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「中国の考え方」はこうして形作られた、が歴史を通して分かる本

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
『現代中国的形成』
山本正樹撮影

ウクライナでの戦争により、あらゆる国家を民主主義国家と権威主義国家に区分する思考法が蔓延している。この発想が危険なのは、個別国家の行動論理の違いに目を塞ぎ、「やらなければやられる」という敵意が自己増殖し、軍事抑止力強化の安全保障意識を先鋭化させるからだ。

国際社会から批判の多い人権や民主化問題に対応して、昨年末、中国国務院は「中国的民主白書」を提出した。だが中国側の強調する「中国的特色」は西洋由来の基準に当てはまらない部分が多く、その内在論理は容易には腑(ふ)に落ちない。

『近代中国の形成(1600―1949)』は、1949年に成立した中華人民共和国の国家原理の原初形態を清朝最盛期の康熙―乾隆帝の18世紀に求め、約3世紀にわたる国家統一の形成過程を描いたマクロヒストリー。日本の近現代中国史学界では中華民国から人民共和国への連続性を強調する20世紀中国史観が主流になりつつあるが、本書の射程はさらに長い。著者の李懐印は米テキサス大学歴史系教授の中国人だ。

清朝は明朝の天命と版図を継承して中華文明の正統性の証しとし、その外延にモンゴル・チベット・新疆を藩属支配した、満州族と漢族の共同統治による多民族国家である。その領土はモンゴル帝国を除けば歴代最大を誇るが、西洋の植民地帝国のように対外拡張戦争を仕掛けて獲得したものではない。藩部は朝廷への進貢のほかは自主権に委ね、散発的な反乱鎮定のために兵力を送った。巨大な版図には中央から派遣された官僚組織が張られ、軽微な田賦による財政が末端の村落にまで浸透し平和と安定が維持された。

平安が破られたのは内陸危機から海上危機への地政学的変局の対応を誤り、日清戦争に敗北したことによる。清朝は東アジアの宗主権を失い、主権国家間の対等関係を定めたウェストファリア条約システムに組み込まれ、新軍・法令・教育などを整備し近代主権国家へと転身した。辛亥革命により1912年に清朝は崩壊したが、外モンゴルを除き版図は保全された。

その後の軍閥混戦、国民党の北伐、国共合作による一致抗日は統一を回復するための集権化の模索でもあった。内戦を勝ち抜いた中国共産党は、ソ連式の党治国家システムと強権支配による統一国家を建設した。近代化以降導入された西洋型の代議制民主主義は持続せず、集権独裁に置き換わっていった。以上が主な内容だ。
このような統一中国の形成過程により、現代中国像はパックスシニカと強権国家のヤヌスの顔となっている。

南シナ海の九段線における領土観、自治区での治安政策にみる辺防意識などには、清朝境域国家像の残存がある。大陸の学者と少数民族問題を話していると、温度差を感じることが少なくない。貧しい辺境住民の生活を都市部のわれわれが支えている、という論法には、伝統的天下国家観と近代主権国家意識が同居しているように感じる。

西側諸国からの批判が高まっているのは領土問題だけでない。貿易摩擦、労働市場、知財保護などをめぐって経済安全保障論議もかまびすしい。『当事者』は産業開発や企業融資において、中央と地方政府が介入し、官僚と企業と社会が一体となって経済建設を推進するメカニズムが書かれ、経済発展の「中国的特色」を知るうえで有効な事例と示唆を与えてくれる。

生産過剰は輸出依存をもたらし、貿易相手国は債務超過で保護主義を強めている。そこで2020年、国内大循環を主体として国際循環と連携する発展戦略を打ち出した。都市化による国内市場の拡張と共に、日本の倍もある貯蓄率を減らし消費を喚起するため公共福祉を充実させなければならない。生産主導ではなくサービス主導による暮らしの満足度優先への政策転換が志向する社会デザインは、西側先進国のビジョンと軌を一にしている。

中国のベストセラー(総合)
4月期 万聖書園より
『』内の署名は邦題(出版社)

1 持続焦慮:世界範囲内的反現代化思潮
艾愷
持続するいらだち:世界の反近代思想 ガイ・アリト
ドイツはじめインド・中国・日本など近代化批判の思想家をとりあげ近代を問い直す。

2 現代中国的形成(1600-1949)
李懐印
近代中国の形成(1600-1949)
今の中国はどこから来たか? なぜ帝国の崩壊は国家分裂をもたらさなかったか?

3 工作、消費主義和新窮人
斉格蒙特・鮑曼
労働、消費主義、新貧困者 ジグムント・バウマン
失業がもたらした従来の貧困とは違い、労働現場や消費社会のなかで新たに生まれつつある貧困問題とは?

4 当今為什麼還要研読馬克思
喬納森・沃爾夫
今なぜマルクスを読み直すのか ジョナサン・ウルフ
マルクスの自由主義・資本主義社会に対する独創的な洞察力は今なお色あせない。

5 置身事内:中国政府与経済発展
蘭小歓
当事者:中国政府と経済発展
経済発展のミクロとマクロのメカニズムを解明し、中国の社会主義市場経済の実態に迫る。

6 我偏愛読詩的荒謬:現代詩的三十堂課
廖偉棠
私は詩の荒唐無稽を愛す:現代詩30レクチャー
中国現代詩人が読み解く詩の世界。詩への感受性、想像力、表現力は日常生活を豊かにする。

7 什麼是教育
卡爾・雅斯貝爾斯
教育とは何か カール・ヤスパース
教育、とりわけ大学教育に関して理念・方法・目的について総合的に論じた。

8 厭女:日本的女性嫌悪
上野千鶴子
『女ぎらい:ニッポンのミソジニー』(朝日文庫)
女性嫌悪に関する様々な現象を通して日本の男社会の実態を暴く。

9 貪婪的多巴胺:欲望分子如何影響人類的情緒、想像、衝動和創造力
丹尼爾・利伯曼等
『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』(インターシフト) ダニエル・リーバーマン他
なぜ人は不可解な行動をとったり、突然感情が変化したりするのだろうか。その秘密をさぐる大脳生理学。

10 秋園
楊本芬
80歳の祖母が語った祖母と母の物語を通して味わう、歴史の大河を流れる女の一生。