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「大気汚染は越境する」をさらに裏付けた、アメリカでの実証研究

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
FILE -- Steam billows from the coal-powered Huntington Power Plant in Huntington, Utah, Feb. 7, 2019. About half of the premature deaths caused by poor air quality are linked to pollutants that blow in from other states, a new study found. (Brandon Thibodeaux/The New York Times)
米ユタ州ハンチントンにある石炭火力発電所からもうもうと立ち上る煙=2019年2月7日、Brandon Thibodeaux/©2020 The New York Times

大気汚染は越境する――その実態をさらに裏付ける新たな研究結果が発表された。研究者らは、米国のほとんどの州で、汚れた大気が引き起こす早死にの約半数が他州からの汚染物質に関連していることを明らかにした。

研究結果は2020年2月12日の英科学誌ネイチャーに発表された。研究は、燃料を燃やすことによって排出される汚染物質のうち人体に有害な主要2物質――オゾンと大気粉じん――の発生源と影響を調査した。調査はアラスカ州とハワイ州を除く48州を対象に、05年から18年まで行われた。その結果、ニューヨーク州では早死にの3分の2近くが他州を発生源とする大気汚染に起因していることが分かった。研究者たちの言葉を借りると、同州は早死にでは米本土最大の「最終的な受け入れ州」ということになる。

調査結果の分析は、州を越えた大気汚染物質の排出削減と早死にへの取り組みを探る政治的な対応の重要性を示唆したものといえる。こうした政治的な対策が取られているのは、今のところ発電に伴う汚染規制だけ。今回の研究では、発電以外に、その他の産業、道路輸送、航空機、それに住宅やビルの暖房といった商業や一般家庭など六つを「汚染物質発生源」に挙げた。

「私たちは大気が質的に悪化していることは知っている。もし大気の質を改善し続けたいなら、何が汚染物質の発生源で、どんな影響を及ぼすのかを知る必要がある。そうして、その最大の発生源に狙いを定めなければならない」。研究論文の筆者で、マサチューセッツ工科大学(MIT)Laboratory for Aviation and the Environment(航空・環境研究所)所長のスティーブン・バレットは言った。

一地域の大気汚染が他の地域に影響を及ぼすことは科学者の間では以前から知られている。一例をあげれば、1960年代に米北東部で起きた酸性雨による森林被害は、他の地域にある石炭火力発電所がかかわっていた。

バレットやオランダ・デルフト工科大学のIrene Dedoussi、その他の研究者による今回の研究は、汚染データとコンピューターモデルを使って大気中に放出された汚染物質を追跡し、各州の大気汚染が他の州に及ぼす影響を定量化した。「それをもとに人数をはじき出した」とバレット。

その結果、他州で最も多く早死にをもたらす汚染物質を出している州は、北部平原(訳注=モンタナ、ワイオミング、ノースダコタ、サウスダコタ各州の一部)からアッパー・ミッドウエスト(訳注=ミネソタ、ウィスコンシン、ミシガン、アイオワ、サウスダコタ、ノースダコタの各州)だった。たとえばワイオミングとノースダコタ両州内で排出されるオゾンと大気粉じんは、同州内では1人当たりの早死に率は低いのに、普段よく吹く風に乗って東の方角に運ばれ、他の州でより多くの早死にをもたらしている。

分析結果では同時に、2005年以降は発電による州境を越えた大気汚染がもたらした早死にが下降傾向にあることも判明した。これは環境保護局(EPA)の「Cross―State Air Pollution Rule(州横断大気汚染規制)」といった汚染防止関連法が機能していることを示している。この規則は11年、東部を中心とした27州を対象に、オゾンの生成と大気粉じんにつながる二酸化硫黄と窒素酸化物の排出削減に向けて制定された。

道路輸送による汚染に起因する早死にも、より効果的な燃料基準と排出規制で減ってきている。ただ、バレットによると、よりクリーンな燃料を使う車両が全国的に、全車種に行きわたるには数年の歳月を要するため、発電ほどの効果は出ていないという。

研究論文は、発電と道路輸送に関連した早死に率が低下した結果、全般的に州横断汚染は減ってきた、と記した。しかし同時に、今や住宅と商業に関連した排出が州境を越えた早死にの一番の原因になっていることも判明、研究者たちを驚かせた。

「住宅や商業施設からの排出汚染は、10年あるいは20年前はそれほど重要とは見られなかった。しかし、今や非常に重要な問題になってきた。他の分野では汚染への取り組みが進歩してきたのに、住宅と商業施設は大きな問題として取り残されたままだ」とバレット。「今後の研究や政策は、こうした施設からの排出を抑え、規制していくことになるだろう」と話した。

米国では、山火事がますます大気に悪影響を及ぼすようになってきたが、今回の研究ではこれには触れなかった。バレットは「長期的に、平均的に見れば、人の健康に最も悪影響を及ぼすという観点からして、山火事は今のところそれほど重要ではない。ただ、気候変動下で将来的に山火事がもっと頻繁に起こるようになれば、変わるだろう」と話している。

カナダのブリティッシュコロンビア大学で環境と健康問題を専門に研究しているマイケル・ブラウアーは、今回の研究には関わっていないが、研究結果は商業ビルや住宅といったより小さなところからの汚染物質を削減する必要性を示している、と明言した。

発電所といった大きな汚染源による早死にが減ったことは「連邦政府の規制効果の表れだ」と、彼は言った。

「州横断規制は実際、非常に効果的だ。こうした規制を緩和しないことも重要だ」。彼はそう付言した。

バレットによると、発電所からの汚染対策がどれほど進展したのか、全ての数字を計算するまでは彼も研究者たちも理解できなかったと打ち明け、「EPAが改善に向けてどれほど真剣に取り組んできたかがはっきりした」と語った。

ホワイトハウスは州横断規制を支持しているが、トランプ政権がいくつかの規制を撤廃しようとしているのではないかとの見方もくすぶっている、とバレット。「もしそんなことが起こるようになったら、非常に深刻な問題になる」と語った。(抄訳)

(Henry Fountain)©2020 The New York Times

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