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日本の消費活動によるPM2.5の影響、「4万人超が平均寿命より早く死亡」専門家が推計

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大気汚染が悪化しているインドの首都ニューデリー中心部で、オートリキシャが通行する先にかすんで見えるインド門=2023年11月、朝日新聞社
大気汚染が悪化しているインドの首都ニューデリー中心部=2023年11月、朝日新聞社

国立環境研究所の南斉規介・資源循環領域長
国立環境研究所の南斉規介・資源循環領域長=本人提供

2021年に発表した論文では、EUを除くG20の国々が消費する製品やサービスについて、国内外の製造工場や火力発電所などから生じるPM2.5による健康被害の影響を分析。経済システムモデル、大気質モデルと人口データなどを組みあわせて、呼吸器の疾患や脳卒中など五つの疾患による早期死亡者を計算しました。

その結果、日本の消費活動によって国内外で生じたPM2.5によって、2010年には4万2000人が各国の平均寿命より早く死亡したと推計されました。うち74パーセントが途上国を中心とした国外で生じることから、私たちの普段の消費は他国の誰かの犠牲の上に成り立っていると理解することができます。

貿易を通じて対価を支払っているじゃないか、という意見もあるかもしれません。しかし、不十分な対策で生じた健康被害がコストに換算され、製品価格に上乗せされているわけではありません。理想的には健康被害のコストが製品価格に正しく組み込まれ、消費者が相応に負担すべきですが、被害をどう計算、換算すれば合意できるかといった課題があり、遅々として進まないのが現状です。

二酸化炭素などの温室効果ガスと異なり、PM2.5は大気中で雨や雲に取り込まれて除去されたり、土壌や海面へ沈着したりするため、大気中での寿命は1週間ほどと短命です。

中国などの近隣国から汚染物質が日本へ飛来する「越境汚染」はありますが、私たちの消費に起因してインドやアフリカなどの遠い海外の工場で発生した汚染物質が日本に物理的に影響を与えることは少ない。そのため、私たち消費と遠い海外で生じる深刻な汚染との結びつきを意識しづらいのが実情です。

研究によってこの関係を可視化することで、モノの消費した国、モノを生産して大気汚染を発生させた国、その被害や影響を受ける国が、協働して課題に取り組む道理と責任を示すことができると思います。

PM2.5の健康影響は、高齢者や子ども、特に5歳未満の乳幼児は大きく受けることがわかっています。しかし、個人でできる暴露対策はマスクくらいで限界があり、広範な大気汚染から逃げようがありません。

PM2.5の発生自体を抑えることが決定的に大事で、経済的にも技術的にも、多くの国がグローバルな問題として対処することが求められます。

黄砂の影響で、深刻な大気汚染が起きた北京市内=2021年3月、朝日新聞社
黄砂の影響で、深刻な大気汚染が起きた北京市内=2021年3月、朝日新聞社

国連は、人類が直面している地球規模の三大危機として「気候変動」「生物多様性の損失」「汚染」、特に大気汚染を掲げています。しかし、ほか二つと比べ、先進国において大気汚染への注目度は低く、対策資金も桁違いに少ないのが現状です。

背景には、国際的な枠組みの不在と、動機の問題が挙げられるでしょう。気候変動は発展の途上に関係なくすべての国に影響する問題です。生物多様性の損失は比較的新しく注目された課題です。両者には国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)、国連生物多様性条約(CBD)と、国連の下で200近い国々が批准する国際条約が既に存在します。

一方でPM2.5は、世界保健機関(WHO)が最終的な達成目標として「年平均濃度1立方メートルあたり5マイクログラム以下」を提示していますが、日本の環境基準は年平均で15マイクログラム、米国は同9マイクログラムなど、各国の基準はバラバラで、基準がない国もある。

国際条約として、1979年に長距離越境大気汚染条約が締結されましたが、欧米を中心とした加盟国に留まっており、国際社会全体として合意した排出削減の数値目標もありません。

こうした事情から、深刻な大気汚染は既に克服した先進国には、気候変動や生物多様性と比べて新鮮味のない問題と映り、積極的に行動を起こす動機が生まれづらい。

他方で、問題に直面している途上国には、対策を講じる技術や資金に乏しく、政府には他にも優先すべき課題が山積しています。国民の側も、生まれたときから汚れた空気の中で生活しており、それが普通と慣れ、改善を求める声が上がりにくいこともあるかもしれません。

大気汚染と気候変動や生物多様性損失との最大の違いは、既に克服の政策と技術が私たちにあることです。そうした成功体験と資金力のある先進国によるリーダーシップがこの問題の解決には欠かせません。ですが、越境汚染の発生国と物理的に影響を受ける国との関係に終始する従来の考え方だけでは、新しいリーダーシップの形は生まれてこないでしょう。

気候変動や生物多様性に関しては、企業活動のサプライチェーンを通じた環境影響を見える化し、金融や機関投資家の意思決定に結びつける動きが進んでいます。大気汚染も同じサプライチェーンから発生し、子どもを含む多くの早期死亡の原因になっている。企業価値を判断する環境影響の見える化の流れにPM2.5も組み込み、大量消費国である先進国がリーダーシップを発揮する新たな機会と捉えることが大事です。

地球規模の3大危機に立ち向かう機運が世界的に高まっている今こそ、大気汚染という古くて新しい、長く膠着してきた難問を打開する最後のチャンスとしなければなりません。