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都会生活を捨てた漢民族女性がつづる故郷ウイグルの大自然と暮らし ドラマ化で人気に

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
李娟の『我的阿勒泰』
李娟の『我的阿勒泰』=関口聡撮影

中国周縁部の少数民族の生活を描いた二つの文芸作品がある。遅子建『額爾古納河右岸(アルグン川の右岸、以下アルグン)』(2005年)と李娟『我的阿勒泰(私のアルタイ、以下アルタイ)』(2010年)。いずれも今なお売れ行き良好である。前者は茅盾文学賞、後者は関連作品で魯迅文学賞と、中国国内最高権威の文学賞を獲得しており、専門家の評価も高い。

遅子建は1964年、中国最北端の黒竜江省に生まれた。李娟は1979年生まれ、最西端の新疆ウイグル自治区の北部アルタイ地方にある小さな県で幼少期を過ごした。ともに漢族の女性で、両作品とも彼女らが生まれ育った土地が舞台となっている。

『アルグン』の舞台はロシアとモンゴルと接壌する大興安嶺山脈地帯で、伝統的にトナカイの遊牧と狩猟採集を生業としてきたエベンキ族の集住地区である。『アルタイ』の舞台はロシアとカザフスタンと接壌し、羊の遊牧を生業とするカザフ族の集住地区である。

両地区をモンゴル国が隔てるが、遊牧や肉食の習慣や苛烈(かれつ)な自然環境など共通する要素は多く、両作品とも自然の猛威の描写に富む。また背景に、近代文明社会の影響で習慣や観念が変化し、異族間の衝突や融合により同化を迫られ伝統文化が失われたり、地縁・血縁共同体が破壊されたりすることへの危機感がある。

とはいえ作品のモチーフや読後感は対照的だ。『アルタイ』は文才に富む李娟が、都会生活を捨ててウイグル最北端の故郷に戻り、母が営む現地のカザフ族向け小売店を手伝いながら送る日々の生活で、身辺の出来事を描いたエッセーである。

基調は草原での昼寝の快楽や、地元民の素朴な食生活、たわいない会話など、淡々とした筆致である。本作は放牧生活を嫌う青年と伝統の暮らしを強いる父との葛藤や、その青年との恋愛など、起伏あるストーリーに再編されて、2024年にドラマ化され(全8話)、記録的な再生回数を博した。実は評者が指導する女子学生からドラマを薦められたのが本書を読むきっかけとなった。

ドラマや原作本に没頭した学生たちに理由を尋ねてみた。すると、純朴な住人と大自然とともに暮らし、都会の喧騒(けんそう)や雑踏から解放された、自由で開放感に満ちた静かな生活への憧れがあるようだ。ドラマと違って、原作のエッセーには、男性中心の伝統的カザフ社会の軋轢(あつれき)も描かれてはいるが、善良で質朴なカザフ女性との親密な交際の方に力点が置かれている。

一方、『アルグン』はエベンキ族の一部族の最後の長の、90歳になる妻による口述体クロニクル風長編小説。起点はロシア軍の侵入によってアルグン川左岸に広がる生活の故地を奪われ右岸に移住せざるを得なくなった300年前にさかのぼる。そこから血縁でつながった同族者たちの6代ほどの宗族史である。

部族を統率するのは自然災害を予知、回避し疫病を治療する異能を備えた3代にわたるシャーマンだ。部族員による恋愛、婚姻(離婚)、出産、死亡のライフヒストリーを柱に時系列につながって展開する。

伝統的な部族社会に、ロシア人、日本人、漢人などの異族が侵入してくると、部族の紐帯(ちゅうたい)が緩み、シャーマンの威厳は落ち、生活習慣が変容し、事故、自殺、過剰飲酒、殺人による急死のケースが急増する。新中国成立後は下山して定住への選択を迫られる。大飢饉(ききん)で食料配給が滞り、森林の大規模開発による伐採でトナカイは生息空間を奪われ、狩猟は制限されていく。

遅子建は本書をベートーベンの交響曲第6番「田園」風に「朝/昼/黄昏(たそがれ)/半月」の章に分けている。だが、評者には滅びゆく運命にさらされた民族の悲壮感に満ちたレクイエムのように響く。(敬称略)

中国のベストセラー(総合)

9月の万聖書園ランキングより

『 』内の書名は邦題(出版社)

  1. 親密関係的核心是友誼

    汪民安

    親密な関係の核心は友情

    2006年から23年にかけての著者へのインタビューとエッセーをまとめた。社会と技術に対する省察。

  2. 什麼是教育

    卡爾・雅斯貝爾斯

    教育とは何か カール・ヤスパース

    教育、とりわけ大学教育に関して理念・方法・目的について総合的に論じた。

  3. 智人之上:従石器時代到AI時代的信息網絡簡史

    尤瓦爾・赫拉利 ユヴァル・ノア・ハラリ

    『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来』 (河出書房新社)

    口承から文字書写を経て人工知能まで、情報ネットワークがこの世界をどのように形成してきたのか。数千年に及ぶ発展の歴史から、現在直面している課題と、これからの世界を展望する。

  4. 我看見的世界:李飛飛自伝

    利飛飛 フェイフェイ・リー

    私の見た世界 

    AI開発でトップに上り詰めたリーが、貧しい移民の幼少期からの生涯をつづった自伝。

  5. 哲学的100個基本

    岡本裕一朗

    『哲学100の基本』(東洋経済新報社)

    2500年にわたる世界の偉大な哲学者たちの思考モデルを100の項目をワンフレーズで構成し、哲学のテーマを網羅的に理解できるようにした。

  6. 翻訳与近代日本

    丸山真男他

    『翻訳と日本の近代』(岩波書店)

    日本の近代化にあたり、社会と文化に影響を与えた翻訳。加藤周一の問いに丸山が答える。

  7. 額爾古納河右岸

    遅子建

    『アルグン川の右岸』(白水社)

    エベンキ族の現状を活写した長編小説。過酷な自然環境と現代文明の圧力下で不屈の民族精神と豊富多彩な民族文化がつづられる。

  8. 我的阿勒泰

    李娟

    私のアルタイ

    ウイグル北部の美しい大自然に抱かれた村の生活風景、そこに暮らす家族と牧民たちの日常が、繊細で清涼な筆致で描かれる。

  9. 興盛与危機:論中国社会超穏定結構

    金観涛・劉青峰

    隆盛と危機—中国社会の超安定構造について中国社会の構造分析から着手し、サイバネティックス、システム理論の方法を大胆に採り入れ、中国の歴史のメカニズムを究明。

  10. 哈利・波特与歴史

    達米安・布里多諾 ダミアン・ブリドノー

    ハリーポッターと歴史

    イギリスの神話と伝奇から、全ハリー・ポッター・シリーズに隠された歴史の系譜を解読。