世界最強のダーツの選手たちが2022年6月、米ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)に集まった。居並ぶ男子にまじって、まさに紅一点がいた。
英国のファロン・シャーロック(27)だ。このときは、(訳注=プロ選手が参戦するワールドシリーズの一つ)USダーツマスターズがMSGのシアター会場で2日間にわたって開かれた。
男子競技に出た女子がこれといった成功を収めることはほとんどなかった中で、シャーロックは例外だろう。ダーツの大きな大会で、男子をたびたび負かしているのだ。
20年の世界選手権で、世界ランキング77位のテッド・エベッツ(英国)を破ったのが最初だった。このときは、もっぱら「まぐれ」と思われた。
ところが、その4日後にランキング11位のメンスール・スルジョビッチ(セルビア出身)を下すと、評価は一変した。
「男の世界」で初めて女子があげたこの2勝は、ダーツが盛んな英国では旋風を巻き起こした。シャーロックと、トレードマークでもあるその黒縁眼鏡は、一夜にして知らぬ者がほとんどいなくなった。
「眼鏡をかけ、化粧をすれば、『あら、あの人だ』となってしまう」とシャーロックは笑う。「だから、今は出かけるときは、メイクもせず、髪をアップにする。それだと、ちょっと牛乳を買いにいくときなんか、見破られることはない」
有名になって嫌なこともできたのは、認めざるをえない。とくに、ソーシャルメディアの世界だ。
「いろんな話が出回り、すごくプレッシャーを受ける」と顔を曇らす。「ダーツを投げてもいないうちから、面白おかしくされてしまう。そんなことが好きな大勢の人と、顔をしかめる大勢の人とが半々ずついるみたい。それが唯一の嫌なこと」
それでも、活躍は続いた。21年秋には、(訳注=デンマークで開かれた)ノルディック・ダーツマスターズの準決勝でランキング5位のディミトリ・バンデンバーグ(ベルギー)を退け、女子として初めて男子ツアー大会で決勝に進んだ。
シャーロックが競技としてダーツを始めたのは、ティーンエージャーのときだった。最初のころは、主に女子の大会に出ていた。しかし、賞金の額は男子と比べてはるかに低かった。
例えば、20年の男子ワールドシリーズ。シャーロックは最初の方の組み合わせで2勝し、さほど勝ち進んでもいないのに2万5千ポンド(約3万2千ドル)を得た。同じ年の女子の世界選手権で優勝者が獲得した賞金額は、その半分にも満たなかった。
男子との対戦について、シャーロックはこう話す。
「競技の水準が少し高いので、優先して出場している。こちらの腕を問われるから。それに、男子の場合は最後は冗談を言い合って終わることができる。相手が、『女の子なんかに負けるか』って必死になってくれるのも面白い」
冒頭のニューヨークでのUSダーツマスターズには、世界の上位6人の選手ら(訳注=計16人)が参加した。シャーロックは初戦でレナード・ゲイツ(米国)に6-2で敗れた。
ゲイツは、この大会と連動したノース・アメリカン・ダーツ・チャンピオンシップも制して、22年12月に開かれる世界選手権への出場権を確保している。
USダーツマスターズでは、主催者は試合が行われるステージのすぐ下に観客用の長いテーブルを用意した。ダーツの世界選手権が開かれるロンドンのアレクサンドラ・パレスの雰囲気を部分的に再現し、ファンを存分に熱狂させるためだった。
観客の中には米国在住の英国人もいたが、来場した人の多くは英国と比べてはるかに層が薄い米国のダーツファンだった。それでも、世界のトップ選手のプレーに会場は大いにわいた。
観客はダーツの試合を見るときの英国の伝統に倣った。仮装し、歌い、多くがビールを手にした。選手は毎回3本のダーツを1本ずつ投げていくが、3投で可能な最高得点180が出ると、大騒ぎになった。
そんな欧州風の雰囲気に、米国ならではのサウンドが加わった。ゲイツを応援する「USA」の大合唱だ(ゲイツは準々決勝で敗退した)。
この大会の覇者はマイケル・スミス(英国)だった。世界チャンピオンに3回輝いたマイケル・バンガーウェン(オランダ)を8―4で下して栄光をつかんだ。
シャーロックに話を戻せば、彼女はステージに上がって戦う大きな試合でより本領を発揮することで知られている。
一方、小さな大会では数十人の選手に埋もれるように、最初から最後まで平場のフロアでプレーすることもある。
「変に思われるかもしれないけど」と断りながら、シャーロックはその違いをこう説明する。
「フロアだと、みんなが私の頭を後ろから見つめているようで、落ち着かない。でも、大きなステージに上がると、誰からも離れている気分になれる。みんなが見ているのは分かるけど、視線が食い入ってくる感じがしない。だから、よりリラックスできる」
いずれにせよ、シャーロックにとって観客は、試合の楽しさを味わうのに欠かせぬ存在だ。ロンドンでも、ニューヨークでも、そのことに変わりはない。
「見ているみんなと一緒にプレーしているようなもの。ともかく、みんなを熱くしたい。投げるのに一歩踏み出すときは、こんな気持ちになる。『さあ、みんなを熱くするぞ』って」(抄訳)
(Victor Mather)©2022 The New York Times
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