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男だけの経営会議、平均66歳の取締役会……Jフロント社長の反省と「若返り戦略」

令和の時代 日本の社長 更新日: 公開日:
好本達也氏
好本達也氏=畑中徹撮影

好本達也 J.フロントリテイリング株式会社社長 かつて「小売りの王様」といわれた百貨店は、いま苦境にあえいでいます。ネット通販の普及などで若い世代の百貨店離れが加速していたところにコロナ危機が直撃し、リアル店舗に過度に依存する従来のビジネスモデルの行き詰まりがあらわになりました。百貨店は、この難局をどう乗り越えていくのでしょうか? 大丸や松坂屋、パルコ、商業施設「GINZA SIX(ギンザシックス)」などの経営を率いるJ.フロントリテイリングの好本達也社長は、そのカギとしてグループの「若い力」を最大限生かすことを強調しています。東京・日本橋のJ.フロント本社を訪ね、話を聞きました。(畑中徹)

J.フロントリテイリングが昨年4月に発表した2021年2月期の連結決算は、最終損益が261億円の赤字(前の期は212億円の黒字)で、最終赤字は02年2月期以来19年ぶりのことだった。コロナ禍が直撃し、訪日外国人客の減少が響いた。昨年12月発表の2021年3~11月期の連結決算は、最終損益が36億円の黒字(前年同期は156億円の赤字)に転換し、足元は改善の兆しが見られる。ただ、予断は許さない。ネット通販の普及で若年層の百貨店離れは続き、コロナ禍で事業の前提が変わってしまった。「コロナ禍で、未曾有の危機に直面」「変化対応への遅れ、決断の遅れが企業存続への致命傷になりかねない」。J.フロントのホームページにある好本社長のトップメッセージには異例の言葉が並ぶ。J.フロントは、いち早く「脱・百貨店」を進め、ビジネス多角化を進めたことで、百貨店業界の「勝ち組」とも言われたが、コロナ後のニューノーマルを見据えた「次元の異なる変革」(好本社長)が求められている。

松坂屋名古屋店
松坂屋名古屋店(名古屋市中区)=大丸松坂屋百貨店提供

――J.フロントリテイリングは、いち早く「脱・百貨店」を掲げ、不動産事業など多角化を進めてきました。グループ全体のかじ取りを担う好本さんは、経営に「若い力」を生かすと強調しています。

2020年代半ばには、生産年齢人口のうち、いわゆる「ミレニアル世代」と「Z世代」の割合が過半数となり、大きな社会変化が起こると言う経営者もいます。これからは、若い人たちの意見、力を生かした経営が必要になります。

ただ、現実を見ると、社内の経営会議は男ばかりです。取締役会を見ると女性の方もおられますが、平均年齢は66歳なのです。私たちの世代が経営について語れるのは、せいぜい3年先や5年先のことかもしれないという危機感があります。

経営にダイバーシティー(多様性)が大事であると分かっていながら、これまで、若い人たちの意見を聞く場をなかなか設けてこなかった反省があります。もしかしたら、私自身、「経験不足だ」「まだ若い」ということを言ってしまったかもしれません。

大丸は約300年、松坂屋には約400年の歴史があり、創業当時の社是というものを「よりどころ」にして、現在も活動しているわけですが、「言うは易し、行うは難し」で、個人のレベルでそれが実践できているわけではない。

まして、若い人たちには経営に対して自分の意見を出せるような場も与えられませんでしたが、もはやそういう時代ではない。20年後、30年後のJ.フロントリテイリングを支える若い人たちに責任ある立場で働いてもらえるよう、できるだけ早く育てていきたいと考えています。

J.フロント傘下の「パルコ」は、顧客層は若いのですが、経営層は「上の世代」になってしまった感があります。やはり、そういう「上の世代」の経営層が、若い顧客のことを考えることには限界もある。グループ全体が「おじさんの企業」にならないようにしなくてはなりません。

渋谷パルコ
渋谷パルコ(東京都渋谷区)=大丸松坂屋百貨店提供

――「若い力」を生かすという観点で、実際に成果は出てきましたか?

昨年3月、衣料品の「サブスクリプション(定額課金)」サービスを新たに始めたのですが、この事業責任者は現在33歳の田端竜也君です。

「AnotherADdress(アナザーアドレス)」というサービスなのですが、月額1万1880円で、国内外約100ブランドから毎月3着まで選んで着られます。

百貨店がこれまで販売してきたファッションブランドを「レンタルする」というビジネスなので、自社の内部にわざわざ「別のライバルをつくる」ような要素があります。しかし、アパレル業界は、大量生産・大量消費・大量廃棄をどう解決していくかにもっと知恵を絞らなくてはならない。そこに、モノを所有しないサブスクという選択肢を示すことで、サステイナビリティー(持続可能性)に対する積極的な経営姿勢を示すことができます。

過去の常識をくつがえすようなサブスクビジネスが社内から出てきたわけですが、田端君のような若い人財が社内からどんどん出てきて、事業のアイデアがあちこちから出てくれば、私たちの企業としての存在感が頭一つ抜けるのではないかと思っています。

衣料品サブスクの「社内ベンチャー」事業の責任者を務める田端竜也氏
衣料品サブスクの「社内ベンチャー」事業の責任者を務める田端竜也氏=畑中徹撮影

――田端さんは33歳の若さで、一つの事業全体の責任を負っているわけですね。

私は常々、当社グループにおいては、「失敗を恐れず挑戦する」「自分で考えて行動する」という二つのことができないことが弱点だと思っていました。なぜなら、当社はトップダウンの経営改革が成功した体験があるので、「上」から仕事・役割が示されるのを待つ傾向があり、「失敗を恐れず挑戦」できた事例は、最近はあまりありませんでした。サブスクビジネスに挑戦してくれている田端君のように、新しい機会、挑戦の場を与え、失敗してもいいんだという風土に変えていきたいのです。

風土を変えるという意味においては、近年、当社グループでもメーカー出身者など外部の人財を積極的に採用するようにしています。

大丸心斎橋店
大丸心斎橋店(大阪市中央区)=大丸松坂屋百貨店提供

――百貨店といえば、人財は「自前主義」のイメージがありましたが、ここにきて外部からの登用が加速しているのですね。

グループ全体では、年間50~60人ほど採用しています。これは大きな変化です。これまでの百貨店は、外部人財をグループ内に入れることは、ほとんどやってこなかったのですが、私たちが懸命に力を入れている「デジタル分野」「不動産事業」が分かる人財は、もともと社内にはいません。

ここにきて、百貨店の経験で通用する仕事というのは限定的になってきて、なかなか厳しい局面に差しかかっています。少し前まで、経営に関する大事なことは百貨店に関することが多く、大丸松坂屋の百貨店出身者で決めてきましたが、いまは違います。外部出身者には、経営層にもかなり入ってもらっています。
グループ全体をまとめるJ.フロントリテイリングをかじ取りする社長の私自身、傘下にある大丸松坂屋百貨店社長時代とはまったく異なる能力を求められているわけです。

このように、当社もいま、ものすごい勢いで「中途採用」「キャリア採用」を進めていくなかで、ほかの企業の風土や文化が入ってきました。そこで、どんな企業が活力を持っているのか、よく把握できるようなりました。そういう人たちを見て分かったのは、若いときから新しい機会や挑戦の場を与えられて、数多くの試練を乗り越えてきた、ということです。

――その一方、百貨店の現場で「腕を磨いた」中高年からすると、自分のスキルが生かせる場が少なくなって、戸惑いを感じるかもしれません。

当社では、58歳の「役職定年」制度を導入しました。仮に65歳まで働いてもらうとして、役職定年以降は、あと7年間あるわけです。「百貨店で磨いた腕前」だけに恋々としていては難しいでしょう。その7年間の中で成果をあげたら、それをきちんと評価するというシステムをつくりたい。いまの時代、どの企業も「窓際族」を置いておくつもりは毛頭ないわけであって、活躍できる仕組みをつくることが重要です。

大丸東京店で昨年10月にスタートした新しい売り場「明日見世」
大丸東京店で昨年10月にスタートした新しい売り場「明日見世」。販売用の在庫を持たない体験型のスペースと位置づけている=大丸松坂屋百貨店提供

――外部人材の採用が増え、新卒社員の育て方にも変化が見られます。

従来、最初の3年か5年は、百貨店の現場で「下積み」ではないですが、「現場を覚えなさい」と言ってきましたが、そういう育て方をする時代ではなくなりました。かなり早い段階でそれぞれの人財の適性を見極めます。最初、現場に配属するやり方は続けていますが、半年間や1年間でその勤務を終える事例もあります。

百貨店はもともと、いわゆる「メンバーシップ採用」の代表選手のようでした。終身雇用を前提に総合職を採用し、配置転換しながら経験を積ませる日本型雇用です。職務を限定しないで「メンバー」として迎え入れ、職種や勤務地は「言われたらどこにでも行く」というスタイルです。

私の時代は4月に入社し6月に配属が決まったのですが、それがまさに自分の「一生を決める出来事」でした。

大丸心斎橋店(大阪市中央区)に勤務していたころの好本達也氏
大丸心斎橋店(大阪市中央区)に勤務していたころの好本達也氏=大丸松坂屋百貨店提供

どこに行けと言われるか分からない。「大阪・心斎橋店の食品だ」と言われたら、食品を扱うプロになる指導を受けるかもしれないし、あるいは、ずっと心斎橋勤務かもしれない。大阪拠点の大丸でしたから「東京店だ」と言われると「東京か」と複雑な気持ちもありましたし、「神戸店に行け」「婦人服に配属だぞ」と言われたら、それに従うわけです。もっと極端な事例としては、百貨店に入社したはずなのに(施設の内装などを手がける)「建装部」に配属されることもあった。

会社から言われる異動をそのまま受け入れてきたわけですが、いまの若い社員たちは「これがやりたい」という思いを持っている人が多い。その希望を聞きながら人事の循環を考えながら配置していきます。そういう多様なキャリアを描ける流れは、近年かなり加速したと思います。

人事のあり方もずいぶん変わってきました。これまでは、人事戦略だ、人財育成戦略だと言っても、要するに、大丸松坂屋百貨店の出身者だけでやっていた感がありました。いまはグループ全体の人事として、パルコがありクレジットカード会社もありますから、それらをすべて束ねていこうという考えに基づいています。もはや「百貨店人事」というような考え方では全然ダメです。

好本達也氏

――好本さんは、グループの若手社員たちから直接、アイデアを吸収されているそうですね。

昨年11月から、若い社員の計10人で構成するプロジェクトチーム「2030年ありたい姿プロジェクト」を社長直属でスタートさせました。

20代が3人、30代が4人、40代前半が3人です。持ち株会社であるJ.フロントリテイリングから3人、傘下の大丸松坂屋百貨店は4人、パルコから3人という内訳です。年配の経営層は誰ひとり参加していません。ミーティングにはこの10人と、私だけが参加します。

新規事業をつくって、どうやって稼ごうということではなく、2030年に「こういう企業になりたい」というテーマについて検討するチームです。社外のさまざまな人に直接会って話を聞くほか、社内の人の意見も聞いて回ってもらっています。社内の場合、できるだけユニークな人たち、歩んできたキャリアが普通じゃない人財に話を聞きに行ってほしいと要望しています。

当社の中期経営計画では、2030年にめざす企業像として「こころ豊かなライフスタイルをプロデュースし、地域と共生する個性的な街づくりを行う企業グループ」と設定しました。これを若手社員の目線で更新しながら次の中期経営計画の前提となる考え方を提案していきたい。若手の活用、そして世代交代は、私の責任だと考えています。