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共同購入した宝くじが大当たり 億万長者が大量発生したベルギーの村に行ってみた

World Now 更新日: 公開日:
大当たりしたクリスさん(右)と、宝くじの共同購入を企画する雑貨店の店主夫婦=2024年6月25日、ベルギー・オルメン村、大牟田透撮影

「なぜ、宝くじを買う人がこんなにいるのだろうか」。東京・有楽町の宝くじ売り場の長い行列を目にするたび、不思議で仕方がなかった。

日本では公営競技と呼ばれる競馬や競輪、ボートレースといったギャンブルだったら、自分なりに研究して勝率を上げるのも不可能ではないかも知れない。だが、宝くじは運任せだ。

当たった人のその後にも関心があった。「あぶく銭は身につかない」などともいうし……。ただ、ごく少数とはいえ、宝くじではほぼ毎回高額当選者が出ている。ひとり、ふたりに体験談を聞いても、しょせん「一例」に過ぎない。高額当選者の全体像にはほど遠いだろう……。

そんな、もやもやした疑問を抱えていた2022年12月、思いがけないニュースがベルギーから飛び込んできた。数字選択式宝くじ「ユーロミリオンズ」で、人口3500人ほどの村で共同購入した165人が1等賞金約1億4290万ユーロ(当時の為替レートで約206億円)を当てたというのだ。ベルギーも日本同様、宝くじの賞金は非課税なので、単純計算では一人あたり約1億2500万円を手にしたことになる。

いきなり大勢の億万長者が誕生した村は、どうなってしまうのだろうか。その様子を知りたくて今年6月、現地を訪ねた。

小川が流れ、木々が茂って落ち着いた風情のオルメン村
小川が流れ、木々が茂って落ち着いた風情のオルメン村=2024年6月25日、ベルギー・オルメン村、大牟田透撮影

プールのある家が増えた

目指すオルメン村はブリュッセルから東に直線距離で約70キロ。首都の渋滞を抜け、アップダウンがほとんどない高速道路に乗ると1時間あまりで着いた。緑豊かな田園の地だった。

村とはいっても、行政区分ではアントワープ州バーレン市の一部となる。

この村出身の市議バート・ケニスさん(53)は「オランダ国境まで10キロ。元々は農村だったが、20世紀半ばまでは亜鉛や石炭の採掘が主産業に。その後はアントワープ市まで車で1時間かからないから、若い共稼ぎカップルのベッドタウンになった」と語る。30年ぐらい前までは閉鎖的だったが、若い人たちの流入で変わってきた。貧困や失業とはほぼ無縁の地区だ。

宝くじのプール買いで大当たりが出たベルギー・オルメン村の新聞販売店
宝くじの共同購入で大当たりが出たベルギーの雑貨店=2024年6月25日、ベルギー・オルメン村、大牟田透撮影

ケニスさんが大当たりを知ったのは抽せんの翌朝だった。自身は買っていなかったが、ニュースなどで知った友人らからお祝いメッセージが相次ぎ、昼までにはメディアも殺到して大騒ぎになった。妻は毎回共同購入していたのに、この時だけ出張で買い損ねたため、2週間ほど落ち込んでいた、と笑う。

「最初は心配していたんだ。落ち着いた気質の人が多い村なのに、ぜいたくを見せつける人が出てくるんじゃないか、嫉妬する人も出てきてギスギスするんじゃないか、と。でも、ほとんど変わっていない。大当たりを取った人を30人ぐらい知っているが、庭がきれいになってプールができた家が少し増えたぐらいだ」とケニスさんはいう。

孫のために引っ越し

とはいえ、人生が大きく好転した人もいた。

大当たりの抽せんがあった12月6日は、ベルギーでは子どもたちに贈り物が届く「聖ニコラの日」だ。「名字は内緒」と言いながら取材に応じたクリスさん(72)は翌朝7時、「聖ニコラは私たちに1億4289万7164ユーロという素晴らしい贈り物を残していった! ユーロミリオンズのジャックポット(1等大当たり)が当たったんだ!」と書かれたメールに目を疑った。差出人は宝くじの共同購入を企画している雑貨店主ビム・バンブロークホーフェンさん(54)。

見間違いでないか確かめたくて、同居している孫のアレクサンダーさん(29)を呼ぶと、彼は読むなり感極まって泣き出した。

クリスさんは娘夫婦の暮らしぶりが不安で生後間もなく引き取ったアレクサンダーさんと、低所得者向け公営住宅に住んでいる。アレクサンダーさんは自閉症。自分にもしものことがあったら、車を運転しない孫は買い物もできない、と心配だった。

それで共同購入に誘われるままに、「孫を助けられるかも。月に1回ぐらいなら」と参加してきた。「賭けなければ勝てない。共同購入なら(分け前は減っても)当せん確率が上がるから楽しい。一人でそんなに大金はいらないしね」とクリスさん。

宝くじの共同購入を企画する雑貨店に来店した女性客
宝くじの共同購入を企画する雑貨店に来店した女性客=2024年6月25日、ベルギー・オルメン村、大牟田透撮影

大当たりのおかげで、バーレン市の市街地に新築マンションを買うことができた。半径200メートルの範囲に駅やバス停、薬局など何でもそろっているという。「9月に引っ越すのを、アレクサンダーの方が楽しみにしている。少しずつでも自分の世界を広げていってくれたらと願っている。孫は『ONE PIECE』など日本の漫画・アニメが大好きなので、いつか日本にも連れて行きたい」と夢が広がる。

分かれて暮らしていた親子が1口ずつ買って当たった結果、一緒に住める家に引っ越していったケースも。ある通りに面した7軒のうち4軒が村外に越してしまった、とも聞いた。ベルギーには、強い持ち家願望を指す「おなかの中にれんがを持って生まれてくる」という表現があるぐらいで、大当たりを機に借家を引き払い、北海に近い高級住宅地や国外に家を買った人もいたようだ。

一方、イタリアの高級車マセラティを3台買った人もいた。クリスさんは「一度に乗れるのは1台だけだし、村ではそんなに飛ばせないのに」と手厳しかった。

「聖地」化し、客増える

大当たりした全員を知るバンブロークホーフェンさんを訪ねた。新聞販売所と称しているが、食料品や日用品も手広く扱う雑貨店の店主で、クリスさんを誘ったのも彼だ。宝くじののぼり旗がはためき、窓には2年前の大当たりを知らせる広告がでかでかと掲げられていた。

2022年12月の大当たりを大看板で宣伝するオルメン村の新聞販売店
2022年12月の大当たりを大看板で宣伝する雑貨店=2024年6月25日、ベルギー・オルメン村、大牟田透撮影

「共同購入を始めたのはユーロミリオンズがスタートしてから。より多くの固定客を確保し、楽しんでもらうためだ。しようと考える店は少なくないが、透明性の高いシステムを作り、100%の信頼がないと続けられない」という。

毎回では頻繁すぎると、共同購入を企画するのは1等賞金が1億ユーロ以上になったときに限っている。1口の金額は最初は50ユーロと考えたが、高いという人が多かったので15ユーロにした。数字選択は、各人がそれぞれ好きに選ぶと収拾がつかないため、コンピューター任せの「クイックピック」だ。大当たり以前の獲得賞金は、最高で1口約180ユーロ。一方で2.7ユーロ、つまり差し引き12.3ユーロの損という回もあったという。

実は「村で165人というのは正確じゃない」とバンブロークホーフェンさんが明かした。家族分を含め複数口買った人が何人かいたのと、高速道路から近いこともあって、購入者の約半数が村外からの参加者だったためだ。

大当たり以降、「聖地」にあやかろうと村外の参加者がさらに増えたので、最近ではトータル2000口を募っている。「大当たりの直後は大わらわだった。でも、初参加のときに住所、氏名、電話番号、メールアドレスをデータベースに登録してもらうので、2回目以降は時間はかからない」という。確かに客は次々に現れるのだが、有楽町とは違って、レジ前には数人の列ができるだけだった。

共同購入した宝くじが大当たりした雑貨店のプール買いの実施日は常連客が引きも切らない
宝くじが大当たりした雑貨店。共同購入の実施日は常連客が引きも切らない=2024年6月25日、ベルギー・オルメン村、大牟田透撮影

訪れた日はちょうど、ユーロミリオンズの抽せん日で、1等賞金は過去5番目に高い2億1388万ユーロ(約367億円)に達していた。クリスさんは5口も買うという。バンブロークホーフェンさんは、「私も買うのかって? メディアは必ず聞くけど、『どうでしょう?』と答えることにしているんだ」とけむに巻く。

店を訪れた客に、大当たりしたら、かなえたいことを尋ねてみた。「家の手入れ」「海外旅行」「もう、勤めを辞めたい」「子どもや孫にあげるかな」……。様々な夢が飛び出した。自転車で40分かけてやってきた人もいた。夢を語るとき、みな笑顔になるのが印象的だった。

1口買ってみた結果は

冒頭の疑問に戻ると、高額当せん者が村に何十人も集中して出ても、オルメン村の場合は目に見える悲劇や大きな変化は取材時点では起きていないようだった。

ベルギー国営宝くじの担当者として、大当たりした人たちの個別相談に乗ったアン・ランメンスさん(65)は「高額当せん者は通常1人だが、今回は夫婦で来た人たちも多く百数十人と面談した。3カ月ぐらいかかって、本当に大変だった。だが、公言するといろいろなトラブルに巻き込まれることもあるから、当面は黙っておいた方がいい』といったアドバイスを守った人が多かった」と振り返る。

気が大きくなって当せん金をどんどん使い始めると意外に早くなくなってしまうから、国営宝くじではプライベートバンク(富裕層向けに資産管理や金融サービスを提供する銀行)を紹介するのが通例だ。通常は1000万ユーロぐらいの資産(当せん金)が口座開設の条件のところ、銀行に掛け合って、その10分の1ほどの当せん金になった共同購入の人たちも使えるようにしたという。

せっかくオルメン村でユーロミリオンズの共同購入が開催されている日なのだからと、私も1口乗ってみた。

記者が2024年6月にベルギーの村で購入したユーロミリオンズのチケット
ベルギーで購入したユーロミリオンズの通常チケット。オルメン村の共同購入では、チケットの代わりに購入者名などが記された証明書が発行された=横関一浩撮影

ブリュッセルに戻った夜10時前、バンブロークホーフェンさんからメールが届く。2000口分計3万ユーロで買った数字一覧を載せたサイトのURLに添えて、「暑い一日の後、また熱い夜? 数字をチェックするときに汗が噴き出ることを願っています」とあった。

予想外の感覚に気づく。私が当たるということは、クリスさんや仕事を辞めたがっていたあの女性も当たるということなんだ。自分が当たることはほとんど想像できないのに、取材した人たちの喜ぶ姿は思い浮かび、口元がほころぶ。

共同購入には、一人で買うのとはまた違う、プラスアルファの楽しさがあるようだ。

翌朝9時過ぎ、今度は結果を知らせるメールが届いた。「今回の獲得賞金は2034.2ユーロ!!! 1口あたり1.02ユーロ。受け取りには店までチケットをお持ち下さい。今回の1等はポルトガルで出ました。とにかく運命……」とあった。差し引き約14ユーロの負け、しかも店を再訪できなかったから、15ユーロ全額が露と消えた。