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ウクライナ女性がネイルサロンに通うわけ 心の支え・儀式・抵抗手段…消せぬ戦争の影

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ウクライナの首都キーウのネイルサロン「ククラ」で、ペディキュアをしてもらうViktoria Gulieva
ウクライナの首都キーウのネイルサロン「ククラ」で、ペディキュアをしてもらうViktoria Gulieva(手前)=2024年7月24日、Oksana Parafeniuk/©The New York Times

ウクライナの首都キーウのネイルサロン「ククラ(Kukla)」。身重の体をデニムのぴったりしたワンピースで包んだViktoria Gulieva(30歳。以下、ウクライナ人の名前は原文表記)は、赤みの強いピンク色のひじかけいすに腰を下ろしていた。

長い黒髪を後ろにしっかりと結い上げ、ひざには愛犬の白いポメラニアン。足の指にはハート形の突起があるセパレーター(訳注=足の指の間を広げて手入れをしやすくする補助具)をはめ、爪に淡いピンクのペディキュアをていねいに塗ってもらっていた。

「ネイルをするのは、私たちにとっては心の支えみたいなものだから」とGulievaはいう。自身も美容師だ。「何か、気分が盛り上がるようなことをしたい。ここで起きていることすべて、つまりは戦争のせいで、精神的にもう限界。でも、ネイルを塗ってもらえば、少なくとも自分の手を見て『きれい』っていえる」

ペディキュアをしてもらうため、客は足の指の間にセパレーターをはめる
ペディキュアをしてもらうため、客は足の指の間にセパレーターをはめる=2024年7月24日、キーウ、Oksana Parafeniuk/©The New York Times

母国の命運そのものがかかっているときにおしゃれに気を配るなんて、くだらないことのように見えるかもしれない。国中の都市へのロシアの爆撃がより激しくなり、東部戦線では敵が執拗(しつよう)に前進を重ねている。しかし、多くの女性にとって、おしゃれは日常生活に欠かせない「儀式」となっている。

外見を整えることは、この戦争によって自分たちが打ちのめされてはいないことをロシアに示す、ウクライナ側のささやかな抵抗手段になっているともいえる。

簡単なくつろぎの行為すら、難しいときがある。停電や空襲警報で、ネイルどころではないこともある。それでも、多くの女性たちは何とかしようとしている。

具体的な例をいくつかあげよう。無愛想な銀行の窓口係は、キラキラした渦巻きをあしらった淡い褐色のマニキュアをしていた。親切なウェートレスは、ワニ革のような青い爪だった。キーウ郊外の政府職員は、一日に最大で十数回もの葬儀を見届け、集団埋葬の墓を掘る作業の監督も手伝った。しかし、今でも、完璧なフレンチネイル(訳注=爪の先とほかの部分を塗りわけるデザイン)をしている。

ロシアが2022年2月に侵攻してから、ウクライナの女性たちはさまざまな事態に適応してきた。キーウでは、今もきらびやかなロングドレスを着ている人がいる。ただ、足元は実用的だ。多いのは、白いテニスシューズ。これなら、空襲警報が鳴ってもすばやく動ける。電気が来ない、つまり温かい水が出ないときは、長い髪を少し複雑なアップスタイルにまとめている。

前線を守るある女性兵士は、自分の「美の儀式」をインスタグラムに投稿している。赤みがかった長い茶色の髪をどう編むか。迷彩服姿で、ジェルマニキュア(訳注=樹脂を使うため、通常のマニキュアより乾燥が早く、はげにくい)をどうやって塗るか……。

仏化粧品大手ロレアルのウクライナ総支配人も最近、こうした「美の儀式」がいかに人々の士気を高めているかを説明し、それを「赤い口紅効果」と呼んだ。鉱山で働く男性たちが軍にとられたため、代わりにそこで働くようになった女性たちでさえ、赤く塗った長い爪をしていることがある。

「爪のおしゃれをやめられないのがこの国の女性たち」。冒頭で紹介したネイルサロン「ククラ」のマネジャーDonna Todorovaは、こう断言する。

ウクライナの女性は、爪をきれいに塗ることでは定評がある。それを仕上げるプロは、「ネイルマスター」とここでは呼ばれ、欧州中のサロンで引く手あまただ。その仕上がりは、退屈な単色塗りとは異なることが多い。どの爪もキャンバスのように扱われ、しばしば細密画のように細かく彩色されてきた。

キーウ近郊の美容院「プロフィ」で使われているネイルの色見本
キーウ近郊の美容院「プロフィ」で使われているネイルの色見本=2024年7月24日、ウクライナ・ブチャ、Oksana Parafeniuk/©The New York Times

ただし、ロシアの侵攻後はいささか変わった。多くの女性が、愛国的なシンボルで爪を飾るようになったからだ。国旗と同じ青と黄の二色塗り。国中の野原のいたるところに咲き誇るヒマワリ(訳注=国花)。それに、戦死者をしのぶ花として定められている赤いポピーが登場するようになった。

キーウにあるサロン「ミミ・ミス(Mimi Miss)」は、今でもインスタグラムにこんな広告を出している――「この店を選び、敵の死に投資しよう」。その呼びかけの横には、愛国的な青と黄のハートマークが躍る。

マニキュアは、死者の身元特定の手段にもなった。2024年7月にあったキーウへの攻撃でミサイルの破片にあたって亡くなった女性は、白い水玉模様が入ったピンクのマニキュアが決め手になって、ある診療所のスタッフであることが分かった、とこの犠牲者の娘は語る。

侵攻開始直後の2022年3月、キーウ近郊のブチャで自転車に乗っていた暖房施設の女性従業員がロシア兵に射殺された。特徴のあるマニキュアが身元特定に役立った。爪を赤く塗った指が4本。5本目の爪には、白地に銀色で縁どりした小さな紫のハートが描かれていた。

ロシア軍は当時、キーウに向かって進んでおり、ブチャで「プロフィ(Profi)」という美容院を占拠した。そこは、大きな交差点の近くで、最もひどい虐殺が繰り広げられた場所の一つになった。

2階の窓には狙撃手が陣取り、車やバスを撃った、とこの美容院の所有者Iryna Davydovych(54)は証言する。家族は近くにあった自宅の地下にまずとどまり、さらに母親とともに近所に逃げ場を求めた。その後、ウクライナ軍が侵略者を追い出した。

「ロシア軍は、破壊とともに大量のごみを残していった」とDavydovychは振り返る。

この美容院を占拠したロシア軍が残したゴミを写した画像
美容院「プロフィ」の所有者Iryna Davydovychのスマートフォンには、2022年にこの美容院を占拠したロシア軍が残したゴミを写した画像の数々が納まっている=2024年7月24日、ウクライナ・ブチャ、Oksana Parafeniuk/©The New York Times

その後片付けを夫とともにして、2022年4月の復活祭の前にかろうじて終えた。電気も通じるようになり、美容院は再開された。しかし、夫はウクライナ軍に加わり、今も前線にいる。

「ときには座り込んで泣くこともある」とDavydovychは心境を打ち明ける。「でも、朝が来たら起き上がって、口紅を塗る。きれいな格好で外に出て、花に水をあげる」

美容院「プロフィ」では今、15人が働いている。うち、ネイルマスターが4人。中でもTaniaの愛称があるTetiana Kravchenkoは売れっ子で、数週間先まで予約で埋まっている。

ある水曜日に店をのぞくと、Kravchenkoは客のNatalia Fomenkoの爪に蛍光性のある緑と黒のネイルを施していた。

「私たちは、Taniaのあとをつけ回している」とFomenkoはいたずらっぽく話す。夫と連れ立ってこの美容院にやってくる。「キーウに彼女が行くのなら、私たちもついて行く」といってこう付け加えた。「もし彼女が働かないなら、それは大惨事と同じ」

「私は、いつでもここにいるから」とKravchenkoは、作業をするために身をかがめながら愛想よく答えた。

爪の愛国的なシンボルは、今は減っている。戦争が3年目に入り、世間の雰囲気も変わっていることを反映しているのだろう。最も人気なのは素肌に近い色やフレンチネイルで、たまに明るいパステルカラーも加わる、とネイルマスターたちはいう。

Kravchenkoによると、「実用的なマニキュア」を選ぶ女性が増えている。「ナチュラルが新しいトレンド」といって、デザインを施さずマニキュアだけをした手を振ってみせた。

キーウ近郊のブチャにある美容院「プロフィ」の売れっ子ネイルマスター、Tetiana Kravchenko
キーウ近郊のブチャにある美容院「プロフィ」の売れっ子ネイルマスター、Tetiana Kravchenko=2024年7月24日、Oksana Parafeniuk/©The New York Times

一方で、違うトレンドを追い求める流れもある。冒頭で紹介したネイルサロン「ククラ」のネイルマスター(21)は、9年生(訳注=日本の中学3年生)でこの道に進むことを決めた。今は、繊細なチョウを何羽も爪に貼り付ける芸術的な作品を披露するのが好きだ。爪にピアスの輪を通すこともある。

この店に来るどの客にも、戦争にまつわる話がある。

爪の手入れを受けていたGulievaの家族はかつて、ドニプロ川(訳注=ロシアに源流があり、ベラルーシをへてウクライナを北から南に流れて黒海に注ぐ大河。キーウはその流域にある)の左岸で自分たちの美容院を営んでいた。

しかし、2022年3月にロケット弾で破壊された。眺めのよい窓は粉々に割れ、美肌用のハイドロピーリング器や眉などに入れ墨するアートメイク用の器具類の多くも破壊された、とGulievaは当時を思い起こす。

このため、母や弟妹とドイツに避難した。しかし、数カ月後には母の反対を押し切って1人で帰郷し、軍に入って前線で戦う夫の近くにいることにした。母と妹は、今もドイツの美容院で働いている。

停電やミサイル攻撃があると、ククラには客から予約のキャンセルが出たか問い合わせる電話が入ることがある。しかし、そんなことはめったにない。

ウクライナ全土で42人以上が死亡した2024年7月8日のミサイル攻撃では、犠牲者の多くがキーウに集中した。そのときは、ククラの関係者は近くの地下鉄の駅に避難した。

「空襲が終わると客足は戻り、ネイルの担当者は仕事を続けた」とマネジャーのTodorovaは話す。「私が知る限り、その日の予約をキャンセルした人なんて、1人もいなかった」(抄訳、敬称略)

(Kim Barker)©2024 The New York Times

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