中世からの街並みが美しい「花の都」イタリア・フィレンツェ。ファッション産業も盛んなこの街で年に2度、世界最大級の紳士服展示会ピッティ・ウオモが開かれる。ブルネロ・クチネリやヘルノといったイタリアの有力ブランドのほか、各国からブランドが参加し、世界中のファッション関係者が集う。
6月にあった2025年春夏シーズン向けの催しを訪れると、日本の縫製会社など4社が「Jクオリティー」として出展していた。普段は洋服の製造を請け負うことが多い企業が、自社製品を売る試みだ。
日本アパレル・ファッション産業協会のプロジェクトで、4度目の参加。来場者も出展者も春夏シーズンよりも多い秋冬シーズンが開かれた前回の1月には、12社が参加して香港の大手百貨店から数千万円の発注があった。
出展した和歌山市の丸和ニットは、自社で編み機を改造し、形崩れしにくく伸縮性のある特殊な生地を製造できるのが強み。辻雄策社長は「素材自体は既に高い評価を頂いている。9割が生地の売り上げで製品企画は7年ほど前から始めた」と話した。
青森県のサンラインは、ザ・ロウなど海外ブランドのスーツなどを製造してきた縫製工場。東京オフィスの高橋英樹ディレクターは「ステッチの仕上げの美しさや正確さで日本のブランドとも仕事をしています」。
いずれも実力や品質は折り紙付き。既に海外とも取引があるが、「自社ブランド」で世界に売り込む意図は何か。
経済産業省が一昨年にまとめた「ファッションの未来に関する報告書」によると、日本の生地の輸出額(2020年)は2279億円で、アパレルの輸出額全体の3割を占める。中国やドイツ、イタリア、インド、米国など他の主要国と比較すると突出して高い割合だ。
一方、利益率が高いとされる「衣料品」、つまり完成品の服の輸出額は546億円と低いレベルにとどまっている。
ハイブランドとの守秘義務契約で実績を明かせない企業も多い。Jクオリティーのアドバイザーを務めるユナイテッドアローズの栗野宏文上級顧問は「新聞では言えなくても営業で言いまくればいいのに、真面目だから言わない。西洋に対するコンプレックスもある。日本の工場が仕事をしなかったら困る大手ブランドが、ものすごく多いのに」と話す。
同様の思いを抱いているのが、元三越伊勢丹ホールディングス社長の大西洋氏だ。「地方でものづくりをしている人たちにとって、海外ブランドに認められて仕事をするのはうれしいでしょう。でも、本来の価値に見合うだけの条件になっているでしょうか」
昨年12月、羽田空港の第3ターミナルの出国エリアに、日本の衣料品や工芸品、雑貨を扱う店舗「ジャパン マスタリー コレクション(JMC)」がオープンした。生産者と海外をつなぐことがテーマ。百貨店時代から地方創生に取り組む大西氏が社長を務める羽田未来総合研究所が運営を担う。
高級感が漂う店内では、着物と融合したようなケープ(41万円)、岡山県内で製造した高級デニムパンツ(9万円)などが売られている。
大西氏は「単なるメイド・イン・ジャパンではなく、日本のラグジュアリーを売る」と息巻く。隣はディオール、斜め向かいにはフェラガモの店舗がある。「ああいう場所に出すことで、人々の意識も変わる」
そして、強調する。
「フランスやイタリアではファッション産業を国が支えてきた。日本は、単発ではやるが継続性に欠ける。国の理解と支援が、今以上に必要ではないか」
栗野氏は言う。「日本のアパレル会社は技術があって真面目。でも、裏方がいいと思っている人が多い。今は有力ブランドになった(スーツの)カルーゾもゼニアも、ベネトンだって最初は工場だった。日本には、可能性のある会社がいっぱいある」