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「宝くじで一獲千金の夢」は娯楽か 格差社会がもたらすあだ花か 薄まる税金との違い

World Now 更新日: 公開日:
2024年のドリームジャンボは、能登半島地震被災地支援に収益の一部が充てられた
2024年のドリームジャンボは、能登半島地震被災地支援に収益の一部が充てられた=朝日新聞社

宝くじは民主的な社会ができる前からあった。人々の娯楽として定着する一方、為政者にとっては今に至るまで都合のいい集金策だ。格差の拡大、固定化が問題とされる現代にあって、宝くじはどんな存在になっているのだろうか。

宝くじは、賞金は低額でも当たりやすくするか、確率は低くても賞金を高額にすると売れる。

日本では法律で、賞金総額は発売総額の50%以下、1等最高額は1口の250万倍(キャリーオーバーのある場合は500万倍)以下と定められている。米国のパワーボールで出た1等最高額20億4000万ドルは、1口2ドルの10億2000万倍。欧州のユーロミリオンズも1等上限が1口の1億倍に設定されているのに比べ、日本はずっとお行儀がいい。

そのためか、日本の宝くじは売り上げが低迷し、収益金が分配される地方自治体には痛手になっている。

ただ、遅れて誕生したスポーツ振興くじは2023年度に過去最高の売り上げを記録した。法律は別だが、賞金総額の割合や1等最高額などの規定は宝くじに準じている。スポーツくじは現在、勝敗などを予想しギャンブル的な「toto」「Winner」系と、当せん判定に試合結果こそ使うものの数字の組み合わせは一方的にコンピューターが割り当て宝くじと変わらない「BIG」系に大別される。

「ロト6」の抽せん風景。抽せん機から出てきたボールの番号が読み上げられ、立会人が確認、挙手する
「ロト6」の抽せん風景。抽せん機から出てきたボールの番号が読み上げられ、立会人が確認、挙手する=東京都中央区、横関一浩撮影

主力は、1等当せんが出ないとその賞金が次回以降に繰り越される「キャリーオーバー」で、年末ジャンボを超える「1等賞金最高12億円」を売りにする「MEGA BIG」などのBIG系だ。

宝くじに及ぼしている影響がどの程度かは分からないが、宝くじファンの一部が、賞金がより高額で、ネット購入対応でも先行したBIGに流れても不思議ではない。

宝くじのジレンマは、人々の射幸心をあおって売りさえすればいいというものではないことだろう。

欧米では、ギャンブル依存症に言及し、相談窓口などを案内している宝くじ公式サイトが珍しくない。購入の頻度や金額に自分で制限を設けられるようにしているサイトもあった。日本は「ギャンブル依存症が疑われる人が諸外国より多いかも知れない」(国立病院機構久里浜医療センターの松下幸生院長)にもかかわらず、そうした明示的な注意や工夫が見られない。

本質的な問題はまだある。

宝くじは「一獲千金」に引かれる人間心理をくすぐり、税金のようには使い道を詳しく説明しなくても、お金を集めてきた。都合のいい「打ち出の小づち」だったわけだが、文化・芸術やスポーツ、地方振興、災害復興支援は税金だけでは足りず、宝くじの収益で補うという構図のままでよいのだろうか。

ベルギーのスクラッチくじ=横関一浩撮影

近代宝くじ発祥の地とされるベルギーではもっと幅広く、科学研究や持続可能な開発、貧困対策、学生の奨学金などにも使われている。さすがに防衛費などは見当たらなかったが、これだけ広範だと税金との違いはますます薄れる。ベルギー国営宝くじに長く勤めたアン・ランメンスさん(65)は「それは確かに言える。政権交代のたびに、ここにも分配すべきだ、あそこにも……と、使い道が広げられてきた結果だ」と説明する。

税金と区別ができないのだとすれば、その負担が宝くじを買う一部の人に偏ることの是非も問われるのではないか。

朝日新聞紙面にGLOBE「宝くじと人間」特集が掲載された2024年の「宝くじの日」、9月2日にはマニアの話題をさらった第1476回MEGA BIGの結果発表があった。12億円5口分に近い58億円ものキャリーオーバーがあったため、売値が1口300円なのに賞金の期待値(受け取れる額の平均)が300円を超える現象が起きていたからだ。

しかも、結果判定に使われるサッカーの指定試合12試合のうち、4試合が台風で中止になり、当せん確率が通常の256倍に跳ね上がったので、売り上げは過去最高の47億円超にも達した。

MEGA BIGのポスター=西尾能人撮影

結果、1等は269口も出た。2~6等も過去最多の口数が出た。ただし、賞金額は固定ではなく、賞金原資を口数で割ったものになるので、1等賞金は12億円にはほど遠い1口2480万円余に、2~6等は法定下限の300円。要するに、もうけることができたのは1等が当たった人だけという、何だかがっかりする結末だった。

この騒ぎの中では、「大学生投資家」と称する男性が「かき集めた7350万円で24万5000口を買って、1等を8口当て2等以下と合わせ2億2190万円の払い戻しを受けた」とSNSで公表し、注目された

大金を投じられた人はこの男性のようにそれなりの確率でもうけられたとみられる一方、小口の買いで1等が当たらなかった人は良くてチケット代が返ってきただけ、ほとんどの人は外れ分を損したはずだ。SNSには「庶民がこつこつと買って貯まったキャリーオーバー分を、金持ちがさらっていった」といった投稿が現れた。

さらに言えば、「胴元」だけはリスクゼロで、売り上げからその50%の賞金原資と経費等を除いた残りを手にした。「濡れ手に粟」といったところだ。お金を社会に役立てるには、寄付やクラウドファンディング、さらには企業投資といった手段もある。本来の目的より「一獲千金」に焦点を当ててお金を集める宝くじの手法に、釈然としない思いがぬぐえない。

年末ジャンボ宝くじの発売開始前、売り場近くには行列ができていた
年末ジャンボ宝くじの発売開始前、売り場近くには行列ができていた=2023年11月21日、東京・銀座、朝日新聞社

レジャーとしての宝くじには、当せんを夢見るワクワク感がある。親しい人とその夢を共有すると、さらに楽しさが増すことはベルギーで実感した。一方、東京の会場で8月、裕福には見えない外国人らしき男性が祈るように抽せんを見つめ、静かに立ち去るのも目撃した。その姿が心に焼き付いている。

「運がいいとか悪いとか……」と、さだまさしは歌った。「運」は社会につきものだ。それでも、そうだとしても、楽しむどころか格差社会の中で切羽詰まって「一獲千金」の夢に賭けざるを得ない人が大勢いるのだとすれば……。華やかなテレビCMを見るたびに考え込んでしまう。