「まあ、最大のルールは『切らないこと』と言えるでしょう」。「オリガミUSA(OrigamiUSA)」会長のウェンディ・ザイクナーは言った。「紙は1枚。ノリは使わない」
オリガミUSAは、文字通り折り紙という芸術を広める教育活動をする非営利団体(NPO)だ。団体の歴史をたどると、1950年代、実質的な創設者の一人、リリアン・オッペンハイマーが世界中の折り紙制作者たちと連絡を取り始めたのが始まりだった。その中には、「モダン折り紙の父」と称賛されていた日本のアキラ・ヨシザワ(訳注=吉澤章、1911~2005年)もいた。彼らは、1枚の正方形の紙を折ってさまざまな形を作り出すが、お互いに折り方を説明する図表を送り合った。それから数十年が経って、オリガミUSAは約1700人の有料会員を有し、全米各地の90近い地域オリガミグループの活動を見守っている。
芸術としての折り紙は数千年前にさかのぼる。「オリガミは実際、ほとんど紙と同じくらい古い」とザイクナーは説明した。オリガミとは日本語で「紙を折る」という意味だ。さらに、薄くて折りたためる紙は紀元105年ごろ、中国で発明されたと考えられている。折り紙はツルやカエルのような形を作り出すことから始まるが、基本的な技術としては二つの折り方がある。「山折り」と「谷折り」で、それぞれ角を合わせる方法が異なる。その二つを覚えたら、創造的な作品ができるようになる。
波形に折ったり、ひだ状に折ったり、花弁折りしたりするのは、いろいろな形を創造する方法の一部に過ぎない。紙の一部を湿らせて折る「ウェットフォルディング」という彫刻的な技法もある。これは紙の繊維を弱めて形を作りやすくし、乾けば硬くなる。さらに進化した3Dプロジェクトになると、制作者は「Origamizer(オリガマイザー)」といったようなソフトで、さまざまなしわやひだを作り出せる。
数年前、NASA(米航空宇宙局)の技術者たちは、折り紙の技術を使って折り畳み式の望遠鏡と、遠い星からの光を防ぐ花形のシェードを作り上げた。「ロケットで何かを送りたければ、小さくまとめないといけない」とザイクナー。「オリガミに使うのと同じアルゴリズムが、このように使われているのだ」と言った。自動車の内部に畳み込んで収まっているエアバッグやポップアップ式のホームレスシェルターも同様だ。
折るものが素朴なツルであれ部品を組み込んだ複雑なモジュール構造であれ、鍵となるのは正確さだ。熱意も重要な鍵だ。「ほとんどの人が単純な作品か複雑な作品のいずれかに傾倒している」と話したのはマサチューセッツ工科大学(MIT)の講師で、同大オリガミクラブ「オリガMIT」の顧問をしているジェイソン・クーだ。クーと一緒に顧問を務めているエリック・ドメイン(訳注=1981年2月生まれ)はMITの最年少教授。ドメインは、授業で幾何学的に折るアルゴリズムを教えている。彼は2001年、20歳で異次元の形状の折り方に関する博士論文を書いた。
オリガMITの目標は、特定の効果を実現するのに最も効果的で洗練された手法にたどり着くことだ。「僕が望んでいるのは、結果が複雑であって、しかもそこにたどり着く過程をシンプルにすることだ」とクー。「その意味で、『アマデウス』(訳注=作曲家モーツァルトを描いた映画)に出てくるセリフの『ただ、ちょっと音符が多すぎる』を思い出す」と話した。
数学においては、結果を示すことが重要だ。このことは米国内の折り紙制作者が集うオリガMITの年次総会のような場で時々見ることができる。制作者たちは、新しい技術を学びながらMITキャンパスで終日すごす。また、こうしたことはオンラインでもでき、YouTubeの「ツルの作り方」といった簡便な動画のページビューは400万以上に達している。「自分の技術をみんなに見せることは、折り紙の最大の特徴の一つだ」とニューヨークの「Taro’s Origami Studio(タロー・オリガミスタジオ)」開設者のタロー・ヤグチは言った。
1950年代以前は、一定レベルの折り紙作品を作るのは、図表が標準化されていなかったこともあり、今よりずっと難しかった。ガイドブックは単に作品を紹介するだけのものが少なくなく、折り方の説明を示していなかった。その後、日本の吉澤と米国のサミュエル・ランドレットが国際的な作図基準の策定に尽力した。今日「ヨシザワ・ランドレット・システム」と呼ばれているものだ。
「体系化されるまでは本当にやっかいだった」とマサチューセッツ州ケンブリッジのコンピューターソフト開発者のジャニーヌ・モーズリー。彼女は名刺を折って立方体を作り、それを組み合わせてどんどん大きくしていくオリガミ「Menger sponge(メンガーのスポンジ)」など大型プロジェクトの制作で知られている。「メンガーのスポンジ」を作る際、彼女は正方形の紙を使わなかったため、オリガミ界にちょっとした波乱があった。「長方形の紙で折り始めたため、私の作品をいっさい評価しない人がいました」とモーズリーは当時を振り返った。
このことは別の問題につながった。すなわち、オリガミの大きな要素である創作素材だ。「私の作品は紙と私のコラボレーションだと思っている」。日本の折り紙アーティスト、コウシロウ・ハトリはメールにそう書いた。
しかも、正しい紙材(訳注=正方形など)を使わないと図表やアルゴリズムはたいして役にたたなくなってしまう。「それこそ初心者の多くが犯す間違いだ。彼らはサイトで最も美しい種類の紙を見つける」とニューヨークを拠点に活躍する紙の宝石デザイナーのジュエル・カワタキは言った。彼女は光沢のある布のような「千代紙」を使ってさまざまなデザインを作り出している。「初心者たちはYouTubeに載っている指導法に不満を持っている。間違った紙を使ってきたのだ」と彼女は話した。
しかしながら、良質の紙を使ったところで、良い作品ができるとは限らない。「私も一度、ハートを作るのに約10時間かかったことがある」とカワタキは言った。「私はその図表が理解できなかった。我慢強くなるしかない」と。
折り紙制作者といっても、その芸術に対するアプローチはさまざまだ。モーズリーは「私が心底好きなのは、オリガミアーティストといっても5歳から100歳まで幅広いということだ。しかも、折るのに年齢は関係ない。もっとも、関節炎で折れなくなる人も出てくるとは思うが」と笑いながら言った。
モーズリーは1950年代から60年代、まだ子どもだった頃から折り始めた。けれど折り紙用紙は入手困難(それに高かった)だった。「だから私は宿題に使う罫紙(けいし)とか白いタイプ用紙で折った」。「どんな紙でも手に入れたら、私はそれに折れ目を入れて、何ができるか考えてみた」。彼女は述懐した。
ニューヨークで暮らすアートセラピストのトシコ・コバヤシは、第2次世界大戦後の子どもの頃、折り紙をして東京で育った。折り紙には癒やしの効果があると信じている。「ちょうど戦争が終わった後で、何もなかった。私にとって、紙は手に入るおもちゃの一つだった」と彼女は言った。
ニューヨーク・マンハッタンで2002年に自ら設立した「オリガミセラピー協会」を通じて、彼女はさまざまな地域団体に折り紙を紹介する多忙な日々を送っている。マンハッタンのアンドリュー・ハイスケル・ブレイル&トーキングブック図書館でも、彼女は視覚障害者を対象に折り紙教室を常設している。
多くの人にとって、折り紙を習うことは心を静めることでもある。「折り紙は、私の不安をずいぶん和らげてくれました」。カワタキはそう言った。
技術や地域社会に関係なく、直接教わろうがサイトを見ながらであろうが、折り紙という形の芸術は人びとをとりこにさせる。「世界中のオリガミストが出会い、一緒に折る。お互いに話し合うことはできなくても、共に折ることはできる」とモーズリーは語った。(抄訳)
(Kathleen Massara)©2019 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから