を選択せざるを得ないという家庭も多いと思いますが、もし駐妻キャリアnetの取り組みが国内に応用できたら、変わると思いますか。

変わると思います。働きたい人たちが、そういう機会があると気づくことが、まず大事だと思うんです。私自身が駐妻になったとき駐妻キャリアnetがあるだけで自分が目指す価値観の似ている人たちがいると、すごく救いでした。

それこそ国内転勤妻の人たちが、「働きたい」と言いにくい状況もおそらくあると思うんです。同じ団地や支店内で「働かなくても養ってもらえる」世界の役員の奥さんとの付き合いとかがあって、周囲に相談しづらい点は、駐妻と構造が似ているかもしれないと思います。

休職制度よりも、多様な働き方を

――三浦さんが日本の企業に求めるのは、休職制度の導入だけではないんですよね。

はい。実は休職制度を広めたいという考えはあまりないんです。休職制度をとることで残った社員たちで仕事を回す必要もあり、休職制度を終えた社員が復帰する際に肩身が狭くなるなどあります。休職制度を利用した後、復帰する時に仕事の感覚を取り戻すまで時間がかかります。すぐに価値を発揮するためにも、休職中に付加価値をつけてきたということも大事なのではと思います。

つまり必要なのは、「キャリアを止める」のではなく「キャリアをいかに継続する」のか。

駐妻期間にキャリアを継続する仕組みを作り、企業がその実績を見て採用するかどうか選考できる状態にしたい。多くの人がもっと気軽に就職とか、仕事ができる環境があるべきだと思っています。「履歴書上のブランク」にとらわれずに熱意や能力を適正に評価してほしいと思いますね。そうなると、キャリアの継続のために「休職制度」を取らなければという考え方が減っていくと思います。

休職制度を取るか、取らないかという二択ではなく、オンラインで働く海外社員という働き方を残したり、週3日でもいいから休まないで働き続けたりする選択があればいいと思います。

働いていない期間があると、働くマインドが徐々に失われていくんですよね。それが1年にもなれば、相当鈍ると思うんです。だから休職期間に仕事の感覚を失わないために、会社から研修などのアクションを取ったり、その人が海外にいるからこそ役に立てる仕事を少しでも依頼したりするのがいいのかなと思っています。

仕事をどう切り分けるかとか、どうスケジュールを組むかといった仕組みを企業が一から調整して作るのは大変なので、そこは知見のある駐妻キャリアnetが担って、コンサル的な役割も果たしていきたいと思っています。