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ジェンダーに基づく暴力撤廃へ、地域を巻き込み意識を変革 ケニアに根づく日本の支援

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「こんなに明るい気持ちになったのは本当に久しぶり!」プロジェクトの活動に参加した「ジェンダーに基づく暴力」サバイバーの女性
「こんなに明るい気持ちになったのは本当に久しぶり!」プロジェクトの活動に参加した「ジェンダーに基づく暴力」サバイバーの女性=2024年6月7日、ケニア南部カジアド県のオリニエ村、久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

ケニアで2024年5月、ジェンダーに基づく暴力(GBV)の撤廃に向けたJICA(国際協力機構)の取り組みや、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(自分の性や身体のこと、子どもを持つかもたないか、いつ持つかを自分で決めることを含む性と生殖の健康と権利のこと。最近は英語の頭文字をとって「SRHR」とも略される)の改善のための医療サービスや保健ボランティアを支えるNGOの取り組みを取材する機会を得た。この取材を通して、規模は大きくないものの、関係者の創意工夫を凝らした試みが、コミュニティーや女性の暮らしに変化をもたらしている様子が見えてきた。

ケニアの地図=GLOBE+編集部作成
ケニアの地図=GLOBE+編集部作成

ジェンダー課題への関心は高いけれど……

ケニア首都のナイロビでは、ジェンダー省(Ministry of Gender, Culture, The Arts and Heritage)の主催で、毎年、女性の人権やジェンダー平等の推進に関わる会議が開催される。

政府の関係部署、米国、フィンランドを筆頭とするドナー国(援助供与国)、国連などの国際機関、市民社会など、開発パートナーが一堂に会するこの会議には300人ほどが参加し、直近の取り組みや課題を共有する。これだけの人が集まっていることに、女性や少女を取り巻く課題の解決への関係者の熱意を感じ、圧倒される。

全国ジェンダー部門ワーキンググループ会議であいさつするジェンダー平等推進担当大臣
全国ジェンダー部門ワーキンググループ会議であいさつするジェンダー平等推進担当大臣=2024年5月31日、ケニア首都ナイロビ、筆者提供

しかし、よくよく耳を傾けると、女性の経済的な自立やドメスティックバイオレンス(DV)や性暴力、児童婚といったGBVの根絶、平和と安全保障に関する意思決定への女性の参加促進の重要性など、その内容は以前から議論されてきた開発課題である。

こうした課題が初めて国際的に注目された1995年の北京女性会議から約30年経った今も、それほど状況は変わっていないことに気づく。

ケニアでは、41%の女性がDVを経験。2016年から2023年までに推計で500人以上が親密な関係にあるパートナーから殺されているなど、ケニアにおいてもGBV根絶への道筋はついていない様子がうかがえる。

スピーカーの一人は、議論をしているばかりでなく、いかに目に見える結果につなげていくかが大事だと力説したが、それはどの国にも共通した課題だ。

DVや性暴力、女性性器切除、児童婚、安全な出産や中絶といった、GBVや女性や少女が直面するジェンダー課題への対策が難しいのは、それが社会の慣習や固定観念と強く結びついているからである。人々の意識改革を必要とする長期間にわたる介入が必要で、短期間で成果を見せたいという政権や援助供与国の思惑に合わないことも原因だろう。

資金も周りの理解も限られている中、あなたが、GBV撤廃に向けた取り組みのためにケニアに派遣されたら、何ができるだろうか。

世界初「ジェンダーに基づく暴力」解決のビジネスコンテストを開催

2024年3月の国際女性デーに合わせ、ナイロビで、ビジネス関係者を集めた「ジェンダーに基づく暴力の撤廃に向けたビジネスアイデア・マラソン」が開催された。

近年、環境や気候変動対策、栄養不足などの課題を解決するためのアイデアソン*やビジネスコンテストは開催されてきているが、「ジェンダーに基づく暴力」の撤廃に着目したものは世界でも初めてではないだろうか。

ビジネスアイデアを出し合う参加者
ビジネスアイデアを出し合う参加者=2024年3月撮影、ケニア首都ナイロビ、JICAケニア事務所提供

JICAがケニアの国家ジェンダー平等委員会(NGEC)やデイスター(Daystar)大学と連携して開催したこのイベントは、普段、GBVを意識したことのないビジネス界の人たちに、課題の実態を知ってもらい、状況の改善に貢献するアイデアを出してもらおうという画期的な試みで、ケニアでも注目を集めた。

コンテストでは、地元の起業家や学生など参加者から28のビジネスアイデアが発表された。その後、会場投票を経て10案を選出。そのアイデアをさらに議論し精緻化し、最終発表されたビジネスアイデアの中で最優秀に輝いたのは、KINGAというグループだ。

交通セクターにおけるGBVの予防に向けたビジネスアイデアを発表する参加者
交通セクターにおけるGBVの予防に向けたビジネスアイデアを発表する参加者=2024年3月、ケニア首都ナイロビ、JICAケニア事務所提供

KINGAは、交通セクターで蔓延するGBVの予防に対応するために、現地ではボダボダと呼ばれるバイクタクシーの運転手をモバイルアプリで管理。研修を受けたボダボダライダーを認定し、女性が安心して使えるバイクタクシーサービスを提供するというアイデアを発表し、見事1位に選ばれた。その他、被害当事者に対して医療やカウンセリングをオンラインで提供するサービスや、生理の貧困課題の解決に向けたビジネスアイデアも出てきた。

ビジネス界を巻き込んだGBV対策

GBV対策に企業を巻き込もうというビジネスアイデア・コンテストは、JICA(国際協力機構)からケニアに派遣されている久保田真紀子さん(国際協力専門員)が長年温めてきた構想だ。

アイデアソンの冒頭、GBVの実態や必要な取り組みについて講義するJICA国際協力専門員の久保田真紀子さん
アイデアソンの冒頭、GBVの実態や必要な取り組みについて講義するJICA国際協力専門員の久保田真紀子さん=2024年3月撮影、ケニア首都ナイロビ、JICAケニア事務所提供

久保田さんは国内のNGOでアジア・太平洋地域における女性の人権の推進に関する仕事に携わった後、アフガニスタンで3年間、女性の生活や地位の向上に向けた政策や制度づくりへの支援に携わった経験を持つ。

その後、JICAの国際協力専門員として、東京を拠点にジェンダー平等と女性のエンパワーメントの推進に向けた国際協力に取り組んできたが、再び現場で働きたいという思いが強くなり、2023年2月にナイロビにやってきた。

現在は、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントの推進に取り組むケニアの国家機関の一つである「国家ジェンダー平等委員会」とともに、GBVの予防や対応に向けた地方行政サービスの強化に取り組んでいる。

アイデアソンを共に企画したJICA林憲二ケニア事務所次長(左)
アイデアソンを共に企画したJICA林憲二ケニア事務所次長(左)=2024年3月撮影、ケニア首都ナイロビ、JICAケニア事務所提供

JICAは長年、アジアのメコン地域で人身取引対策に取り組んできたが、DVや性暴力、児童婚、女性性器削除などのGBV課題に正面から取り組み始めたのはここ数年のこと。

久保田さんが取り組むのは、地方政府のGBVの予防や被害対応能力の強化。支援に従事する人材の育成や、被害当事者への行政サービスの実施体制の強化に加えて、ビジネスコンテストのような、従来のGBV対策とは一線を画す革新的な取り組みをパイロット事業として試行していくことだ。成果が見えれば、それをケニア国内だけでなく、JICAとして他国へも今後展開していくことができる。

参加者のアイディアづくりをサポートするJICA職員の三津間由佳さん(右)
参加者のアイディアづくりをサポートするJICA職員の三津間由佳さん(右)=2024年3月撮影、ケニア首都ナイロビ、JICAケニア事務所提供

「ジェンダーに基づく暴力の撤廃は社会全体が考え、解決を図らなければならない問題」と語る久保田さん。民間企業や社会企業家、スタートアップなどのビジネス関係者や学生を巻き込むことで、GBVの予防や撤廃に資する取り組みがよりダイナミックに進んでいくと考え、GBV撤廃に資するビジネスアイデアを競う場を提供するビジネスアイデア・マラソンの開催を企画したという。参加した企業にとっても、GBV対策がビジネスとなり得るという新たな発見があったようだ。

ビジネスアイデア・マラソンに参加した関係者
ビジネスアイデア・マラソンに参加した関係者=2024年3月撮影、ケニア首都ナイロビ、JICAケニア事務所提供

コミュニティーに変革の種をまく

マサイ族の住むケニア南部の半乾燥地帯カジアド県のオリニエ村では今年の3月18日、久保田さんの企画で、村の女性たちを集めて村で初めての「ウィメンズ・フォーラム」を開催した。

村で初めての女性フォーラム
村で初めての女性フォーラム=2024年3月18日、ケニア南部カジアド県のオリニエ村、久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

女性たちがいくつかのグループに分かれ、GBV撲滅のために自分たちに何が出来るか話し合った。村には文字が読めない、書けないという非識字者も多いため、当初は意見も出ないのではと懸念もあったが、それは杞憂に終わり、女性たちは集会所を飛び出し、広場の木陰で活発な議論が繰り広げたという。最終的に、それぞれのグループが自分たちの行動計画も作成した。「女性たちは現状を変えたいという強い意思と変革のための能力を持っている」と久保田さんは語る。

女性をとりまく課題やその対策を車座になって話し合う女性たち
女性をとりまく課題やその対策を車座になって話し合う女性たち=2024年3月18日、ケニア南部カジアド県のオリニエ村、久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

フォーラムを実施して2週間後、久保田さんが再び村を訪れると、女性たちは自分たちが作った行動計画の実施に向けて既に動き始めていた。主食であるメイズ(トウモロコシの一種)の製粉のために、女性たちはこれまで60キロの道のりを徒歩で移動して、村の外の製粉所まで出かけなくてはならなかった。そして、その移動途中にさまざまな暴力を経験してきた。この状況を変えたいと、女性たちは話し合い、互いにお金を出し合って製粉機を買う算段をつける。同時に、製粉機を設置する土地を確保すべく、村長に掛け合っていた。

「ジェンダーに基づく暴力」のサバイバーネットワークを結成した女性たち
「ジェンダーに基づく暴力」のサバイバーネットワークを結成した女性たち=2023年10月19日、ケニア南部カジアド県のオリニエ村、久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

「ほんの少しの後押しで女性たちは大きな力を発揮する。私たちはただ女性たちが集まり、話し合う機会を提供したにすぎない」と久保田さんは言う。

もともと久保田さんがオリニエ村に通い始めたのも、DVの被害者が自発的に村で自助ネットワークを作っていると聞いたことが発端だ。男性に頼らず経済的な自立が出来るように女性たちが農作物を作って収入源としたいという声を聞けば、土地の賃貸のために自ら村長に掛け合ったり、農作物の作り方を知りたいという要望には、ケニアにいるJICAの農業専門家を連れてきて女性たちへの指導をお願いしたりと、自らの持つ行動力と経験やネットワークをフル活用しつつ、被害当事者の女性たちの道を切り拓く。

「私たちが社会を変えるリーダーになる!」。活動に参加した「ジェンダーに基づく暴力」サバイバーの少女
「私たちが社会を変えるリーダーになる!」。活動に参加した「ジェンダーに基づく暴力」サバイバーの少女=2023年11月30日、ケニア南部カジアド県のAIC 女子寄宿学校 (AIC Girls Boarding School)にて。久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

カジアド県では、スポーツを通じて被害を受けた女性や子どもたちの自己肯定感や人生への自信を取り戻してもらうことを意図する活動も、行政官たちとともに実施している。

スポーツを通じてジェンダー平等や自らの身体への意識を高めていくための取り組みは、2016年のリオ・オリンピックの際に、UNWomen(国連女性機関)がIOC(国際オリンピック委員会)とともに始めた「One win leads to another」や、日本のスポーツ庁がASEAN(東南アジア諸国連合)とともに進めるプログラムなどすでに国際的にも様々に行われている。

しかし、GBV対策としてスポーツを活用するという試みは世界でもあまり例がない。カジアド県の行政官たちも、スポーツを通じてGBV対策を行っていくというユニークな発想と試みに強く共鳴したという。

サッカーに興じるAIC女子寄宿学校(AIC Girls Boarding School)の生徒たち。この学校は児童婚や性暴力被害を受けた少女たちのシェルターとしても機能している
サッカーに興じるAIC女子寄宿学校(AIC Girls Boarding School)の生徒たち。この学校は児童婚や性暴力被害を受けた少女たちのシェルターとしても機能している=2023年11月30日、ケニア南部カジアド県、久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

久保田さんは、学校でのGBV対策にも力を入れている。

ナイロビから南東60キロほどのところにあるケニア南部マチャコス県では、小学校や中学、高校や教員養成学校の教師を対象に2日間のGBV研修を行った。その結果、後日、教師たちが自発的にGBV撤廃に向けた学校の取り組み方針書を作成するとともに、特別対策委員会や暴力を受けた子どものための相談窓口を開設した。

教師たちは暴力を受けた生徒がいることは知っていても、十分なケアはできていなかった。JICAの研修で、被害を受けた子どもたちへの向き合い方や支援の仕方を学んだ教師たちは驚くほどの熱意でその行動を強化してきている。

「GBVの撤廃に向けて行動する学校をつくるろう」と熱心に議論する教師たち
「GBVの撤廃に向けて行動する学校をつくるろう」と熱心に議論する教師たち=2024年12月5日、ケニア南部マチャコス県のKwanthanze高等学校、久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

久保田さんは、それまでGBV対策が行われていなかったコミュニティーに、変革のための種をまいているように見える。

その取り組みは、一つひとつは小さいかもしれないが、地方の行政官や病院、学校、地域の有力者や男性、市民社会や民間企業、青年海外協力隊などのJICA事業関係者を巻き込み、ネットワークを広げつつ、確実にGBVの撤廃に向けた地域の人々の意識や行動を変えてきている。

「女性や少女をとりまく現実は過酷です。夢も意志も希望もあるのに、多くの女性や少女が、DVや性暴力、児童婚などで尊厳ある暮らしや未来を奪われています。でも、彼女たちは力強い。自身の人生を立て直す力も、平和な地域や社会をつくる力も持っています。私たちは、こうした女性や少女たちの声にしっかりと耳を傾け、彼女たちとともに女性も平和で安全に暮らせる新しい未来を開拓していく必要があります。」と久保田さんは語る。

ジェンダー課題への外からの追い風

ケニアは経済成長も進み、法制度も整備され、ジェンダーに関する政策もある。世界経済フォーラムが発表したばかりの2024年のグローバル・ジェンダーギャップ指数では75位。116位である日本よりも上位である。そんな国でなぜ外部からの介入が必要なのか。

オリニエ村の女性リーダー
オリニエ村の女性リーダー=2024年2月12日、ケニア南部カジアド県、久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

日本を振り返ってみると、女性に対する暴力の対策が進んだのは、2001年に配偶者暴力防止法が超党派女性国会議員の熱心な働きかけによって成立してからである。それ以前は、DVへの意識も対策も、極めて低いレベルだった。

たとえば1999年には、カナダで妻を殴った疑いで取り調べを受けた日本の外交官が、「単なる夫婦げんかを暴力と見るかどうかは日本とカナダの文化の違い。大騒ぎするようなことではない」などと地元警察に弁明したとして新聞で大きく報道される事件があったが、外交官でさえこのような意識だったのだ。

それが、配偶者暴力防止法の制定以来、日本でも夫婦間の暴力が犯罪として認識されるようになり、政府、地方自治体でさまざまな対策が講じられるようになったことはすでに周知のことである。

この法律が成立する過程には、北京女性会議などの国際会議を皮切りとする国際社会からの外からの追い風があった。国際社会からの学び、という方が正しいかもしれない。そのような外因は、ときに国内で凝り固まっている固定観念を覆し、ジェンダー課題を解決するきっかけとなり得ることを私たちも経験してきている。

久保田さんが、今、ケニアで取り組んでいることは、外からのほんの少しの後押しでしかないかもしれない。しかし、その柔らかな後押しが、コミュニティーや学校、また女性たち自身の意識や行動変容を促すきっかけとなっている。その成果はまだ十分に目に見えないかもしれないが、未来に大きく花開くことだろう。

「自分の身体と心に耳を傾けること、自分を大事にすることは悪いことではないことを知った」プロジェクトの活動に参加した「ジェンダーに基づく暴力」サバイバーの女性
「自分の身体と心に耳を傾けること、自分を大事にすることは悪いことではないことを知った」プロジェクトの活動に参加した「ジェンダーに基づく暴力」サバイバーの女性=2024年6月7日、ケニア南部カジアド県のオリニエ村、久保田真紀子さん(JICA国際協力専門員)提供

二国間ODAでは社会変革につながる支援の強化を

先日、終了したばかりのイタリアG7サミットでは、昨年に続き、ジェンダー平等に関する二国間ODAの割合を増加させていくという決意が首脳宣言で表明された。日本としても、GBV対策をはじめとするジェンダー課題にODAを増加していくことが求められている。

DAC(OECD開発援助委員会)の分析を見ると、ジェンダー平等や女性の人権の推進を主目的としたプロジェクトに対する二国間援助額は、実は日本は韓国よりも少ないという現実がある(2020-2021年)。日本はジェンダー課題に対する二国間ODAの増額とともに、ケニアで試みているような、ジェンダー平等な社会変革につながる支援をもっと強化していくべきだろう。