「男性育休」経験者の実体験から、普及のカギが見えてきた
そんな変化の一つである「男性育休」。小泉進次郎・環境相が取得したことで話題になり、今年4月から国家公務員に1カ月以上の育児休業取得を促す制度も始まった。
在宅勤務で家族と過ごす時間が増え、これからの働き方について思いをはせた人も多いことだろう。
男性育休を例に、「多様な働き方を実現するレシピ」を探った。(澤木香織)
厚生労働省によると、2018年度の男性の育休取得率は6.16%で過去最高だった。だが、8割台で推移している女性の取得率に比べると圧倒的に低い。平均取得日数も、男性は5日未満が36%、7割以上が2週間未満だ。
日本の育休、制度への国際的な評価は高い。日本は子どもが原則1歳になるまで取得でき、保育園に入園できなかった場合には延長が可能だ。父母で同時期に取得することもできる。ユニセフ(国連児童機関)の2019年の報告によると、日本が父親に認めている育休期間は、OECD(経済協力開発機構)かEU(欧州連合)に加盟する41カ国中最も長いと評価された。雇用保険に入っている場合、半年間はもとの賃金月額の67%、それ以後は50%の給付金が支払われる。
男性の育休取得がまだまだ少ないのはなぜだろうか。厚労省調査では、育休を利用しなかった男性が理由として挙げたのが、「業務が繁忙で職場の人手が不足していた」「会社で制度が整備されていなかった」がともに28%、「取得しづらい雰囲気だった」が25%、「自分にしかできない仕事や担当している仕事があった」が20%だった。実際に育休を取った男性はどんな課題を抱え、どうクリアしていったのだろう。
積み重ねてきた仕事のキャリアがいったん途切れる「キャリアの断絶」という不安に向き合ったのは、育休を2回、計約1年半取った千葉県在住の通信会社員、伊美裕麻(いみ・ゆうま)さん。2018年に子どもが生まれ、まず1カ月間の育休を取った。その後職場復帰したが、生後10カ月の時から1年超、再び取得して今年1月に職場に再復帰した。
「キャリアの断絶」に不安を感じたのは、2度目の育休前だ。社内評価への影響という心配も頭をよぎった。だが自分がキャリアを積み重ねる一方で、共働きの妻が子育て中心になっていることも気になっていた。最初の育休で子どもと向き合う中で、生活を犠牲にしてまで会社で働き続けることへの疑問が芽生えた。「社会の中で広く求められるキャリアは何かと考えると、育休を経験した方が可能性も広がる」と、考え方を切り替えたという。
2度目の育休中、知り合いだった岐阜県在住のIT企業社員、土屋貴裕さんと技術者向けの同人誌イベントで本を出すことに。当時、土屋さんも育休中だったことから、「男性育休の当事者として知りたかったこと」をこれから取る人に伝えようと、「育休はじめてガイド」を作ることにした。
土屋さんは昨年8月に子どもが生まれ、今年7月まで育休を取る予定。勤務先はそもそも完全リモートワークの柔軟な働き方を認めており、育休を取ること自体に不安はなかった。ただ、賃金の保障や要件が気になって調べていた。ガイドは約60ページ。日本の制度の概要、北欧や米国、韓国といった他国の制度、体験者の声を載せている。特に給付金の制度はページを割いて詳しく触れている。
育児や家事の合間に分担して執筆し、今年3月にメディアプラットフォーム「note」上で冊子版と電子版の販売を始めた。
2人とも、日本の男性が育休を取りやすくするためには「キャリアを断絶しなくてよいという安心感」が必要だ、と語る。
日本では、育休中でも「一時的・臨時的」であれば一定の要件のもと働くことが認められている。給付金を受けるには、就業時間を月10 日以下、もしくは80 時間以下にする必要がある。また、もともとの賃金の8割以上の賃金が支払われると、給付金は受け取れない。8割に満たない場合は、額に応じて給付金が減額支給される。
土屋さんはこの制度を使い、育休の間も勤務先で週1回程度働いている。病院に勤務する妻も職場と交渉し、週1回程度勤務する。子育てから一時離れ、家族以外の「大人」と会話できる時間は、ストレスの解消にもなり、互いにとって大事な時間になっているという。
伊美さんも2度目の育休中に、もともと関心のあった副業を始めた。土屋さんと知り合ったのも、副業先のプロジェクトだった。「副業を通して、社会とつながっている感覚を保ち続けることができた」と語る。
伊美さんは「1年以上もキャリアに『ブランク』をあけることは、男女とわず誰もが不安。これまでは、その不安を女性が背負ってきた面がある」と指摘。「『薄くキャリアを継続できる』選択肢があるとわかれば、不安は軽減すると思う。私自身は育休を取ったことで視野が広がった」と話す。土屋さんは「選択できる、ということが一番大事。育休を取りたいけれど不安だという男性には、選択肢はあるよ、と伝えたい」
積水ハウス(本社・大阪市)は、男性社員の1カ月以上の育休取得を独自に制度化した。対象社員全員が子どもが3歳になる前日までに1カ月以上の育休を取得する、最初の1カ月を有給とし、最大4分割の取得も可能、という内容だ。
制度づくりを担ったダイバーシティ推進担当の執行役員、伊藤みどりさんは「どんな職種、状況でも、全員が取れることが重要」と語る。理解のある上司がいたから、たまたま休みを取りやすい職場にいるから――。そんな「条件」が整った人だけが取れるものにはしないことを重視し、運用を工夫した。育休中に他の社員に引き継ぐ仕事内容と、誰にどんな風にフォローしてもらいたいかを記入する「取得計画書」を書いてもらう。「何をするか」にも目を向けてもらえるよう、育児・家事の分担を家族と話し合うための「ミーティングシート」も配布した。不安を減らすため、取得が昇給昇格、賞与、退職金に影響しないことを社員への配布文書に明記した。
制度開始前は、男性社員の育休取得率は9割を超えていたものの平均取得日数は2日あまりだった。制度開始後は、取得期限を迎えた対象者全員が1カ月の育休を100%取得しているという。
当事者にも、数字を管理するマネジメント層にも、戸惑いがなかったわけではない。ただ、「やってみた」ということ自体が価値を生んだ、と伊藤さんは話す。「自分にしかできない仕事だと思っていたものが、そうではないと気づく。誰かに仕事を任せることは、最大限の準備をすれば人材育成になる。これまで育休が当たり前ではなかった男性が変わることで、全体の風土は変わる。誰もが1カ月くらいは休むことを受け入れられる、寛容で強い組織にしたい」と話した。
同社の取り組みは、2018年に仲井嘉浩社長が視察先のスウェーデンで、公園でベビーカーを押す人の大半が男性だった様子を見て、衝撃を受けたことがきっかけだ。
そのスウェーデンの制度は、冒頭に紹介した伊美裕麻さんが感じていたような、キャリア断絶の不安を解消できるようなつくりになっている。育休中の就業についてフレキシブルな仕組みがあり、1日を8分の1に分けて育休を分割取得できる。
体験者の話を聞いてみよう。北欧の社会システムに詳しい明治大学の鈴木賢志教授は15年前、研究者として暮らしたスウェーデンで育休を取得した。子供の生後1年間は、同じく研究者をしていた妻が取得。その後、鈴木さんが半日の育休を3カ月間、取得した。午前中は働き、午後は育児をするスタイルだ。
鈴木さんは、半日でも働き続けることが「救いになっていた」と振り返る。「海外では特に研究が評価に関わり、最新の論文についていけなくなる不安があった。研究所にいる時間はいとおしかったですね」
前述の労働政策研究・研修機構の調査によると、スウェーデンでは子どもが3歳になった時点での親一人当たりの平均育休取得日数は女性が289日、男性も74日(2013年)にのぼる。育休が社会に根付いていることをうかがわせるエピソードがある。
そもそもスウェーデンでは子供の生後10日間は、育休とは別の枠組みで父親も所得保障を受けて休みが取れる。鈴木さんがその期間、たまたま大学に立ち寄った際、同僚に「なぜ大学にいるんだ!」と怒られたという。その後も「いつ育休を取るんだ」としばしば言われた。不安があっても鈴木さんが育休を取得したのは、日本とは逆の意味での「プレッシャー」が大きかったからだという。
鈴木さんによると、スウェーデンの仕組みが大きく変わったのは1970年代のオイルショックがひとつのきっかけだ。
失業が増え、政府は福祉分野に着目して雇用を増やした。保育や介護の業務は比較的女性になじみやすく、女性が働くことが家庭の経済的なリスクを分散し、社会にとってもプラスだという考えが広がっていったという。1974年に世界に先駆けて父母両方を対象にした育休制度ができ、期間は徐々に拡充され、社会の変化に制度が追いついていった。
スウェーデンにもやはり課題はあるという。日本ほどではないが男女の賃金格差はあり、給付の保障分を減らさないため、男性より女性の方が取得日数が多い傾向にあった。また、両親が同時に取る条件は限られている。ただ、育休を取ったことが能力評価でプラスになる考えが一般的にあり、育児も家事もできる男性を「格好いい」ととらえる価値観が広がっているという。
日本で男性の育休がより広がるためには何が必要か。鈴木さんは「企業は育休を取ることが生産性に寄与するとポジティブにとらえ、社会全体としては仕事も育児もできる人が『格好いい』と考える。そんな風に発想を変えていかなくてはならない」と話した。
また、日本では男性の賃金を100とした場合の女性の賃金が7割程度(2018年の賃金構造基本統計調査)と、依然として男女の賃金格差がある状況にも触れ、戦略的に女性の意思決定層を増やしていく必要性がある、と指摘する。