報告書によれば、労働新聞の社員は2000年時点で300人以上。百余人の記者、二十余人の特派員などのほか、カメラマン、校正担当者、編集者、印刷技術者などが働いている。紙面は通常、6面構成で、1面で最高指導者の活動を報じ、2~6面で政治や経済、社会、南北、国際の各ニュースを報じている。労働新聞トップの主筆は副首相クラスで、記者たちも食料の配給など福利厚生で恩恵を受けているという。
ただ、取材や執筆方針は、すべて労働党が指導するため、自由な取材は認められない。金光進氏は「党がその都度、最も重要と考える路線や方向性に合わせた記事しか書けない」と語る。1年で数回掲載される「政論」は特に重要で、金正恩総書記が直接チェックして、記事内容を修正する。
このため、公然と人権を侵害する記事が氾濫している。その一つが、労働新聞に定期的に掲載される、最高指導者の肖像画を巡る「美談」の記事だ。
北朝鮮は、最高指導者の肖像画について「命をかけて守らなければならない存在だ」と教える。金光進氏によれば、北朝鮮では、火災の際に肖像画を持ち出して死亡した学生の名前をつけた小学校が存在する。海難事故で沈没した船から肖像画を持ち出し、海水にぬれないように包装したうえで胴体に巻き付け、自らは死んだ人には英雄の称号が贈られたという。金氏は「北朝鮮では、一般の人が生きる権利など重要ではないのだ」と語る。
北朝鮮メディアは5月、金正恩氏の肖像画が祖父の金日成主席や父の金正日総書記の肖像画と並んで掲示されている写真を公開した。金光進氏は「北朝鮮は、金正恩が今年1月に40歳になったのを契機に、新しい偶像化の段階に進もうとしている。これから、公共の施設や各家庭にも、3人の肖像画が掲示されるだろう」と語る。
同氏によれば、北朝鮮では全世帯に戸別配達できる交通網も資源もないため、主に各企業所や官公庁などに配られる。こうした組織に属していない市民のために、地下鉄やバス停などに、木の枠とガラスで作った掲示板に労働新聞を入れて回覧する。
それでも、党や軍の幹部にだけは、「紙質が段違いに良い」(同氏)労働新聞が戸別配達されるという。市民は毎朝、20分前後、労働新聞を読み、学習する。インターネットが発達していなかった時代でも、北朝鮮の在外公館には、外交公囊(外交封印袋)に入れられた労働新聞が配られていたという。
一方、事件や事故など、人々が関心を持つニュースはほとんど掲載されない。金光進氏は「最高指導者や体制に不利になるものは、一般市民には知らせない」と語る。
北朝鮮にも過去の一時期、風刺漫画を載せる習慣があったが、1950年代が終わるまでには姿を消した。ただ、金氏によれば、労働新聞は15年ほど前、平壌で高級アパートが崩壊した事故を報道した。台風などの自然災害についても報道している。金氏は「事態を収拾するためには、突撃隊(公共施設などの建設部隊)を被災地に送る必要がある。住民を納得させるための方便として報道している」と指摘する。
読んでもつまらない労働新聞を長く保管する人は少ない。1面に最高指導者の肖像画が掲載されている場合、当局は破損を恐れて新聞紙を回収する。そうでない場合は、専門の買い取り業者に売るか、家の壁紙にする場合が多いという。
最高指導者の業績や歴史を学習するため、図書館や大学などは労働新聞を保管している。ただ、ごくまれに、過去の新聞が回収され、新たなものに差し替えられるケースがある。2014年12月に処刑された張成沢(チャンソンテク)国防副委員長のように、粛清された人物をそのまま掲載しておくわけにはいかないからだ。最高指導者と一緒の写真が残っていれば、指導者の権威に致命傷になりかねない。
金光進氏は「金正恩体制が続く限り、労働新聞も生き残る。体制が崩壊した瞬間、労働新聞も消えてなくなるだろう」と語った。