地域開発で数々の不正、暴く公的組織
昨年末から、中国で上海の金融業界を描くテレビドラマのメガヒットが続いている。『追風者』『繁花』そして『城中之城(都市の中の都市)』。時代はそれぞれ1930年代、90年代、2010年代。『城中之城』は各45分全40話で、テレビ塔や高層ビルが立ち並ぶ浦東にある陸家嘴(りっかし)が舞台。上海や中国、ひいてはアジアの金融貿易の核心部だ。
浦東が経済貿易区として開発されたのはここ30年。1980年代初め、ネオン鮮やかな外灘(バンド)側から揚子江の支流黄浦江越しに眺める浦東は真っ暗だった。
小説原作者の滕肖瀾は浦東で生まれ育ち、風景描写もリアルだ。上海人は物腰は柔らかいが、独立不羈(ふき)で利にさとい。富裕層のプライドは高く、地方出身者は引け目を感じる。ドラマでは人物像やストーリーに若干の修正が施されているが、小説では貧しい地方出身の主人公が上海在住の彼女の家族から冷たい視線を浴びる。
物語は、宅地造成やビル建設などの地域開発事業をめぐって進む。中国では私有が認められない土地こそが、地方政府最大の資産であり財源だ。事業は銀行を中心に金融や建設、不動産関連の会社群が手がけ、主要人物だけで約70人が登場する。
贈収賄やつつもたせによるゆすり、盗聴・相場操縦・インサイダー取引など契約目的の不正が描かれる。業績至上主義の圧力や、私的な報恩、恋愛感情のもつれなどで一線を越え、あげく悪事を隠そうと殺人にまで走る。
推理小説風の業界小説としては『半沢直樹』シリーズに通ずる。だが業界内部の正邪の闘いではない。事業推進者と、その不正を暴く銀行監査部、金融会社を指導する会計検査局、党の中央紀律検査委員会などとの攻防だ。「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず」で不正は裁かれ、金融業界の職業倫理を覚醒させる結末となる。
宴席、贈り物で広がるコネ 追い求める共同利益
事業展開を支える人脈形成が興味深い。大学・親族・出身地・職場などの縁による私的「関係」(コワンシー、「コネ」に相当)網の拡大だ。宴席を設け贈り物を渡して、網は広がる。『半沢直樹』と違い、業界内部の公務より酒席や家庭での場面が格段に多い。
この情義の交換を中国では「人情」と称し、日本の「義理」に当たる。人情に基づく人脈内部では「関係」が活性化する。内部の顔なじみメンバーは「熟人」「自己人」と呼ばれ、そこに磁場が発生する。磁力の源泉は「面子」(メンツ)であり、人望が厚く社会的地位が高い人ほど「面子」の磁力が強い。本書では証券会社や一般企業よりも銀行の方が強く、『城中之城』とはまさに上海の金融業、なかでも最高位の銀行を指す。網内部で共同利益が実現する限りはプラスの磁場だが、事業が失敗したり公平な配分を怠ったりすると、報恩は報復のマイナス磁場へと反転する。
日本人はこれでは公正性を欠くと思いがちだが、中国の「公」は「私」の拡張されたもの、あるいはいくつもの「私」を蓄積した共同利益に近く、公私に一線を引く日本とは違う。このあたりは、翟学偉氏の『現代中国の社会と行動原理』(岩波書店)に詳しい。
現実には「関係」と「人情」が推進する経済行為は法規範からの逸脱や腐敗を招きやすい。かといって「関係」の入り口で「人情」を抑えては中国の経済はうまく回らない。本書では「人は白いワイシャツのようなもの。どんなに気を付けてもいつか黄ばんでくる。よく手入れをして黄ばむ時を先延ばしすることだ」との警句が引かれる。
絶妙のキャラクター設定、迫真の演技、飽きさせないストーリー展開で視聴者をつかんで離さない現代社会派華流ドラマを、日本でも放映してほしい。中国経済の実態は統計データだけでは測れない。
中国のベストセラー(総合)
カルチャーサイト「豆瓣」の4月24日付新刊週間ランキングより
『 』内の書名は邦題(出版社)
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城中之城
滕肖瀾
都市の中の都市
同名人気ドラマの原作。現代の上海の金融業界を舞台に、開発事業と秩序維持のせめぎあいの中で格闘する金融人たちの群像。
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我們生活在巨大的差距里
余華
我々は巨大な格差の中に生きている
人気作家余華の2003年以降に発表された、中国社会の変化や海外旅行などに関するエッセー集。
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荒誕医学史
莉迪亜・康、内特・彼得森 リディア・ケイン、ネイト・ピーダーセン
『世にも危険な医療の世界史』(文芸春秋)
西洋医学で実施されてきた非科学的な療法の数々。豊富なイラスト付き。
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追訴時効倒計時
横山秀夫
『第三の時効』(集英社)
全6編の本格ミステリー小説。
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恐怖呢喃
貴志祐介
『天使の囀(さえず)り』(KADOKAWA)
アマゾンからの帰国後、次々と隊員たちを襲う死へのいざない。本格ホラー小説。
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唯余細節
伊婭・根伯格 イア・ゲンバーグ
ディテール
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斉暁晶
世界の名画から1センチ離れて―ルネサンスからバロックまで
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菲利帕・佩里 フィリッパ・ペリー
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