――非常戒厳のニュースを聞いた第一印象はどうでしたか。
3日夜中にニュースが飛び込んできました。啞然としました。
(全斗煥大統領をモデルにした人物が粛軍クーデターで権力を握った)映画「ソウルの春」を思い出しました。1983年に初めて韓国で研修を受けましたが、大学ではいつもデモをやっていました。当時の風景が目に浮かび、「時代錯誤」という言葉が頭に浮かびました。
戒厳令は軍部の発想ですし、1987年に民主化宣言も出ています。文民大統領の尹氏が、非常戒厳という手段を取ったのは時代錯誤の行動と言わざるを得ません。
――なぜこうなったと思いますか。
謎です。韓国メディアによれば、「金龍顕(キムヨンヒョン)国防相がそそのかした」という声もありますし、「8月の時点でそのようなうわさが野党から出ていた」とも言われています。
政治家ではなく、検察出身なので、立場が違う人との距離を対話で調整することが得意ではなかったと思います。私の韓国の知人たちはこの1、2年、「尹氏はコミュニケーションが下手だ」とあきれていました。「他人の言葉に耳を傾けず、独断で話を進めている」とも言っていました。
普通は、大統領には周囲に仲間がいて、嫌なことでも直言します。戒厳令を出すには閣議が必要と言われていますが、きちんとやったのか不透明です。「閣僚が急に集められ、皆反対した」という報道も韓国で出始めています。
保守系与党・国民の力の韓東勲(ハンドンフン)代表も非常戒厳の発表直後に、「絶対に支持できない」と主張しました。(尹大統領は)与党代表ともコミュニケーションを取っていないわけです。「自爆テロ」という印象を持ちました。
――韓国社会では冷静な声もあるようです。
ソウルの知り合いからは4日朝も「極めて冷静」「学校も普通」という連絡が来ました。「恥ずかしい。大韓民国の大統領なのか」という声もありました。おびえや怒りよりも恥ずかしいという反応が多いようです。
これは、非常戒厳が出ても、夜中に国会に190人の議員が集まって解除決議をしたおかげだと思います。不幸中の幸いです。最終的には憲法の規定に基づいて、尹氏も解除決議を粛々と受け入れました。
市民たちは、朝起きたら元の生活に戻っていたので、みな余裕を持って反応したのでしょう。尹氏が決議を無視して、市民が何人も死亡するような事態になれば、このような反応にはなっていません。6時間で収束したからです。
ギリギリのところで民主主義を回復させたことはすごいことだと思います。与党議員も何人か解除決議に賛成しました。保守の政治家も良識を働かせて行動しました。過去の民主闘争で苦労してきた韓国が持っている強靭性だと思います。
――日米韓の関係はどうなりますか。
尹錫悦大統領自身がどうなるのかわかりません。7日にも(野党6党が提出した)弾劾訴追案の議決があります。与党は弾劾を阻止する構えですが、韓東勲代表は尹氏の離党を求めているようです。尹氏が政治的に生き残れるかどうか、まだわかりません。
仮に弾劾訴追案が否決され、(尹政権が)生き延びた場合、日米韓は従来の路線を踏襲するでしょうが、尹氏と韓国に対する視線は冷たくならざるをえません。今月予定されていた日韓議員連盟の訪韓も中止になりそうです。
来年1月に誕生するトランプ米政権は利害で動きます。貿易も自己中心的に動くでしょう。韓国は日本を頼るしかなくなりそうですが、日本の立場では「泥船に乗る」格好になります。尹氏と協力すれば、次の大統領から猛烈な反発を受けるでしょう。日本も従来よりも韓国と距離を置くことにならざるを得ないと思います。日本政府も次の状況を考えながら、今以上に、進歩(革新)系の人々との関係づくりを進めるべきです。
――北朝鮮はどう反応しますか。
「ざまあみろ」という気持ちは心の中にあるでしょうが、下手に利用しようとすると、「(非常戒厳を出したのは、共産勢力を阻止するためだと言っていた)尹氏の言っていたことが正しい」ということになりかねません。逆に敵に塩を送ることになるので、慎重に行動するでしょう。
むしろ、ロシアとの関係を強化しつつ、トランプ政権に期待しているのではないでしょうか。
――韓国はこれからどうなっていくのでしょうか。
保守系のメディアですら、翌朝の社説は尹氏に批判的な論調でした。今回の事件は「殿ご乱心」「ばかなことをした」という歴史を韓国の政治史に刻むのではないでしょうか。
韓国の若い人々は、イデオロギーに左右されず、理念よりも現実を重視すると言われます。尹氏は今回、左右対立を利用して非常戒厳で難局を正面突破しようとしました。野党・共に民主党の李在明(イジェミョン)代表も激しく反発しています。
でも、北朝鮮を対立軸にしたり、左右対立をあおったりするような政治に影響されない、民主主義が根付いた韓国社会になる契機になればよいと思いますし、十分可能だと思います。