1. HOME
  2. World Now
  3. 太陽光発電所は生物多様性に貢献できる? 交錯する光と影、研究者と開発業者の言い分

太陽光発電所は生物多様性に貢献できる? 交錯する光と影、研究者と開発業者の言い分

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
米ミネソタ州ラムジーにある太陽光発電所のソーラーパネルの上にとまる小鳥
米ミネソタ州ラムジーにある太陽光発電所のソーラーパネルの上にとまる小鳥=2024年7月1日、Tim Gruber/©The New York Times

これは普通の太陽光発電所ではない。

草原にガラスのようなソーラーパネルが立ち、野の花々がそよ風に揺れる。紫、ピンク、黄、オレンジ、白の花が自生の草の間に咲き乱れる。

オオカバマダラというチョウが花から花へひらひらと舞う。トンボはヒューッと飛び交い、ハチがぶんぶんと羽音を立て、小鳥のオウゴンヒワのさえずりが響き渡る。

太陽光発電事業が全米各州で展開されるなか、このミネソタ州ラムジーの事業用地のような施設が注目を集めている。気候変動を食い止める方策を示しつつ、もう一つの生態系の危機に取り組んでいるからだ。もう一つの生態系の危機とは、主に動植物の生息地の喪失のために、生物多様性が地球全体で崩壊していくという危機である。

太陽光というクリーンエネルギーは気候変動に対する闘いで強力な武器になる。しかし、そのエネルギーを集める施設で、野生生物の生存と良好な生育に必要な土地を占拠する。米国では今後数十年間にわたって、太陽光発電所に数百万エーカー(訳注=1エーカーは約4047平方メートル。10エーカーで東京ドーム1個分弱)の土地を使うことになるだろう。

だから、土地の開発業者や運営業者、生物学者、環境保護論者らは連携して、革新的な戦略に取り組んでいる。

「私たちは気候変動と生物多様性の両方の課題に同時に取り組まねばならない」と米カリフォルニア大学デービス校の教授で、生態学の研究と戦略の立案に携わるレベッカ・ヘルナンデスは語る。

敷地内に在来植物を含む草花が生育している太陽光発電所
敷地内に在来植物を含む草花が生育している太陽光発電所=2024年7月1日、米ミネソタ州ラムジー、Tim Gruber/©The New York Times

昆虫は地上の生命の連鎖を支える重要な役割を果たしているが、不安になるほどのペースで生息数が減っている。太陽光発電所は、多様な在来植物を植え付けることで、昆虫の生息に必要な食料やすみかを与えることができる。

そうした植物は土地の浸食を減らし、土壌を豊かにし、気候温暖化につながる炭素を貯蔵してくれる。近隣の作物の受粉に役立つ昆虫を引きつけることもできる。

地域社会が大規模な太陽光発電所に対する警戒心を強めているなか、花粉媒介生物にやさしい太陽光発電所は、支出を節約し事業への同意を得るきっかけにもなり得るので、事業にも有益な可能性がある。開発業者たちはこの点に注目している。

しかし、受粉を媒介する生物に配慮すべきことは幅広く、どんな工夫が必要なのかについてほとんど共通認識がない。多くの場合、事業に関する規格がないままだ。大規模な事業の一部では、花粉媒介生物の生息地を用地内の小さな一角に限定している。このため、生態学的な価値は施設によって大きく異なる。

地域コミュニティーがこうした違いを理解できていない可能性もあるし、企業は宣伝のため誇張するかもしれない。こうしたことが、環境保護を装っているだけだという非難につながっている。

太陽光発電所に花粉媒介生物の生息地を設けることは「真剣に進められている取り組みだ」と非営利団体「ゼルセス無脊椎(せきつい)動物保護協会」常務理事のスコット・ブラックは指摘する。この団体は、太陽光発電所の認証制度をつくることで透明性を確保しようとしている。

「正しく生息地をつくるために一生懸命努力している人たちがいる一方で、ほとんど何もしていないのに『花粉媒介生物にやさしい』と宣伝する企業があるのは、不公平なことだ」とも語った。

花粉媒介生物は本当に来るのか

ミネソタ州ラムジーの草原にある太陽光発電所で最近のある朝、昆虫数の調査があった。

アルゴンヌ国立研究所(訳注=米エネルギー省の研究機関)の景観生態学者リー・ウォルストンは、18エーカー(約7万2800平方メートル)の土地に並ぶソーラーパネルの中から、自身の研究区画の一つを示すプラスチック製の旗を見つけた。2人の学生とともに、ひざよりも高く伸びた植物の中に立ち入り、地面の方に目をこらした。

米ミネソタ州ラムジーの太陽光発電所の敷地で、植物の種類を調べる研究者ら
米ミネソタ州ラムジーの太陽光発電所の敷地で、植物の種類を調べる研究者ら=2024年7月1日、Tim Gruber/©The New York Times

緑色を帯びた金属のように輝く1匹のハチを指さし、「コハナバチだ」とウォルストンは言った。学生の一人は「1匹のガと2匹のアブをつかまえた」と言い、もう一人が観察結果を記録した。

太陽光発電所内の花粉媒介生物の生息地について、ミネソタは先進的な州だった。ウォルストンはエネルギー省の助成金を2017年から受けながら、ミネソタを含む米中西部で研究を続けている。

「施設を造ったら、(虫は)来てくれるだろうか?」と調査で彼は自問する。適切な植物を育てさえすれば、答えは明らかにイエスだ。

2023年後半に公表された調査結果によると、ミネソタのほかの2カ所の太陽光発電所の試験地で、ウォルストンの研究チームは昆虫の数が過去5年間で3倍になったことを確認した。在来種のハチの数は20倍にも上った。

この成果は、地球全体で野生生物が減少し、この問題への対処が課題になる中で報告されたものだ。最も有名な昆虫の種のいくつかが危機に直面していて、米連邦政府は2024年中にオオカバマダラチョウを絶滅危惧種に指定するかどうかの決定を下す見込みだ。北米の鳥類は、1970年と比べると、ほぼ30%減少した。

それでも、このアノカ郡太陽光発電所では、おそらくタネや昆虫に引き寄せられたとみられる73種の鳥が、音を探知する機器で確認された。ソーラーパネルを支える構造物に巣をつくる鳥もある。

哺乳類もまた姿を見せている。ウォルストンは現場をあとにする前に、動物を感知する観測カメラの記録を確認した。とても大きな穴になった場所にすみついたキツネかアナグマがいるのではと期待したが、残念ながら記録はなかった(大型の野生動物が寄りつく場所に太陽光発電所をつくるのは少々問題がある。高価な設備に動物が近づくのを事業者が嫌うことなどが理由だが、こうした場所への設置も検討されている)。

この場所で草原の状態を保つことができたのは、ソーラーパネルが高い位置にあることによる。この電気事業のオーナーであり、開発と運営にあたるエンジー社で、小規模事業用地の工事と配備の責任者を務めるジョン・ガントナーによると、大草原地帯の環境再生に取り組む会社がエンジー社に対し、パネルの位置をより高くすることで在来種の種類を大幅に増やすことができ、生態系の多様性を高められると伝えてきたという。

鋼材と在来植物の種子の追加分に要する費用は「全体の事業コストから見ると、取るに足りないものだ」とガントナー。事業の全期間で考えると、花粉媒介生物にやさしい土地造成によって、草を刈り取る回数がはるかに少なくなり、総経費を節減できるとエンジー社は試算する。「数字を計算して比較すると、かなりの節約になる」とも語った。

しかし、ほかの多くの事業、特に大規模な再生可能エネルギー事業地では、ソーラーパネルを高い場所に設置するのを避けている。利ざやがカミソリのように薄いため、当座のコストが高くなることはリスクが高すぎる、あるいは利益を回収できないだろうとさえ感じると事業者は主張する。

このため、造成に携わる事業者の選択肢は限定されている。

太陽光発電所内の生物の生息環境の創造を専門とする会社を経営する野生生物研究者のピーター・バーテルセンは、「私が腰を落ち着けて再生可能エネルギー事業地の太陽光発電施設用に種を交ぜているとき、道具箱を見ると、さびたドライバーと粘着テープが入っているようなものだ」と例える。

そこで、バーテルセンは太陽光発電用地のうち、ソーラーパネルのない区画を探し回ることになる。そうした区画の広さはだいたい事業用地の10~20%だとし、彼はそこの環境に合う少なくとも40種類の在来植物を組み合わせて植える。

パネルの下には、バーテルセンたちは(欧州原産の)シロツメクサを好んで植える。

シロツメクサはマルハナバチのような自生の昆虫に蜜を提供する一方、養蜂のために域外から導入されたミツバチにとって、より良い蜜になると考えられている(ミツバチは植物を受粉させ、人間にとっておいしい食べ物を作るが、生態学者は一般的にミツバチを保護が必要な野生生物とは見ていない)。

米ミネソタ州ラムジーの太陽光発電所の敷地内にある花にとまるハチ
米ミネソタ州ラムジーの太陽光発電所の敷地内にある花にとまるハチ=2024年7月1日、Tim Gruber/©The New York Times

ソーラーパネルの下で植物の種類が多様であればあるほど環境にとって有益な状態になるが、「完全な状態を追求して、良いことがなされる状態を台無しにしてはいけない」とバーテルセンは忠告する。

生態系の価値を測る時、まず基本から考えるべきだと科学者たちは唱える。農作物の耕地をソーラーパネルとクローバーに入れ替えれば、たとえ自生種を組み合わせなくても、全体として見ると花粉媒介生物の利益になる。一方、とくにソーラーパネル設置のために樹木が伐採される場所では、どんなに多くの高品質の種を植え付けても、手つかずの生態系の価値に匹敵することはないだろう。

十分な植物がない!

カリフォルニア州サクラメント郊外で2020年ごろ、「花粉媒介生物にやさしい太陽光発電所」をうたう事業が進展していた。その施設は「野の花ソーラー」と呼ばれ、名称でも生態系の美しさを表現していた。「生物多様性を促進し、地域の作物生産量も増やす」とパンフレットには書かれていた。

大手石油・ガス企業が共同所有する太陽光発電事業者のライトソースBP社が開発にあたったが、事業の一面には最初から疑問が示されていた。総面積67エーカー(約27万1140平方メートル)のうち、花粉媒介生物のための多様な植生用地は送電線下の約1.5エーカー(約6070平方メートル)にとどまっていたからだ。

ソーラーパネルの下の至る所に、5種類の在来植物とそれより少量の地元のクローバーを植え付ける計画だとライトソースBP社は説明した。科学者によると、この植生は芝生よりもましなものではあるが、もっと多様な植物の組み合わせから得られる利益には遠く及ばない。その当時、ライトソースBP社はインサイド・クライメート・ニュースの記者の取材に対し、事業用地全体が花粉媒介生物にやさしいものになると自己弁護した。

ヘルナンデスはこの事業にもっと多くを期待していた。ただ、田園地帯の隣接地との境界に沿って200本以上の在来の樹木を植えるという約束には満足していた。植樹によって地域の景観がより魅力的になるだけでなく、野生生物の生息地をつなぐ回廊が形成されると見込んだからだ。

ところが2023年、ヘルナンデスがこのあたりを車で走ったところ、植樹された木はまったく見当たらなかったという。

2024年5月、ヘルナンデスは筆者を連れて「野の花ソーラー」を訪れた。郡当局に提出された計画書と事業の資料には200本を植樹すると明記されているが、該当する樹木はどこにも見つからなかった。

その代わりに、一帯は外来植物に覆われ、中には有害な黄色いアザミなどの雑草もはびこっていた。州当局が根絶しようとして多額の予算を費やしている草だ。私たちは肩の高さまで伸びて乾いた草の中を踏み分けて進んでから、数本の樹木の名残を地面に見つけた。

「樹木の数が足りていないし、管理もされていない」とヘルナンデスが指摘した。

その後、ライトソースBP社の代表者たちはインタビューや電子メールでの補足取材に対し、樹木は2020年秋ごろに植えられたが、干ばつのために生育しなかったと述べた。さらに、契約先の造園技師に「代替となる植林と複数年にわたる確固とした管理計画の作成」を指示したと説明したが、問題への対処が遅れた理由には言及しなかった。

ライトソースBP社で環境問題と行政との関係を担当するアリサ・エドワーズは、同社は生物多様性の取り組みで業界をリードする立場にあると表明。生物多様性を重んじる姿勢について「まさに弊社の気風であり、事業を開発、建設、運営する際に欠かせない構成要素として位置づけている」と述べた。

ライトソースBP社のフェイスブックは生物多様性への取り組みを定期的に紹介している。しかし、「花粉媒介生物を招き入れるために、発電パネルを高い位置に移すことはない」と明言した。

米国内の少なくとも15州には花粉媒介生物に関する採点カードがある。生態系にとって価値のある様々な活動にポイントを与えることで、環境保護がポーズだけで宣伝されることのないように防止するのが目的だ。州は認定を取ることを求めないが、多くの場合、花粉媒介生物にやさしい事業だと宣言するには、一定のポイントを獲得することが求められる。

しかし、採点カードは内容が不十分だとか、反対に厳しすぎるという批判を受けてきた。企業の言い分に頼りすぎて、概して監視機能が乏しいという一面がある。

その一方で、現場の状態を考慮すると実行が不可能な基準も設定されている、と開発業者は指摘する。いくつかの地方自治体が採点カードの使用の義務化を始めた際、「太陽光発電の開発を萎縮させてしまう」と反発する声が業界からあがった。

そこで、業界が設立した電力調査研究所とゼルセス協会が連携し、非政府団体による新しい認定制度が検討されている。しかし、太陽光発電産業のニーズと自然保護との妥協点を見いだそうとしているため、関係者による作業の進み方は遅々としたものだ。現行の草案は、事業用地内の造園地の15%で、花粉の媒介に役立つ種や自生の種を含む多様な植物を含めるよう求めている。

「私たちは生物多様性と花粉媒介生物を守りたい。その一方で、顧客に利用してもらう電力を最も効率的な方法で提供することが必要だ」と電力調査研究所の保全生物学者であるジェシカ・フォックスは話す。「(二つの課題の)妥協点を見つける作業に私たちは取り組んでいる」(抄訳、敬称略)

(Catrin Einhorn)©2024 The New York Times

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから