もしもの話だが、あなたは水曜日の朝、近所のコンビニで買った宝くじ券を手に、前夜の抽選結果を調べてみる。当選確率は途方もなく低い。が、幸運の女神がほほ笑んだ。あなたは大当たりした――としよう。
突然の大金。しかしそれが、逆にあなたの人生を破壊してしまうかもしれない。当選した日から2、3日がその分かれ目となるだろう。
莫大(ばくだい)な金をどう使うか――それを考えただけでも楽しいに決まっている。もし「メガミリオンズ(Mega Millions、米国の数字選択式宝くじ)」の火曜夜の抽選で、1人だけ当たったとすれば、その人は、税引き前で、分割払いなら16億ドル(1ドル=112円換算で1792億円)、一括払いなら9億400万ドル(同約1012億5千万円)を受け取れることになる(訳注=10月23日夜の抽選で、実際に当選者がサウスカロライナ州で出た。ただ賞金額はもう少し低かったと後にメガミリオンズが修正した)。
ところが、である。大当たりしたあげくに無一文になったり、離婚したり、あるいは自殺までする、といったケースがたくさんある。特に当選者の名前が公表されると、賞金の一部を求める人がどっと押し寄せてくる。家族や友人といったごく親しい関係までぎくしゃくしがちになる。
当選後の数日間が重要だといったが、そこで当選したあなたにとって一番大切なことは、できるかぎり匿名性を確保しておくことだ。つまり人に知られれば知られるほどトラブルの元が増えるからだ。「慎重」こそがあなたの友だ。この言葉は、宝くじの当選者のための仕事をしてきた人が必ず口にする。
当選しても仕事はやめずに続けた方がいいだろう。すぐ派手な買い物はしない。親しい友にもできる限り当選の話をしない。当選者の生活状態にもよるが、以上のことは、トラスト(信託)その他の法人を通して当選金を受け取り、消費の仕方を抑えることで永続的に可能になるだろう。
まずは当選した宝くじを銀行の貸し金庫といった安全な場所に保管することだ。保管にあたっては、くじの裏に署名をし、表と裏面のコピーを取っておきたい。ほとんどの州では匿名で賞金を受け取ることができるが、例外もある(いくつかの州では、匿名にしたままでは賞金を受け取れない。ニューハンプシャー州では、州法で当選者に「氏名」「自宅の所在地(住んでいる町の名前)」「賞金額」の公表を義務付けているが、当選者が氏名の公表を拒否して、訴訟になった)。
それからすぐに、信頼できる法律事務所の信託財産専門の弁護士を探し出すことだ。とりわけ大富豪ファミリーの法律事務を日常業務にしている弁護士や法律事務所が望ましい。当選したあなたも、いまや大富豪なのだから。
そうした弁護士を紹介してもらえる友人や仕事上のコネがあれば、それで結構。なければ、あなたが考えている法律事務所が本当に信頼できる管財人として十分な経験と信用があるかどうか、その証拠をよく調べてみることだ。たとえば、その事務所は長い歴史があり、信託財産の管理に精通したシニアパートナー(代表社員)がいるかどうか、といったことだ。弁護士は税務会計と財産管理の準備を手伝ってくれる。あるいは、あなたは自分でそれぞれの専門家に連絡を取りながら準備したいと思うかもしれない。
いずれにせよ「何千万ドル、何億ドルといった財産を扱ってきた経験のあるメンバーで構成するチームが必要だ」と言うのはアンドリュー・ストルトマン。シカゴに拠点を置く弁護士で、これまでさまざまな投資詐欺に引っかかった宝くじ当選者のために代理人を務めてきた。
チームができたら、大きな方針をいくつか決める。すなわち、賞金を一括払いで受け取るか、それとも何十年にわたって毎年分割払いで受け取るか。当選者個人でなくトラストとして賞金を受け取るか、それともトラスト以外の法人として受け取るか。最も節税できる方法で賞金を受け取り、それを使うにはどうしたらいいか、といったことだ。
いくつかの州では、トラストか企業体を賞金の公式獲得者とすることで、当選者の匿名性を永遠に確保できる。たとえそれが可能な州に住んでいなくとも、あなたが目指すのはあくまで匿名性の確保にある。賞金の一部を求めて押し寄せる人々を避け、安心して賞金を受け取れる態勢が整うまでは、何としても匿名性を維持しなければならない。
デービッド・ウィルモットはワシントンを拠点にした弁護士。2009年に「パワーボール(Powerball、数字選択式の宝くじ)」で8千万ドル(同89億6千万円)の一括払い賞金を当てた男性の代理人を務めたことがある。その男性はコロンビア特別区に住む当時82歳の妻と死別した独身の男性で、同地の法律で有限責任会社(LLC)を通じて賞金を受け取ることができた。
最近、ウィルモットにインタビューしたが、彼の話によると、その男性が連絡してくると、彼らは最初のステップとしていくつかのことを実行した。そこには大当たりを隠しておきたいという男性側の意思を見直すことが含まれていた。それで、①男性の孫たちと将来の相続人たちの教育に向けたトラストをつくる②さまざまな医療費の支払い③慈善団体に寄付する④その他の専門アドバイザーを確保する、ことにした。
ウィルモットは、大当たりが万一漏れたら、男性の自宅に大勢が押し掛けてくるだろうと恐れた。そこで、ウィルモットは男性を一時的に地元ホテルの安全なスイートルームに移ってもらうことにした。
ウィルモットが新たに創設したLLCの代理人として正式に賞金を受け取るまで、男性は賞金目当てに近づく人たちから逃れて、ゆっくりと大当たりの恩恵に浴せた。男性に代わってウィルモットがLLCの対外的な顔としてすべての対応を担った。
「あらゆる不動産ブローカーから電話がかかってきた。すべての会計事務所からも電話があった。税金関連、慈善事業関連のあらゆる所からも、だ」とウィルモット。彼が受け取った種々の口説き文句が並んだ文書で22箱が一杯となった。それから9年が過ぎた現在でも、大当たりの男性あての寄付の要請や問い合わせがあるという。
賞金を受け取るには最終的に当選者の名前が公表されることになっている州がいくつかある。そうした州では、ビジネスや慈善に絡んだ問い合わせから当選者の身を守る手法を講じることがいっそう重要になる。大当たりした人が自分一人でやろうとすると、ものすごい重圧がかかる。特に住所がばれると大変だ。
良きアドバイスを得て、適切な法的、財政的決定を下し、さらに身内や友人たちと永続的な関係を育むことに気をつければ、幸運の女神がもたらした大金は間違いなくあなたの人生を実り豊かなものにする。
09年に「パワーボール」で大当たりした男性は今、90代になった。代理人のウィルモットによると、現在男性は税金の低い州に暮らし、そこで第2次世界大戦で一緒に戦った仲間数人のために家を買った。孫たちはトラストから毎月教育費を受け取っている。その金の出どころについては、秘密を守っている。男性が人生の大半を過ごしたワシントンにある乳幼児期の発育問題にかかわる慈善団体には、定期的に大口寄付が寄せられている、という。(抄訳)
(Neil Irwin)©2018 The New York Times
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