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「二枚目」、なぜ2? 信じられないものも「お宝」になった、伝説的二枚目の人気ぶり

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浮世絵「誠忠義士伝 そ 堀部安兵衛武康 八代目市川団十郎」(部分)=東京都立中央図書館特別文庫室所蔵

教えてくれたのは、歌舞伎評論家で、歌舞伎学会副会長の犬丸治さん(62)。語源は江戸時代から続く歌舞伎に由来するという。

犬丸さんによると、当時の歌舞伎役者は、中村座や市村座など、興行する「座」と1年ごとで契約を結んだ。各座は毎年、新メンバーが決まると、観客に番付を披露。ここに載る主要な役者8人を「八枚看板」と呼び、1枚目は主役、2枚目は美男、3枚目はこっけいな道化役、4枚目は…と8枚目まで役どころが決まっていた。このうち2枚目、3枚目の意味だけが残って、今でも使われているという。

ちなみに、「きんぴらごぼう」「市松模様」「ドロンする」なども歌舞伎に由来する言葉だという。

歌舞伎評論家の犬丸治さん

一般的に一座のトップである1枚目は、何があっても耐え忍び、事件の全てを解決する役だった。それに対して二枚目は、色恋で事件を起こしたり、思わぬロマンスでドラマを展開させたりしていく役割を担った。この両者が互いを補完し合う関係だったという。「歌舞伎は基本的に悲劇が多い。悲劇の中では、どうしても、むくつけき男だけではなく、悲しいロマンスやドラマのあやを作っていく、華やかでやわらかい美男が必要になってくる」と犬丸さんは話す。

ところが、その二枚目像も、時々の時代の価値観や道徳観を映すように微妙に変化することがあったという。最も象徴的なのが、江戸後期の文化文政期(1804~30年)。町人文化が栄えた一方、退廃的な雰囲気に包まれたこの時代に、悪人の二枚目「色悪」が登場した。女性を泣かせる極悪非道なアンチヒーローに観客は拍手喝采を送った。犬丸さんは、「既存の価値観が崩れ、単なる二枚目だけに収まらない役を時代が求めたのではないか」と見る。

時に主役以上の人気を集めた二枚目役者をめぐっては様々な逸話が残る。中でも、社会現象を巻き起こしたほどの「伝説的二枚目」が、江戸後期の8代目市川団十郎(1823~54)だ。団十郎が道ばたでたんを吐くと、それをファンが紙に包んで大切にし、芝居でかぶった水をとっくりに入れて売ると馬鹿売れしたというほどファンを熱狂させた。また、現在の市川海老蔵さんの祖父にあたる11代目市川団十郎が、まだ若い海老蔵だったとき、ファンは絶対にエビを食べなかったと言われるほど人気を博した。

8代目「市川団十郎」の浮世絵(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)

だが、かつての二枚目役者たちが本当に全員ハンサムだったかは「わからない」と犬丸さん。そもそも客席から舞台を見ていた観客が、どこまで容姿をはっきりと見ることができていたかは疑問が残るからだ。「ファンが見ていたのは芸の力で、実際より自分たちの中で美化しちゃっていたのかもしれません」。

人はなぜそこまで二枚目役者に熱狂したのか。犬丸さんは「夢を託せるから」と言う。二枚目役者は、集客の役回りのほか、歌舞伎の世界に新陳代謝を促す存在でもあったという。若く人気を集める二枚目役者も、年を取りながら成長していき、一枚目を目指す人もいる。ファンは同世代の二枚目を好きになりながら、一緒に年齢を重ねながら成長していく感覚になる。そして次世代の二枚目が登場し、新風を吹き込む。

「人が劇場に通うのは、そこが日常生活とは違う、何でも許されるハレの場だから」と犬丸さんは言う。自分たちにはできない美男美女のラブロマンスや大悲劇などを見て、涙を流し、リフレッシュして帰っていく。そんな「自分の願望を最大限かなえてくれるのが二枚目なんですよ」。