東京駅八重洲口の「大丸東京店」。昨年10月、百貨店の常識をくつがえす売り場がオープンした。店頭には在庫が一切ない、「売らない店」だ。
売り場の名前は「明日見世(あすみせ)」。広さは約100平方メートルと、コンパクトだ。化粧品や衣料品などの20社ほどが出品。サステイナビリティー(持続可能性)にこだわる商品やブランドをずらりと並べ、「アンバサダー」と呼ぶ接客のプロたちが、それぞれのコンセプトを説明する。出品ブランドは3カ月ごとに入れ替える。
客は、気に入った商品があれば、スマホで売り場のQRコードを読み取り、各ブランドのサイトから購入する仕組み。40代以上の客からは「買っても、すぐに持ち帰れないの?」と言われることもあるが、若い客の評判は上々だ。
サステイナビリティーを前面に出し、百貨店の強みである接客力をいかすことで、若い人たちに来店してもらうきっかけに、という狙いがある。
それには、どんなブランドを置くかが重要だ。ミッションは大丸東京店を運営する大丸松坂屋百貨店DX推進部の下澤香南子さんが担っている。入社3年目、25歳のZ世代だ。
「Z世代に関心を持ってもらえる商品やブランドは何だろう?」
下澤さんは、インスタグラムなどにアンテナを張り、常に考えている。「候補として考えている衣料品や化粧品のブランドは、私のパソコンに400以上はストックされています」
狙いが定まると、ブランドを取り扱う会社に売り場のコンセプトを伝え、交渉を始める。ネット販売が当たり前のいま、百貨店に置いてもらうのがステータスではなくなり、交渉は容易ではない。
昨秋の売り場のスタートに向けて、下澤が狙いを定めたブランドの一つは、ネイルを中心に展開するブランド「ANDIZUMO(アンディズモ)」。
このマニキュアは、除光液を使わず、ぬるま湯につけるだけではがせるのが特徴。「マニキュアには有害な化学物質が含まれると指摘されがちでしたが、これは環境と肌に配慮するコンセプトが若い世代に支持されていて、出品をお願いしました」
下澤さんの狙いは当たり、オープン当初から話題を呼んだ。「明日見世」のプロジェクトリーダー、廣澤健太さんは「商品のコンセプトや作り手の思いに、いかに共感してもらうかが大事になる。売る側が変わることで、若い人にも足を運んでもらいたい」と話す。
試行錯誤は他にもある。
昨年3月には衣料品の「サブスクリプション(定額課金)」サービスを始めた。新事業「AnotherADdress(アナザーアドレス)」は、月額1万1880円で、国内外約50ブランドから毎月3着まで選んで着られる。今春には100以上のブランドに拡大する。
事業を始めるにあたっては、「衣料品を売ってもうける百貨店がサブスク事業をやるのは、自分たちの首を絞めるようなものだ」と社内外から批判もされた。料金も決して安いといえず、いまのところ利用者は40代の女性のビジネスパーソンが多いが、視線はその先にある。
アパレル業界では、大量生産・大量消費・大量廃棄が問題になってきた。モノを所有しないサブスクという選択肢を示すことで、若い世代を取り込もうとする。
事業を発案した責任者は、33歳の田端竜也さんだ。「百貨店がやらなかったような事業にも挑戦したい」と意気込む。
大丸や松坂屋の百貨店、パルコ、商業施設「ギンザシックス」を運営するJ.フロントリテイリングの好本達也社長は「百貨店は、Z世代を主なターゲットにしてこなかったが、今後はそうもいかない。社内の『若い力』をいかしていきたい」と話す。
食品メーカーも動き出した。
味の素は昨年4月、Z世代の価値観をつかむ商品・サービス開発をめざす「Z世代事業創造部」を設けた。メンバーは、社内の公募で集めた若手社員が中心だ。同社によると、Z世代に的を絞った部署は「食品業界では日本初ではないか」という。(畑中徹)