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IT大手セールスフォース創業者が提唱した「1-1-1モデル」 社会貢献を会社の核に 

World Now 更新日: 公開日:
サンフランシスコの街にそびえ立つセールスフォースのビル(右奥)。足元にはホームレスの人々の姿も=2024年6月、秋山訓子撮影
サンフランシスコの街にそびえ立つセールスフォースのビル(右奥)。足元にはホームレスの人々の姿も=2024年6月、秋山訓子撮影

米国サンフランシスコで創業したIT大手セールスフォースは、創業者マーク・ベニオフさんが社会貢献に熱心なことで知られる。「製品の1%、株式の1%、就業時間の1%を活用してコミュニティーに貢献する」という「1-1-1モデル」を提唱し、他者にも呼びかけてきた。その理念や実践とは。

米国西海岸の大都市、サンフランシスコに、ひときわ高くそびえ立つ61階建てのビルがある。ガラス張りの最上階からは街並みやサンフランシスコ湾、金門橋などが一望でき、最高の見晴らしだ。

この地で創業したIT企業大手セールスフォースの本社ビルだ。最上階は「オハナフロア」(オハナはハワイの言葉で「家族」)として地域のNPOなどに開放している。

「資金集めのイベントでよく利用されていて、これまでここを利用してさまざまなNPOが集めた資金の総額は1億800万ドル(約160億円)以上になる」と社会貢献担当シニアバイスプレジデントのベッキー・ファーガソンさんは語る。シカゴ、東京、ロンドン……。同社の世界9都市のオフィスの最上階はすべてこのような「オハナフロア」だ。

サンフランシスコ、セールスフォースのビル最上階の「オハナフロア」入り口=2024年6月、秋山訓子撮影
サンフランシスコ、セールスフォースのビル最上階の「オハナフロア」入り口=2024年6月、秋山訓子撮影

創業者のマーク・ベニオフさんは社会貢献に熱心なことで知られる。

1999年の創業時から「企業文化の中に社会の役に立つという信念を確実に根づかせたいと考えていた」(ベニオフさんの著書「トレイルブレイザー」)といい、「製品の1%、株式の1%、就業時間の1%を活用してコミュニティーに貢献する」という「1-1-1モデル」を提唱する。

「(善き行いと成功を)両立させることが必要」「善いことを行っている企業に市場が報いることや、社会的使命を持った企業のほうが成功しやすいことを示す証拠はいくつもある。テクノロジーをはじめとした競争の熾烈(しれつ)な業界では、優秀な人材を獲得できるかどうかが損益の分かれ目になりうる」(同書)と語る。

実際、社会貢献は同社への入社理由の第2位で、従業員が同社に留まる理由でも3位に入るという。

「私たちは創業時から新しいテクノロジーモデル、ビジネスモデル、そして社会貢献モデルによってイノベーティブな新しい企業をめざしてきた」とファーガソンさん。これまでにNPOなどに助成した総額は約7.08億ドル(約1054億円)、製品を無償や割引で提供してきたNPOは5万9000団体、従業員がボランティアをした時間は890万時間に上る。2024年度(昨年2月からの1年間)の助成額は3600万ドル(約53億円)だ。

ファーガソンさんは「社員たちはボランティアをすることでエネルギーを得て仕事にやりがいを感じ、本業にも役立つアイデアや経験を得られる」と話す。同社は1-1-1モデルを他社にも呼びかけ、今や1万8000社が参加している。

オハナフロアでは社員が自由に集まり、談笑していた=2024年6月、秋山訓子撮影
オハナフロアでは社員が自由に集まり、談笑していた=2024年6月、秋山訓子撮影

シリコンバレーには同社のような多くのIT企業があり、巨額の富を生み出している。ただ、「ベニオフさんのようなIT起業家は少数派。地域への社会貢献に熱心なのはむしろジーンズの世界的メーカーのリーバイ・ストラウスや金融機関のウェルズ・ファーゴなど、昔からある企業だ」と語るのはサンフランシスコ選出の州議会議員、フィル・ティンさんだ。「この街にはホームレスや貧困など多くの問題があるが、IT企業の多くはごく最近、社会貢献を始めたばかり。献金額もその生み出す額に比べて少ないのでは」

サンフランシスコ市選出のフィル・ティン州議会議員=2024年6月、秋山訓子撮影
サンフランシスコ市選出のフィル・ティン州議会議員=2024年6月、秋山訓子撮影

サンフランシスコではないが、IT企業経営者の社会貢献をめぐっては「自分のためにやっているのではないか」という批判もある。

例えば、テスラのCEOイーロン・マスクさんは自らの財団をつくって、自分の宇宙ロケットの発射基地があるテキサス州の街の施設整備などに寄付を行っている。米ニューヨーク・タイムズ紙などの報道によれば「自らのビジネスに関係する事業への寄付が多く、利己的で税控除を得るため」と批判されている。

一方、ベニオフさんは地域に貢献しているが、自分の商売への直接の見返りは求めていない。その一例がサンフランシスコ市の貧困対策だ。

同市の格差の拡大は深刻だ。2022年の年収中央値は約13万5000ドル(約2010万円)だった。だが、米政府の2023年の調査によると、同市を含むカリフォルニア州のホームレスの数は約18万人で全米一多い。2位のニューヨーク州の約1.7倍だ。

状況改善のために同市は2018年、市内の大企業に課税してホームレス向けの住宅やシェルターを造り、衛生や精神疾患対策などに充てようとした。この条例案は住民投票になり、激しい議論になった。

ベニオフさんは賛成を表明。テレビに出演し、賛成派の議員と街頭で条例案への支持を呼びかけもした。だがこのような経営者はごく少数で、多くの企業経営者やベンチャーキャピタリストは反対を表明。X(旧ツイッター)上では、旧ツイッター社の創業者であるジャック・ドーシーさんとベニオフさんが論争。反対派の論拠は「そのような政策を実施したら、サンフランシスコにホームレスが集まってしまう」というものだった。

結局、条例は61%の賛成を得て可決された 。

社会への貢献が大きくても、民間企業は利益を上げなければ存続できない。セールスフォースにも業績不振の時はあった。2023年には人員の10%を解雇し、上場企業であるがゆえに、「社会貢献をしている場合か」という株主からのプレッシャーもあったというが、社会貢献活動は続けたという。