――このドキュメンタリー映画を作るきっかけを教えてください。
プロレスラーになってから10年間。プロレスをやりながら自分の映像制作会社を立ち上げたのが2015年。バイリンガル(英語と日本語の2カ国語)の映像が作れることを売りにSDGs関係や、地方自治体の海外向けのインバウンド誘致の仕事などをたくさん受けてきましたが、自主企画した映画は撮れておらず、また何か撮りたいと思っていました。
コロナ禍の2020年、英BBCから来日できないクルーの代わりに撮影する仕事を請け負う中で、ドキュメンタリーの撮り方や編集の仕方を教えてもらいました。その頃から自分も、有名人を撮るよりも社会課題を撮って、社会の役に立ちたいと思うようになりました。
自分の心に残る、そして誰も手がけたことのない、社会のムーブメントを生み出すようなドキュメンタリーのテーマはないか……プロデューサーの及川あゆ里氏と半年くらい探していたとき、彼女の友人のシングルマザーの話を聞いて「これが自分のミッション(使命)だ」と思いました。
――どんな話だったんですか。
女性は夫の浮気が原因で離婚したのですが、元夫が家のお金をすべて持って行ってしまい、さらに子どもが大病にかかったのに、女性はアルバイトしかできず、治療費が払えなくて困っているという話でした。
女性から相談を受けて、なぜ国や行政に助けを求めないのか、なぜ元夫に養育費の支払いを頼まないのか、なぜ闘わないのかと言いましたが、「大丈夫。しょうがない」と言うばかりなんです。おかしいな、この変なプライドは何なんだろうと思いました。
――映画でも、日本のシングルマザーの就業率は85%と先進国でも高いのに、半数以上が貧困ライン以下で暮らしていると指摘されていました。離婚後の男性が子どもの養育費をあまり払わないことや、政府のサポートが少ないことが問題意識にあったのでしょうか。
それもあったし、なぜ離婚した女性が自分から(支援を求めて)動かないのかも疑問でした。
海外だと自分で動くしかないし、離婚したら相談できる場所が分かりやすく示されています。どの行政の窓口に行けば(児童扶養手当や助成金が)毎週いくらもらえるか、情報が全部公開されていて、透明です。ホームページも分かりやすいし、YouTube動画もたくさんあります。海外からの視点でいえば当たり前のことなのに、それを女性に言うと、「大丈夫、自分で頑張る」と言うんです。
日本ではいま、母子家庭の約4人に1人しか養育費をもらっていないんです。残り3人は自力で頑張っている。海外だったら、たぶん逆に4人中3人が養育費をもらっていると思うんですよ。
「日本人の男性は最低」と言いたいわけではないんです。離婚後に養育費を払いたくない、逃げたい男は世界中どこにでもいます。ただ、(養育費を支払わせる)制度があるから逃げられない。制度がどのくらいしっかりできているかで変わります。オーストラリアは一応、制度がありますが、まだ中途半端で逃げられる場合もある。スウェーデンなどではもう一切、逃げられないですね。
シングルマザーの話でよく耳にしたのは、日本では助けを求めて役所に行っても窓口の人の気分次第で対応が変わり、サポートの内容も自治体によってバラバラで分かりにくいということです。オーストラリアならどこへ行っても法律とルールは同じです。国の指導やシステムもしっかり作った方がいいし、シングルマザーたちも「もう(元夫に)関わりたくないからお金はいらない」ではなく、ちゃんと養育費をもらってほしいです。
――撮影には大きな苦労があったそうですね。
最初に企画したのが2021年3月くらい。クランクインがその年の8月でした。
まずはシングルマザーがどこにいるか分かりませんでした。あまり会ったことがなかったし、特に日本では「自分はシングルマザーです」とか、あんまり言わないですね。
そこで、全国のシングルマザーのサポートグループにメールで連絡しました。日本語で書きましたが、返事をくれたのは1カ所だけ。一体誰なんだろうと思われたのかもしれません。返事をくれた唯一の団体が、作品に登場する一般社団法人「ハートフルファミリー」で、自身もシングルマザーで子育てをした理事の西田真弓さんが、撮影に協力してくれる女性たちを紹介してくれました。
――シングルマザーのお坊さんが複数登場するのが印象的でした。
シングルマザーのお坊さんの一人は、子ども食堂を運営しているお寺の人でした。偶然かもしれませんが、お寺はもともと社会の中で支援を提供する場で、シングルマザーたちも行くような、シェルターの役割を担ってきたからかもしれません。海外での教会のように。
実は、「子ども食堂」の制度はまったく知らなかったんです。だから、お寺に話を聞きに行って撮影しながら、何のイベントなんだろうと、分からなかった。海外には(食料品を配る)フードバンクや、ホームレスのためのスープキッチン、シェルターもありますが、子どもに特化したカフェテリアは聞いたことがなかったんです。
お坊さんの女性も、最初はシングルマザーである自分のことをあまり話してくれず、子ども食堂のことしか話してくれませんでした。やむなく子ども食堂の映像を使おうと決めて調べてみたら「おお!」と驚きました。(シングルマザーの貧困問題と)思いきりつながりがあったからです。
そこで東京に850カ所以上ある子ども食堂の半分くらいに、メールで取材を申し込みました。400カ所くらいには申し込みをしたと思います。絶対にあきらめないぞと思っていました。返事があったのは4カ所。うち3カ所は断りの返事で、1カ所、世田谷の子ども食堂だけが協力しますと言ってくれて、何でも撮影させてくれました。
作品には海外(外国人)の専門家がたくさん出てきますが、わざとではないんです。日本のシングルマザーのことを研究して英語と日本語の論文を出している専門家に何人も連絡を取りましたが、ほとんど無視されました。手伝ってくれる人がなかなか見つからないのが大変でした。
外国人にしかつくれない映画
この作品は、外国人にしか作れなかった映画だと思うんです。
英語と日本語の字幕が入るバイリンガルの映画だし、海外の視点が入っているからです。海外の声は絶対に入れたいと思いました。なぜなら日本の人は外国人が言うと、耳を傾けてくれます。
――「海外の視点」とは具体的にどういうことですか。
離婚後の子育てについて、基本的な考え方が日本と海外では違います。それは、両親(の責任)がフィフティー・フィフティーということ。
海外は共同親権が当たり前です。そこにも問題はいっぱいあるから共同親権の話に結びつけたくはないんですが、海外では、離婚しても実の父親であれば、特別な合意がなくても子どもは父親に会うべきだし、離れていても父親は子どもの世話をするべきだと考えます。子どもに、父親に会ってほしくないという女性もいますが、僕は反対です。もちろんDVの問題があれば別で、ケースバイケースですが、普通の父親だったら、です。
――映画の中で、2人の子どもを育てるシングルマザーの方が具体的に数字を挙げて語っていました。子どもが小さい頃は正社員になれず、パート収入が月に8~11万円で家賃6万円に加えて食費・光熱費がかかり、元夫から子ども2人分で7万円の養育費をもらっても「楽な暮らしはできない」と話します。
そのシーンは、最初は入っていなかったんです。2022年冬に親しい仲間を集めて上映会をしたとき、映画を見ているみんなを後ろから見て、自分で気づきました。この映画には「数字」が必要。それがないと、本当の問題は理解してもらえない、と。取材を一回断られたシングルマザーに頼み込んで、匿名を条件にインタビューを撮らせてもらいました。
――具体的な数字を入れるほかに気をつけた点はありますか。
「かわいそうな話」ばかりでは誰も興味を持ってくれません。女性たちががんばっている姿を入れようと思いました。シングルマザーの多くは離婚した女性ですが、未婚で母になった人や、日本にいる外国人のシングルマザーも取り上げて、いろんな形があることを示そうと思いました。
取材では、シングルマザーの人たちに対して、外国人の自分が「上から目線」にならないように気をつけました。自分はこう思う、とは言わずに、「こういうふうな意見を聞いたんだけど……」と間接的に言ったりしました。相手のその瞬間の感情や心情、特に子どもたちの自然な表情・笑顔を撮るよう気をつけました。
――映画では、戦後日本の家族や社会の変化についても触れています。
撮影をしながら、途中まで「はてな」がいっぱいありました。シングルマザーの問題とは何か、どう解決したらいいか。映画を作りながら、みんなに尋ねていたんです。日本の家族とは何か、どう変わったか、なぜ変わったか。おそらく日本人自身も知っているか「はてな」だと思うんです。
自分は外国人だからどうしても知りたくて、専門家の先生を探して聞きました。日本は(太平洋)戦争後に核家族化が進んで、家族の姿も考え方も、全部変わったという歴史を語ってくれました。そこはすごく大事だと思いました。
――取材や撮影を進める中で、日本社会についてどんなことに気づきましたか。
無関心が多いということです。自分も無関心でした。
シングルマザーであることを隠そうとする人も多いです。偽の結婚指輪をしている人にも会いました。理由を聞いたら、「(母子家庭だと分かると)子どもが学校でいじめられるから」と言うんです。
日本には「出る杭は打たれる」というメンタリティーがありますよね。たぶんその考えが深く根づいているのだと思います。日本に22年暮らしてきて、そういうことは昔からありました。
おかしいなと感じても、自分の国じゃないから、外国人の自分は受け入れて適応しないといけないと思ってきましたが、ドキュメンタリーを制作していて一番気づいたこと、そして皆さんに知ってほしいのは、皆さんが当たり前だと思っていること、仕方がないと思っていることは、もしかしたら違うかもしれない、ということです。
あとは、もし周りの人が苦しんでいると気づいたら、手を差し伸べてほしいですね。人のSOSに気づくのは、とても難しいことですけれど。
そして(シングルマザーの)お母さんだけじゃなくて、生活に苦しんでいる人に言いたいことは、手を差し伸べてくれている人の手を、取ってほしいということ。お母さんたちに言いたいのは、一人じゃないよ、ということです。人間はもともと「村」の社会で生きてきたんだから、誰かに頼ることはOKなんだよ、と言いたいです。
――日本で公開されてから、大きな反響があったそうですね。
皆さんの力がなかったら、一人では難しかったと思います。国内よりも海外の反応の方がすごくて、それがとても不思議だったんですけど、国内の反応も最近だいぶ良くなりました。映画館で上映中に泣いている人がいっぱいいて、それを見て自分も泣いちゃうぐらい、反応が良いです。
――多くの国際映画祭に出品していますが、海外の人からはどのような反響がありましたか。
みんな、日本がこういう国だと思わなかった、意外だったと言います。20年以上日本にいる自分も取材をするまで知らなかったことです。
それまでは「日本はお金持ち」「みんな中流か、それ以上」と思っていました。日本はG7の国で、アフリカを援助して、武器もどんどん買っているグローバルリーダー。でも貧困が隠れていたんです。みんな衝撃を受けていました。たとえば、あなたの目の前にいる人だって、もしかしたら実はすごく困窮しているかもしれない。
取材を受けてくれた支援団体「ハートフルファミリー」理事の西田さんがいつも言っています。「子育てを追えて振り返ってみたらシングルマザーの悩みは20年以上変わっていなかった。何かできることがあるはず!」と。だから日本にはNPOがたくさんあります。国がやってくれないから自分たちでやるしかない、と。
――次の作品について決めていますか。
決めています。「取り残された人々」の第2弾として、次は日本の子供たちの自殺問題を取り上げたいと思っています。
母子家庭のアパートの隣の人が、「子どもの声がうるさい」と壁を叩くという話を聞きました。子どもの声は本来、ハッピーなもののはずなのに、子どもに冷たい。日本では2022年は514人もの子どもが自殺したんです。またゼロからリサーチが始まるテーマですが、皆さんからどんな形でもいいので、ご協力を募り作りたいと思っています。