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党政治の腐敗を暴く 『人民的名義』北京で読まれてます

Bestsellers 世界の書店から
photo: Nishida Hiroki

photo: Nishida Hiroki

「今日、現金を初めて見ました」

北京の大型書店のレジで、支払いに現金を出して笑われたのは昨春のこと。日本でもお馴染みの中国のデビットカード「銀聯カード(ユニオン・ペイ)」、さらには「支付宝(アリペイ)」「微信支付(ウィーチャット・ペイ)」といったスマートフォンのオンライン決済が普及し、中国人は現金を持ち歩かなくなっている。コンビニやスーパーでの少額の買い物もスマートフォンで「ピッ」と済ませる。

そんな今、『人民的名義』の冒頭、汚職官僚の邸宅の壁一面に2億元余りの紙幣の札束がびっしりと詰まった異様な光景は、新鮮でさえある。今春大ヒットした同名のテレビドラマでは、冷蔵庫の中、ベッドの上も札束だらけ。鮮烈なビジュアルが驚きと笑いを誘う。

中央の検察院反腐敗捜査員・侯亮平は、北京で検挙したこの官僚の供述を糸口に故郷H省の腐敗に切り込む。だが、捜査協力をしていた省検察院の陳海は、事故を装った暗殺未遂で昏睡状態に。新任のH省トップ・沙書記により、侯は同省に派遣される。

捜査を進めるうち、侯と陳海の恩師で法学者から政界へ転身した高書記、高の教え子の祁公安庁長官、H省京州市の李書記らの間で錯綜する利権や愛憎が浮上する。水面下で展開される熾烈な権力闘争、腐敗の巨悪の後ろ盾は、H省の経済発展が評価され中央に出世した大物政治家・趙書記だった。

中央と地方の行政機関、複雑な肩書(書記だらけ!)の上下関係など外国人には把握しにくい中国共産党組織、人事理解に格好のテキストだ。銀行幹部、地元政府高官らの汚職に起因する工場の立ち退きに抵抗する労働者たち。彼らと警察との衝突が、インターネット中継で世界に拡散されるエピソードは、現実と重なる。汚職高官が海外逃亡する際の偽名パスポート、携帯電話のGPS追跡やその対抗策、町中、ホテルの室内まで至るところに張り巡らされた監視カメラ網……追われる側、追う側双方の偽装技術、ITを駆使した攻防にも中国社会の今がてんこ盛り。そんな汚職の手口や捜査技術のディテール、習近平政権が進めてきた反腐敗運動、権力闘争の内幕を彷彿とさせるリアリティに、中国全土が熱狂した。

前任の趙書記の元で権力を手にした高書記と祁長官は、趙書記の息子が手がけるビジネスの許認可に協力し、金と女でも結びつくという「ズブズブの関係」。腐敗側の中心軸として描かれる祁や愛人は貧困層出身で、自らの努力だけで這い上がってくるには、汚いことを避けては生きてこられなかったという設定だ。 

それに対し、賄賂の誘惑を拒否し、権力や謀略に阻まれても決して屈しない侯をはじめとする検察側は、家族も皆、検察院、中央規律検査委員会、裁判所の現役幹部あるいはOBだ。中でも陳海の父の陳岩石は、抗日戦争に功績ある古参共産党員かつ沙書記の恩人で……、と、善玉側の生まれつきの恵まれた人脈や環境が、物語に不可欠の伏線となっている。

上司と部下、夫婦、師弟、親子関係にも中国の歴史や社会が抱える根深い矛盾が反映され、それぞれの立場の原則や理想を貫こうとすれば、思わぬ悲劇を招く。
「幸いにもわが党の目は醒めた。世も人の心も、まだ間に合う」と陳岩石。誘惑を拒絶し、容赦なく悪を取り締まる然るべき地位に正義、公平を貫く清廉な人物がいれば、是正される過ちもあるだろう。しかし、本当に「党の目は醒めた」なら、体制改革なしに個人の道徳観次第の「正義の味方」頼みでいいのか、という思いが残る。

実力派役者が揃うドラマ『人民的名義』は見る価値ありだが、50話以上を見通すのはひと仕事。そのため、400ページ弱の本書が多忙な人々に好評だ。原作といっても著者がドラマの脚本も担当し、セリフもほぼそのままのノベライズに近い。大量購入で従業員に配った国有企業もあるとか。ノンフィクション部門で人気の、失脚して投獄された元高官らのインタビュー集、丁捷・著『追問』『人民的名義』との相乗効果で売れている。


7位の『俗世奇人』は、天津生まれの作家・馮驥才が、『市井人物』として清末から中華民国初期における天津の傑出した人々を描いた連載短編小説の改題。初版は2008年。七元(七塊)前払いしないと診てくれない名医「蘇七塊」、真っ黒な衣装を一点たりとも汚さずに壁を塗る名人「刷子李(刷毛の李)」など、市井の著名人の秘密を軽妙な語り口で綴る小噺と、1907年刊行の『醒俗画報』の挿絵との組み合わせが楽しい。また、日本の作家・南條竹則との会話から窺える本作執筆の背景や、馮のとめどない創作の源が書かれた「余談」も興味深い。
馮驥才といえば邦訳『三寸金蓮(てんそくものがたり)』(亜紀書房、後に小学館文庫『纏足』)も傑作だった。この本で纏足の理解を深めた人も多いのでは。


中国のベストセラー(フィクション部門)
『開巻』2017年5月15~21日 ベストセラーリストより



『』内の書名は邦題(出版社)

1. 人民的名義
周梅森
反腐敗捜査、権力闘争を描いたドラマの原作。今春放映され、話題を集めた。

2. 解憂雑貨店 『ナミヤ雑貨店の奇蹟』 (角川文庫)
東野圭吾
「解憂」とは「憂いを取り除く」の意。東野作品は中国では常時何冊も平積みに。

3. 斗羅大陸3竜王伝説 
唐家三少
マンガやゲームなどとの連携で、爆発的な人気の中華ファンタジー小説。

4. 白夜行 『白夜行』
 (集英社文庫)

東野圭吾 
映画やドラマのヒットで、若者を中心に一番人気の東野作品。

5. 嫌疑人X的献身 『容疑者Xの献身』 (文春文庫)
東野圭吾
福山雅治主演映画の原作として、中国で東野ブームを巻き起こした。

6. 摆渡人  Ferryman 
克莱児·麦克福爾 Claire Mcfall 
列車事故で唯一の生存者となった孤独な家出少女ディランは……。

7. 俗世奇人 (修訂版)
馮驥才
清末から中華民国初期における天津の傑出した人々を描いた名篇。

8. 紅岩 『紅岩』 (新日本出版社、講談社、邦訳絶版)
羅広斌・楊益言 
過酷な獄中闘争を描いた1961年刊のロングセラー。映像化、舞台化多数。


9. 追風筝的人 『君のためなら千回でも』 (早川書房)
卡勒徳・胡賽尼 カレード・ホッセイニ
映画も話題になった世界的ベストセラー『The Kite Runner』の中国語訳。


10. 活着 『活きる』 (角川書店)
余華
映画化され、94年カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞した世界的ベストセラー。