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中国の混乱期を生きた庶民の群集劇 ベストセラー入りした渾身の長編小説

Bestsellers 世界の書店から
相場郁朗撮影

清朝が瓦解し、中華民国が成立したものの、軍閥混戦と、「土匪(武装した土着盗賊)」による襲撃が頻発した100年前の中国。その歴史を、編年式の権力史や革命史ではなく、塗炭の苦しみを味わう庶民の目からどう描くか。これまで林耀華『金翼』(1944年)のような社会学の古典的名作はあった。現代作家の余華は、8年ぶりとなる新作長編小説『文城』において、群集劇風の民間故事の形式でこの難題に挑んだ。

余華といえば、『活着(活きる)』『兄弟』などの長編がロングセラーとなり、多くの国民が主人公に自分の実人生を投影させてきた。本作ではこれまで扱わなかった時代に、新たな登場人物を造形した。農村社会の生活倫理に根差した、起伏に富んだ情欲世界を、複雑で重層的なストーリー展開で活写した。伝統的伝奇文学と魔術的前衛文学を兼ね備えた味わいだ。

黄河北辺の富農の林祥福のもとを、長江以南の「文城」から来たという阿強・小美兄妹(実は夫婦)が訪ね、小美との間に女児林百家が生まれる。だが、小美は林家の金を盗み阿強と二人で失踪。小美を探す林は娘を背負って南下し、長江を渡った渓鎮という村に木工職人として住みつく。渓鎮の村民は土匪の襲撃に対抗して民兵団を結成するが、林ら多数が惨死し、村は荒廃する。林の遺体は林家の小作人によって北方の郷里へと運ばれる。阿強・小美も渓鎮に潜んでいたが厳冬の村祭りのさなかに凍死。林と小美の再会は果たされぬままに終わる。

正・補の2部構成。正は林から見た、補は阿強・小美から見た、同時代における2種の悲劇。だが再会できない2人さながらに物語はすれ違う。ここには司馬遼太郎『韃靼疾風録』に通ずるような、長江を挟んでの南北の異文化対立のメタファーがある。阿強・小美は京城(首都北京)を目指し北上するが南への思慕が抑えられず帰郷する。小美を求める林は離郷し南へ向かうが悲憤の死で遺体は北へ戻る。「落地生根」ではなく「落葉帰根」の宿命である。「文城」とは何か。それは「京城」の対語であり、権力覇道に対する文化王道ではないか。だが『水滸伝』のごとき土匪との陰惨な死闘の末に、所詮は幻想の「無何有の郷(むかうのさと<ユートピア>)」とわかる。

■建国以来、初めて生まれた中国民法典

本年2021年1月1日より中国で民法典が施行された。いま各地の書店ではこの民法典関連の赤い本が平積み、面陳されており、新刊ベストセラーに登場した。今回取り上げる『2021最新民法典及相関司法解釈滙編』は民法典の条文に最高人民法院の関連司法解釈を併載したものである。ほかにも条文のみの大活字本やポケット版、条文ごとの司法解釈や判例が併載されたものなど、さまざまな関連本が出版されている。

日本の民法は、明治29(1896)年に制定されて以来、部分的改定は施されてきたものの、120年もの間施行されて今日にいたる。それに対し、中国の民法典は中華人民共和国建国以来初めて施行された、総則・物権・契約・人格権・婚姻家庭・相続・権利侵害責任の7編構成で1260条からなる、現行の中国法のうち最大の法典である。中国では日常生活の百科全書、民事権利の宣言書とも称されている。

これまで民法規範となる関連法がなかったわけではなく、今回の民法典は民法通則・民法総則・物権法・担保法・契約法・権利侵害責任法・婚姻法・相続法・養子縁組法という旧来の関連個別9法を現状に合わせて修正し、新たな要素を取り入れて編集改定したものである。そこで今回は制定とは言わず編纂と称している。とはいえ新規の要素が全くないわけではない。その最も斬新な条項が第4編の人格権編の総計51条である。あらゆる人格権にかかわる全面的かつ詳細なもので、人格権というものを他国に先駆けて体系化して法制化してみせた先例として、歴史的意義は高い。

これほど重大な法典の施行にもかかわらず、日本では今に至るまでほとんど報道されていない。いくつかの新聞が新たに法文化された離婚のクーリングオフ期間の制定といった、話題性のある個別条項を取り上げたにすぎない。

日常生活にかかわる法の施行だから、政治性に欠け、ニュースバリューはないと見過ごされたためだろう。あるいは民法典が審議・可決された昨年の全人代において、同時に審議された香港の国家安全維持法のほうに関心が移ったことも考えられる。さらに、中国は社会主義体制下でのプロレタリアート独裁であるから、公法や国家政策やイデオロギーしか注目されないという、固定した国家イメージにもよるものと思われる。

だが、このたび民法典が編纂・施行された経緯を調べ、民法典の条文を虚心坦懐に吟味してみると、民法典の施行は静かで目立たないが、これからの中国社会の動向を見極めるうえで、深遠な意味を持つように思う。

民法典とは個人空間における私的権益を保障する法的体系である。この私権空間には、「公序良俗」や「公共利益」に反しない限り、公法や国家イデオロギーが優先して介入する余地がない。意外なことに、民法典の条文を総覧してみると、「社会主義」という用語が、立法の目的として明記された「民事主体の合法的な権利利益の保護,民事関係の調整,社会と経済の秩序の維持,中国的特色のある社会主義の発展への適応,社会主義核心的価値観の発揚のために,憲法に基づき本法を制定する。」(1、以下()内の数字は条文の順を示す。条文の引用に当たっては、小田美佐子・朱曄「中華人民共和国民法典」『立命館法学』390・391号、2020年の邦訳に依拠した)の条文以外は、第206条の1条しか見当たらない。

また、紛争解決の根拠を明記した条項には「民事紛争を処理するとき,法律に従わなければならない。法律に規定がない場合は,慣習を適用することができる。但し、公序良俗に反してはならない。」(10)とあり、旧法となる民法通則第6条にあった「国家政策」が削除され、国家政策やイデオロギーが根拠として明記されていないのである。中国の司法制度は三権分立が前提になってはいないとはいえ、民法典の法源の発想において、行政との間の境界線が明確に引かれている。

さらに、先述した人格権編は、民事主体が享有する、生命権、身体権、健康権、氏名権、肖像権、名誉権、栄誉権、プライバシー権等の権利から構成されている。生命権、身体権、健康権に関しては、献体は自由意思によること(1006)、臓器等の売買禁止(1007)、遺伝子等の研究時の遵守事項(1009)、セクハラ被害者の請求権等(1010)、肖像権では「情報技術の手段による偽造等の方式」(1019)、プライバシー権では「電話、ショートメッセージ、インスタントメッセンジャーツール、電子メール、ビラ等の方式によって他人の個人生活の安静を騒擾すること」など6種の行為をプライバシー侵害として禁じる(1033)ほか、6条にわたって個人情報保護に関する詳細な規範が明文化されている(1034-1039)。

これらの人格権保護の条項が新設される背景には、デジタルエコノミーの時代となって、個人情報が本人の同意なしに広範かつ綿密に収集され、ビッグデータ化され、クラウドコンピューティングやAI技術を使ってアルゴリズム処理され、商業・経済活動に利活用されている現状がある。高度通信情報化社会のなかで、人身の自由と人格の尊厳をどう維持・保護すればよいのか、今日的かつ先進的な制度設計がなされているのである。

中国共産党は13次5カ年計画の最大の成果として、絶対貧困層や貧困地区を撲滅し、「小康社会(ややゆとりのある社会)」の到来を実現したことを謳った。そして次なる14次5カ年計画の新段階での新たな目標課題として民生のいっそうの充実を掲げる。いまよく用いられる標語は「人民大衆の満足感・幸福感・安心感を満たしていく」というものである。「先富論」から「共同富裕」に向けて、福祉社会の実現へのステージに立ちつつある。

確かに経済発展により国民の財産は蓄積された。いっぽうで情報化とビッグデータの時代が到来し、人々の民主・法治・公平・正義・安全・環境への要求が高まり、権利保護への十分かつ有効な保障が求められている。その声に応えるのが民法典の施行であることは、全人代での民法典の審議にあたって全人代常務委員会副委員長王晨の名義で提出された「中華人民共和国民法典(草案)に関する説明」において明記されている。

日本人のあいだには「中国は法治ではなく人治の国」「上に政策あれば下に対策あり」という思い込みがある。だがそういった色眼鏡だけでいま中国社会で生起しつつある静かな変化を眺めていては、実情を正しく観察することはできない。

とりわけ民法典の人格権編は人権保障への一里塚としての法的後ろ盾となりうる。民法典の中身とその施行の意義を正しく理解することは、日本人の誤解に満ちた偏見を打破するうえで、有効な作用を及ぼすであろう。

■献身一筋 熱い農村ドラマ

北京での生活では、中国語学習のためになるべく努めてテレビを見るようにしている。おびただしい番組の中でもとりわけドラマは語学力だけでなく、基層社会の仕組みを知るうえで役に立つ。ドラマというとまず思い浮かぶのが日本の軍人を悪者に仕立てた抗日ドラマ。今年は中国共産党成立100年に当たるので、党にまつわる歴史ドラマも目に付く。

そのほかホームドラマや都市を舞台にしたトレンディードラマがある。日本と違って意外に多いのが、農村を舞台にした村民たちが登場するドラマである。そこでの主人公は、村に派遣された共産党の書記であることが多い。

書記というのは職場や自治体において、党の政策やイデオロギーを実行に移す任務を帯びている。市町村長や経営者よりも強大な権限と権力を持つ場合が多い。だからといって党の威光をかさに着て、職員や住民に頭ごなしに命令すればいいものではない。コミュニティーの実情を視察し、民情を踏まえて、人々の利害を調整し、禍根を残さないよう、地区の特性に応じた温情ある政策を実行しなければならない。かりに強引に政策を施行できたとしても、住民から書記に対する満足度の高い民意が得られなければ、上級幹部は人事査定においてそれ以上の出世を承認しないし、場合によっては降格や解任の憂き目に遭う。

党中央幹部だと人民との距離が遠くなるので、ドラマ性は薄く、偉人伝の風格を帯びる。ちょうど市町村の書記くらいが、民との間の体温が伝わりあう距離となる。住民同士の対立や、党と地区との板挟みとなることも多い。ドラマの主役にはまりやすいのである。日本の会社で言えば、課長クラスがそれに当たる。課長さんは、自分の能力は棚に上げてなにかといえば会社の不満を漏らす部下のご機嫌を取って職場の士気を上げようと腐心し、過大な要求を押し付けてくる部長や会社にたてつくこともできず、気苦労が絶えない。

本書、陳行甲『在峡江的転弯処:陳行甲人生筆記(長江湾曲部に立って――陳行甲の人生ノート)』の著者は、鎮長(村の区長相当)―県級の市長(村長以上市長以下に相当)―県委書記(村支部の書記)として勤務し、全国の優秀な県委員書記として党中央で表彰されたあと、45歳の時に公職を離れ、公益事業を立ち上げた。まさに連続農村ドラマの主人公にもってこいのような、立志伝中の人。その彼の自伝である。

党務に忠実で、人民の公僕として人民のために全身全霊を尽くすという熱情に全編が溢れて、読むこちらがやけどしそうなほどだ。冒頭の亡き母への愛と追慕、続く大学の同級生だった女性への求愛から結婚にいたる純情物語は、書記さんが何もそこまで熱弁しなくても……とたじろぐ。

そのあとの共青団(中国共産主義青年団)書記から、党員として実績を積み上げ、評価を勝ち得て、一歩一歩党内のランクを上っていくストーリーには、幾度もの挫折を経ながらも勤勉によって再起を図る求道者のごとき真実一路の誠実さが溢れている。貧しい山村の県委員書記の時代は、前任の幹部党員たちの党風の乱れにより民心が離れ、新任の彼のもとに「信訪(民衆からの苦情の投書)」「上訪(民衆からの直訴)」が絶えず、彼の一挙手一投足に目を光らせる前任者や足を引っ張る老幹部もいて、ノイローゼになってしまう。病気を克服し、清廉潔白な政治を貫き、貧困からの脱却を図り、民衆の信頼を取り戻すには、彼のような揺るぎのない使命感と、熱量豊かな自己アピールなしにはやり遂げられなかっただろう。

この紆余曲折に満ちた成功ドラマは、現代中国の党を中心とする政治風土を知る上でのよい素材でもある。いわば当世風「官場現形記」といったところ。

ただ、彼は単に信念と熱情だけの人ではない。そもそも湖北大学出身のエリートであるし、鎮長の時に休職して清華大学のMBAに入り、成績優秀でシカゴ大学に留学した。中国のエリートの大学卒業後の主な活躍の舞台は、ITや通信関連の先端技術に関する事業経営者となるか、党員として国家公務員となって位人臣を極めることである。彼の場合、特異なキャリア形成の途上にある。地方公務員として全国にその功績が表彰されたものの、後者の出世階段を上がる道を歩まなかったのである。県委員書記の任期満了を契機として、定年前に公務を辞して公益事業を立ち上げた。

公益事業の中身は、貧しい家庭の白血病児童の医療支援、貧困地区の教育事業、コロナ禍での医療活動支援などである。起業に当たっては、北京大学・清華大学のエリートたちとの共同事業で立ち上げ、本部を中国で最も豊かな深圳に置き、大手通信企業の創業者や、同じく有力企業経営者の同級生の支援を受けた。むろん公益への揺るぎのない信念と使命感なしにはできないことだが、それだけでは一時的なボランティア活動で終わってしまう。明晰な頭脳と、経営者としての統率力なしには事業として永続はしないのである。

中国のベストセラー(総合部門)

京東2021年3月ベストセラーリストより

1 文城

余華

ベストセラー作家渾身の大作。3月刊で早くもトップランク入り。

2 小狗銭銭

博多・舎費爾 ボード・シャフィール

ドイツの投資家による、8歳以上の子ども向け、お金がたまる人生の秘訣。

3 像巴菲特一様投資

芒叔、管鵬 マンシュ、ガンポン

漫画を通してゼロから学ぶ投資入門。

4 2021新高考数学真題全刷

朱昊鯤

数学の大学入学試験のための参考書。

5 2021最新民法典及相関司法解釈滙編

法律出版社法規中心

今年から施行された民法典の条文。最高人民法院の司法解釈付き。

6 劉擎西方現代思想講義

劉擎

ウェーバー、ニーチェら西洋近代の19人の思想家。その人と思想。

7 二級建造師2021教材二級注冊建築師

全国二級建造師執業資格考試命題研究中心編

資格試験のための教材と試験問題集。

8 絶非偶然

劉容他

22人の著者はいかにインターネット・ビジネスで成功したか。

9 在峡江的転弯処:陳行甲人生筆記

陳行甲

一党員が書記として名声を博し、公益事業を立ち上げるまでの奮闘記。

10 注冊会計師2021教材

中国注冊会計師協会

資格試験のための教材と試験問題集。