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ずっと在宅、高まる「外とつながりたい」思い 探して見つけた「プロボノ」という道

World Now 更新日: 公開日:
自宅で本業とプロボノの両方の仕事をこなす桃原里沙さん
自宅で本業とプロボノの両方の仕事をこなす桃原里沙さん(本人提供)

水曜の午後7時。自宅でテレワークしていた会社の仕事に区切りをつけ、オンライン会議システムを立ち上げると、画面の先に会社とは別の「仕事仲間」が待っていた。メンバーの1人はアフリカのタンザニアからランチタイムを使って参加している。みんながそろうと、プロジェクトをめぐる議論が始まった。

IT企業でシステムエンジニアとして働く桃原里沙さん(27)が、会社以外の「仕事」を始めたのは昨年10月。東京都大田区が募集した「副業(複業、兼業を含む)」による町工場の課題解決プロジェクトに応募したのがきっかけだ。

毎週1時間の定例会議のほか、各自がリサーチなどをしてくる「宿題」もある。桃原さんは主に土日の5~10時間をこの仕事にかける。「いろいろ調べていくと興味がわいて、関係ない情報収集もしてしまう」と笑う。

東京都大田区の町工場を視察する桃原里沙さん
東京都大田区の町工場を視察する桃原里沙さん(右)=「ONE X」提供

入社2年目。会社員生活は、新型コロナウイルスの緊急事態宣言とともに始まった。入社式はなく、初日に会社にパソコンを取りに行ってから、ずっと自宅でテレワークをしている。上司と2回目に会ったのは、半年以上たってからだった。

朝、パソコンを立ち上げてメールチェックをした後は、打ち合わせなどを除き、黙々と自分の仕事を進める。気づけば一日中誰ともしゃべらずに終わる日もある。「自宅という箱の中に、私はずっといるのか」。刺激のない日々に気分は落ち込み、「外との関わりを持ちたい」と思うようになった。

社内で自分から積極的にコミュニケーションをとっていくと、複業をする先輩と出会った。「複業は単にお金を稼ぐことじゃない。自分のキャリア形成や自己実現をどのようにしていくかを考えるためのものだ」と言われた。「やってみたい」。そんなとき、SNSで大田区の募集が目に飛び込んだ。

プロジェクトの内容は、高齢化が進み廃業が相次ぐ町工場を持続していけるように、町工場の技術と大企業の新規事業とをマッチングさせる仕組み作りなどを検討すること。「地域に貢献できる」という点に最もひかれた。期間は2月まで5カ月間。月3万円の報酬も出る。ただ、桃原さんは無償で働くことにした。学生時代にNPOで働いたとき、社会人がプロボノ(専門性や経験をいかしたボランティア)をする姿を見て、「いつか自分も」と思っていたからだ。

参加メンバーは3人(事務局を除く)。業種も職種も様々で、会社にいるだけでは「出会わなかった人たち」だった。一緒に働いていて気がついた。「自分の会社の仕組みや働き方がすべてじゃない」。いろんな視点ややり方がある。本業でも、従来通りのやり方でいいのかと立ち止まって考えるようになった。

元々「農業を活性化させたい」という夢を抱いて、今の会社に入った。でも、それは必ずしも本業だけで目指さなくてもいい。「複業やプロボノもキャリアの一つになる。いろんな経験を増やしながら、実現につなげていきたい」。そう考えるようになった。

■予想以上の反響、担当者も「驚いた」

大田区は、町工場プロジェクトのほか、商店街の活性化でも副業者を募集。計6人という枠に、全国から延べ450人の応募があった。その多さに同区の荒井大悟産業調整担当課長は、「想定よりも桁が一つ多く、とても驚きました」と言う。

応募者は10代から60代まで幅広いが、目立ったのが若い現役世代だという。「大田区で生まれた。何か貢献したい」「いま住んでいる地元を良くしたい」。そんな志望動機が多数あった。荒井課長は言う。「時代の価値観が変わっている。本業で忙しく働いている人たちが、さらに地域のために時間をさきたいというモチベーション自体が、私にはジェネレーションギャップと感じるほど印象的でした。企業の中だけでは満たされず、能力をいかしきれていないというジレンマがあるのかもしれない」。人材不足が課題となる中、いま最前線で活躍する現役世代の知見をいかせるという利点もある。当初、3年計画を立てていたが、さらに他の分野にも広げて、副業者の募集を検討するという。

この事業が立ち上がるきっかけを作ったのも若い現役世代だ。大企業の若手・中堅社員らで作る団体「ONE X」が協働して実現にこぎつけた。社内外で既存事業の変革や新規事業に挑戦したい人たちを支援する活動などを2019年から続けている。共同代表の1人、濱本隆太さん(32)は、「社会課題を解決するのに、大企業でやったほうがいい場合と、個の集合体でやったほうがいい場合のどちらもある。アプローチは何でもいい。より早く、よりインパクトのある形で解決する方法を選ぶべきだ」と話す。

■「会社だけで通用する人になっていないか」

会社で経験を積み重ね、中核を担う立場になってから、社外での活動を始めた人もいる。

大手建設会社で働く山内優さん(43)は入社20年目。うち18年間、人事部で働いてきた。会社では実績を残すほど信頼され、信頼されるほど仕事も任された。自分で切り回しできることがおもしろいと感じるようにもなった。

だが、チームをまとめながら、危機感を抱くようになったという。「自分は新しい提案をどれだけできているのか。会社の中だけで通用する人材になっていないか」

外を知ることで新しい発想を得たい。そう思い、19年から社会人の社外活動を支援するNPO「二枚目の名刺」の活動に参加している。

オンラインで開かれたNPO「二枚目の名刺」の活動報告会の様子
オンラインで開かれたNPO「二枚目の名刺」の活動報告会の様子(同NPO提供)

この団体は、異なる分野で働く社会人と、様々なNPOをマッチング。社会人5人ほどでチームを組み、約3カ月間、各NPOと一緒になって課題解決に取り組む。

山内さんはこれまで、ダウン症の子どもがいる家族の支援に社会人メンバーとして参加。その後「二枚目の名刺」の運営メンバーとなり、同団体のファンドレイジングの企画や家族介護者のサポートをするNPOの業務分担表の整備などに取り組んできた。

山内さんはこう話す。「会社のプロジェクトはどうしても利益や結果が伴わないと始まらない。でも、NPOは『そこに課題があるから』と取り組む。それは会社では経験できない領域で、受け身ではなく、主体的に物事を動かす経験はすごいプラスになる」

バックグラウンドが異なる社会人との協働は、NPO側にも「変化」をもたらすようだ。今年1月まで山内さんのチームがサポートにあたった東京・小金井市のNPO「UPTREE(アップツリー)」代表の阿久津美栄子さんは、「いろんな課題を可視化してもらい、非常にありがたかった。外の風が入ることで内部が活性化された」と話す。

山内さんにも変化があった。当初、社外を「別物」と捉えていたが、社外と社内の行ったり来たりを繰り返しながら気づいた。実は会社の仕事も本質は同じなんじゃないか、と。会社で何かをするには、組織としてのハードルがある。でも「課題があったとき、『これをやりたい』と熱意を持って提案すれば、今まで突破できなかったことが突破できるところもある」。両方の経験がどちらにもいきてくると実感している。

■新潟と東京、ふたつの拠点

働く拠点を二つ持つ、という複業もある。新潟県妙高市に住む竹内義晴さん(51)は、週3日は地元で企業研修や講演などの仕事にあたり、残る2日はIT企業サイボウズ(本社・東京)の社員として働く。テレワークが中心だが、コロナ禍前は月1回、約300キロ離れた東京の同社オフィスに通っていた。

50世帯ほどが暮らす小さな集落と東京とを行き来する生活が始まったのは2017年。同社が「複(副)業採用を始める」という募集を目にしたのがきっかけだ。

サイボウズは、社員一人ひとりが自分の希望する働き方を実現できるようにと、12年から複(副)業を解禁。17年からは積極的に複業採用を打ち出した。同社によると、複業をするのに原則として申請義務もないため正確な数字は分からないものの、970人いる従業員の3割程度が複業をしているとみられるという。

新潟県を拠点にしてサイボウズでも複業をする竹内義晴さん
新潟県を拠点にしてサイボウズでも複業をする竹内義晴さん(本人提供)

二つの拠点を持ちながら働くメリットは何なのか。竹内さんは「ゆらぎ」にあるという。新潟にいる自分と東京にいる自分では、物事の捉え方も人間関係も使う言葉も変わり「良い意味でバランスが崩れる」。このゆらぎから、それまで考えもしなかったアイデアや気づきが生まれるという。

そうした経験をもとに、いま地元の妙高市で、企業が抱える人手不足の解消を目指し、首都圏の複業人材を呼び込む事業に取り組んでいる。

同社は、「働き方への満足度が上がれば、本人のモチベーションも上がる。社員がサイボウズでは得られない知見を持ち帰ってきてくれることで、サイボウズにもメリットがある」としている。