ニューヨーク・ファッションウィークで披露
燃える炎のような赤、噴きあがる水のような青……色鮮やかな模様が映えるドレスや着物をまとったモデルが、世界4大コレクションの一つ「ニューヨーク・ファッションウィーク(NYFW)」のランウェーを歩いた。
9月8日、ニューヨーク。メディアアーティストで京都大特定教授の土佐尚子さん(62)がデザインした服のファッションショーが開かれた。土佐さんが生み出した映像作品「サウンドオブ生け花」を、共同研究するセイコーエプソンのインクジェットプリンターを使った「デジタル捺染(なっせん)」技術で、絹などの生地に直接プリントしたものだ。
サウンドオブ生け花は、土佐さんが10年ほど前につくった。絵の具などの液体をスピーカーの上におき、音の振動を与えると跳びあがる。それを1秒間に2000コマのハイスピードカメラで撮影すると、色とりどりの液体が生き物のように動く映像が記録される。その動きに、生け花の型であるアシンメトリー(左右非対称)な美しさがあることを表現した。
NYFWに参加するのは、昨年9月と今年2月に続き3回目。エプソンと2021年から「アートをまとう」をコンセプトに共同研究を始め、翌年の京都大の創立125周年を記念したTシャツやネクタイをつくった。ネット販売し、学生がインスタグラムにもアップした。
それが世界4大コレクションなどでデザイナーを支援するカナダの会社「グローバルファッションコレクティブ(GFC)」の目にとまった。販売サイトに「ファッションウィークに出ませんか」とメッセージが届いた。「だまされているのかも」と怪しんだが、Zoomで話して安心すると、2023年9月のNYFWに出ることを決めた。
土佐さんについて、GFCの担当者は「ハイスピードカメラで瞬間を撮影した他にはないデザインが魅力だ」と評価する。ニューヨークで20年以上活動する現代アートキュレーターの斯波雅子さん(45)も「いま世界でアート&テクノロジーは注目されていて、そのパイオニアとして評価されている」。エプソンの香西晶子さん(39)は「パワフルでエネルギーにあふれる土佐さんに、新しい視点でファッションの世界を広げてもらっている」と喜ぶ。
CG、ビデオアート、そしてAIへ
常に「芸術と技術の融合」を意識してきた。デジタル技術を作品にとりいれるメディアアートの草分けだ。
福岡市で中学生のとき、スペインの画家ダリの「眠り」という絵に衝撃を受け、アーティストを志した。「意識の世界を描きたい」と大学でコンピューターグラフィックス(CG)を学んだ。
東京の制作会社に入り、CGづくりの仕事に昼夜追われながらも、ビデオアート作品に取り組んだ。画面の明るさによってシンセサイザーの音の高さが変わる前衛的な作品が高い評価を受けた。2011年にニューヨーク近代美術館(MoMA)に収蔵された作品だ。
1989年からは武蔵野美術大や専門学校の講師を務めながら、CGとアート作品づくりを続けていたが、大きな転機を迎える。「目に見えない意識を可視化したい」という考えから、人工知能(AI)研究へと軸足を移していった。
CGの赤ちゃんとやりとり
最初に取り組んだのが、1993年に完成した「ニューロベビー」だ。赤ちゃんのCGが、話しかけられる声の抑揚によって笑ったり泣いたりするもので、コンピューターで感情のやりとりをしようとする新しい着眼点が注目を集めた。
膨大なニューロン(神経細胞)が連結された巨大ネットワークである人間の脳を模したニューラルネットワークで、音声から「喜び」「怒り」「悲しみ」といった八つの感情を認識し、機嫌が良いときには「こんにちは」、悪いときは「バイバイ」などと返事をする。
1995年にATR知能映像通信研究所の研究員となり、ニューロベビーを進化させる。初期のものは言葉を理解できなかったが、展示会などではいつも来場者に話しかけられていた。だが、当時の技術ではリアルタイムの会話は極めて難しい。そこで、日本古来の連歌のように詩をやりとりする「インタラクティブ・ポエム」にたどり着いた。
コンピューターと合作
スクリーンに映るギリシャ神話の女神ミューズのCGに、谷川俊太郎の詩の一節を読み上げると、ミューズが内容にあった表情を浮かべて、同じ詩の別の一節を返す。詩の一節を人とミューズが交互に読み上げることで、新たな詩ができる、という仕組みだ。1997年に第1回ロレアル賞を受賞した。
インタラクティブ・ポエムを発展させたのが、吉本興業と共同研究した「インタラクティブ漫才」。人がボケると、その意味や話し方、感情などを認識して、「ほんまかいな」「あほちゃうか」などとCG漫才師がツッコミを入れる。
ニューロベビーで共同研究をしていた東京大で1999年に工学博士号を取得。2002年には米マサチューセッツ工科大(MIT)フェローに採用された。
アメリカのMITで「日本」を意識
米国だけでなく南米や欧州、アジアなど世界中から研究者が集まるMITでは、言語や文化が異なる人たちの間のコミュニケーションの重要性を痛感した。「優秀な変人がいっぱいいて、勝ち残るのは大変だった」。差別もあったが、多様性を受けいれる雰囲気もあり、「自分が日本人であることを意識した」。山水画や禅の世界、「わび・さび」の美意識、そんな日本文化をコンピューターで表現したいと思った。
そうして開発したのが「禅コンピューター」だ。山や川、木など山水画のアイコンを選んで配置し、できあがった山水画の中に入り込むことができる。川の絵に近づくと、流れの音が聞こえたり、川から魚が跳びはねたり。水や橋に関連する俳句や禅問答も出てくる。
2005年に京都大学術情報メディアセンターの特定教授に就任。同大情報環境機構の教授として研究を進め、俳句をつくる手助けをするコンピューター「ヒッチ俳句」を2007年に開発した。携帯電話で好きな単語を二つ入力すると、コンピューターが関連する言葉や季語をデータベースから選び、「や」「かな」「けり」などの切れ字を組み合わせて五七五の形に整える。
「頭で計算する」から「心で感じる」
そんなコンピューターを活用した作品を発表し続けていた土佐さんだが、ふと、「コンピューターという計算機ではできない世界がアートなのでは」と思った。「頭で計算するのではなく、心で感じるアートをつくりたい」
コンピューターを離れて自然界に目を向けると、美と驚きに満ちていた。そんなとき、MITの教授だったハロルド・エジャートンがハイスピードカメラで撮影した「ミルククラウン」を思い出した。牛乳を1滴落としたときにできる王冠のような形の画像だ。「肉眼では見えないが、確かに存在している美しさを表現したい」
そこから着想を得たのが、音でつくった生け花だった。絵の具などの液体に与える音は、心臓が鼓動するときの音などさまざまで、東京五輪の前には選手たちが叫ぶ一言で、コロナ禍には生まれたばかりの赤ちゃんの産声で、液体を跳びあがらせた。
サウンドオブ生け花に結実
サウンドオブ生け花は、シンガポールで2013年に開いた展覧会を皮切りに、ニューヨークのタイムズスクエアで放映されるなど、世界で高く評価される。
進化は続く。熱して溶けたガラスが重力でたれる様子が似ていることから、「サウンドオブ生け花・グラス」と名づけた。来年4月開幕の大阪・関西万博では、母胎の羊水の中をイメージした無重力状態で体験できる装置を展示する。今回のNYFWでは、「グラス」のデザインの服も、万博の展示スタッフが着るユニホームも披露した。
これからも、最先端技術と日本文化を融合させたアート作品で「生きる力」を世界に発信していく考えだ。