ジェンダー平等、まだまだ日本は遅れている
――田中さんは現在、国連女性の地位委員会の日本代表を務めています。政治・市民・社会・教育分野などの女性の地位向上を議論する国際的な場ですが、世界の国の人たちとの議論を通じて、「日本が遅れている」と感じるのはどのようなところですか?
よく取り上げられるのは女性の無償労働、つまり家事・育児・介護に費やす時間です。日本では、子どもがいて共働きの夫婦の場合でも、女性が男性の5~6倍の無償労働をしています。家事・育児・介護などのケアワークは重要な仕事です。けれども、いまの社会では、こうした労働の価値が十分に認められず、女性のほうにその負担がのしかかっています。そして、それは女性が外に仕事に出る機会も奪い、社会進出を阻んでいます。「女性は家」「男性は外」という意識が、他の先進国と比べて、まだまだ根強いと感じています。
――「ジェンダー・ギャップ指数」でも日本は121位と、後退していっています。
日本が下位となっている大きな要因は、女性の政治参加の割合が低いことです。政治分野では日本は144位になっています。日本では女性の閣僚や衆議院議員の割合は約10%、参議院議員が約23%、地方議員も10%台程度です。また指数には入っていませんが、地域の自治会や町内会の会長で女性となると、6%ほどしかいません。
アジア諸国を見ると、インドやパキスタン、ネパール、フィリピン、台湾、韓国など10カ国以上で、すでに女性が首相や大統領を務めています。しかし、日本はゼロです。もちろん、女性が行政の長になればジェンダー平等が進んでいるとは一概にはいえません。でも、いまの日本は「女性である」ことが政治参加を阻む大きな要因の一つでもあり、女性の政治参加が遅れていて、女性が意思決定の場にいません。また、女性議員や候補者に対するハラスメントは世界で問題になっていますが、日本でも起きています。せっかく議員になっても、これでは女性の力が発揮できません。
危機下であらわになる、日常のジェンダー格差
――田中さんは女性の政治的リーダーを増やすほか、地域から防災分野などで女性の意見を取り入れる重要性も指摘し続けています。東日本大震災から10年が経ちましたが、災害時に女性が直面する問題とはどのようなことでしょうか?
東日本大震災に限らず、1995年の阪神・淡路大震災でもそうでしたが、避難所には間仕切り(パーティション)がなく、プライバシーや安心感がないなかで、被災者は生活をされていました。女性にとっては着替えや授乳がしにくい状況で、夜中に気がつくと隣で知らない男性が寝ていたということもあったようです。
被災後には暗い場所や倒壊した物影などで女性や少女に対する性暴力が起きたり、避難所生活で男性もイライラしているのでドメスティック・バイオレンス(DV)が増えたりといった問題も起きます。また、炊き出しが始まると女性が調理担当になりやすく、それが続くと仕事の復帰のめども立ちません。男性よりも女性のほうが非正規雇用の方が多く、職を失いやすい現実もあります。仕事の復帰も男性が先になることが多いのです。
――災害時の先の見えない生活のなかで、女性はさらに厳しい状況に置かれているのですね。
いくつかの災害を経験して、変わってきたこともあります。阪神・淡路大震災のときに、DVや性被害を受けた女性に対してカウンセリングを行うホットラインができました。このような取り組みは、東日本大震災でも生かされました。また、熊本地震(2016年)では避難所に間仕切りが設けられ、今年2月の福島県沖を震源とする地震では避難所の室内にテントが張られ、プライバシーが守られると同時に新型コロナウイルスの感染対策も行われました。自治体のなかには、簡易ベッドやトイレのほか、女性に必要な物資の備蓄をしたり、ジェンダー・多様性の視点に立った避難所運営のガイドラインを作ったりする動きも広まっています。そのほかの行政面の課題としては、義援金などが世帯主に一括で配布されますが、世帯主のほとんどは男性であり、一人ひとりへの配布を実施するべきです。DVから逃れている女性や、家族と別居中の女性などもいますから、確実に個々の女性に届く支援のあり方を考えていくことが必要です。
――災害が発生すると、女性や子どもの被害が多くなると聞きます。なぜ災害時に女性がより大きな被害を受けるのでしょうか?
スリランカの被災地で調査をしたときも、一部のムスリム社会では、パルダ(女性を社会から隔離する風習)といった社会規範やさまざまな慣習により、女性はそもそも泳いではいけなかったり、夫や男性と一緒でなくては家から出られなかったりで逃げ遅れてしまったという事例がありました。同じような問題は、ジェンダーによって行動や役割が決めつけられている多くの社会で起きています。
大きな被害を受けるのは、社会的に脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれている人たちです。フィリピンやインドネシアでは、貧しい漁業者の場合、内陸に家や土地を持てず、高潮や津波の被害にあいやすい海岸沿いに暮らしています。災害後に海岸地域が居住禁止区域に指定されても、すぐに戻ってきてしまいます。そうしないと生活もできないからです。ネパールでは、地震によって土砂崩れが起きる不安があっても、低いカーストの人々は、選択肢がないので傾斜地に住むことを余儀なくされています。貧困や階級、エスニシティ(民族性)などで、被害の度合いや復興の速さが変わってきます。また、障害のある人々の犠牲も多くなってしまうので、いろいろな形の脆弱性があると思います。そして、女性の場合は、ジェンダーに基づく社会規範や慣習によっても、その脆弱性がさらに高められています。
女性の社会参加、みんなが幸せになる一歩に
――田中さんは災害が起きた後だけでなく、普段からジェンダーの視点が必要だと訴える活動を続けてきました。多くの開発途上国でジェンダーを通じた国際協力に携わるなかで、どのような取り組みをされていたのか教えてください。
私は国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)という機関で、アジア太平洋地域のジェンダー平等を進める仕事を10年近くしてきましたが、1990年代にJICAの国際協力専門員になってからは、JICAのすべての事業でジェンダー課題が取り上げられるように働きかけてきました。
例えば、JICAが実施してきたタンザニアの稲作振興プロジェクトでは、ジェンダー調査を実施し、農村女性が直面してきた課題を明らかにしました。私が調査した地域では、稲作の手間暇がかかる田植えや雑草取りの作業をしているのはほとんどが女性でした。けれども、年一回の収穫時の収入は、男性が管理して勝手に使ってしまうことがわかりました。これでは女性も働く意欲がなくなってしまい、生産性が向上しません。そこで、農業の技術研修だけではなく、家族を集めてジェンダー啓発研修や「家計管理研修」などを実施するように働きかけました。
家計管理研修というのは、1年のうちどの時期に収入を得て、どの時期にどのような支出をするのかについて、家族で話し合って計画を立てる研修です。土地おこし、田植え、雑草取り、収穫などにかかる費用や、子どもの学費なども入れるようにしてもらいました。家族みんなが幸せに過ごすための未来を描くことで生産性が上がり、お互いに話し合うことで理解も深まりました。また、女性と男性が一日どのように生活時間を過ごしているのかを書き出してもらったところ、「女性が、家事・育児も農作業もしていて、男性より長時間働いている」と、女性も男性も認識できるようになりました。男性は「自分も水くみや雑草取りを手伝うべきなのかな」と思うようになるんです。
ジェンダー啓発研修では、栄養や衛生管理、健康、HIVエイズ、子どもの教育などの日常の問題についても話し合います。すると、女性が家でもっと発言できるようになり、家庭内の問題も解決できて、子どもが学校に行けるようになる。その結果、家族みんなが幸せになり、生産性の向上にもつながるという効果も見られました。
――JICAが実施する国際協力の事業にもジェンダーの視点は早くから取り入れられたのでしょうか?
1990年代当初は、ジェンダーの視点が重要だと伝えても「またジェンダーの話ですか」と言われることもありました。そのため、女子教育や母子保健のほか、農村や森林開発など、女性と結びつきやすい分野から徐々に事例を積み重ねてきました。いまでは、飲料水や灌漑(かんがい)、道路、交通網などのインフラ分野にもジェンダー平等を推進する考えが必要だという理解が広がってきています。ジェンダー平等の推進は、すべての分野において重要であり、女性やジェンダー専門家のみならず、すべての人が取り組んでいく必要があります。特に、開発途上国で国際協力を一緒に進める開発コンサルタントにもジェンダー視点からの取り組み方法を伝えたり、現地の女性や女性スタッフの声をもっと聞いたりしながら国際協力を進めることが大事だと思っています。
無意識の偏見、あなたは大丈夫?
――タンザニアの事例をみると、女性の社会への関わり方を男性が見直し、男性の認識が変わっていったことがよくわかります。私たちが持っている無意識の偏見は、アンコンシャス・バイアスと言われています。こうした偏見はまだいたるところにあるのでしょうか?
「女は家にいるべき」「子育ては女がやるべき」「女は政治家に向いていない」など、アンコンシャス・バイアスは実は誰にでもあるものです。かく言う私自身のなかにも気づかない偏見があると思います。ただ、大切なのはそれに自分が気づいているかどうかです。気づくのはなかなか難しいことなのですが、気づく努力は必要です。できれば、開発コンサルタントや民間企業は、お金を使ってでも管理職や社員のジェンダー研修に力を入れてほしいですね。社員同士で、それがアンコンシャス・バイアスになるのか、ならないのかと、男女がともに話し合いながら学習する場をつくるようにすると、理解が深まりやすいと思います。
管理職についている人や、社会的地位が高く影響力のある人は、より気を遣う責任があります。特に、上司に遠慮して部下は何も言えないということを認識する必要があります。言っていいことと、そうではないことの判断ができないと、多くの部下や関係者に、「あ、それは言っていいことなんだ」という、逆の固定観念を植えつけることにもなってしまいます。また、アンコンシャス・バイアスが固定化したり、ステレオタイプ化に繋(つな)がったりすると、社会が不平等で偏見に満ちた方向に向かってしまうこともあるのでとても危険です。
アンコンシャス・バイアスは、ジェンダーに限らず人種や民族、障害者に対するものなど、あらゆるところに複層的に存在します。私たちは自分が知らないものに対して、いろいろな角度からの偏見を持っていますが、すでにダイバーシティ(年齢や性別、学歴、価値観や選択などの多様性を受け入れる考え方)を尊重しなければならない時代がきています。
――田中さんは大学で、国際協力を通じてジェンダーやダイバーシティの大切さを学生に教えています。若い世代の意識や反応はどのようなものですか?
大学で国際協力論を教えるとき、私はまず学生にとって身近な子どもの話題から入るようにしています。世界のなかでも開発途上国では、栄養不足や飢餓に苦しんでいたり、学校に行けず読み書きができなかったりする子どもが多い、ということをまず伝えています。
そして、より厳しい状況にさらされているのが女の子です、と伝えます。家事労働の負担が高いことを始め、早婚や児童婚、早すぎる妊娠を強いられる現実がいまも残っていることなどを話します。ネパールでは、貧しい親が借金を返す代わりに自分の娘を他の家に売ってしまう少女の債務奴隷といった例もあります。女性と少女に対する暴力や人身取引も大きな問題です。
こうした現実を伝えると、学生は驚きながらも「女の子への差別が続くのはよくない」と感じるようで、男女ともに受け入れてくれます。若者はジェンダー平等に対して抵抗感があまりないと感じます。
ジェンダー平等や多様性について、日本の民間企業や外資系企業の方々にもセミナーなどでお話しする機会があります。すると、「そんな視点で考えたことがなかった」「まったく違う文化や価値観があるんですね」「でも、日本でも同じように、あるいはもっと問題ですね」といったように素直に気がついてくれるときがあります。一度気づいてもらえたら、きっとそこから自分たちで考えたり感じたりして、もっとジェンダー平等で多様性に富む社会を作っていってくれるでしょう。そういうきっかけを提供できたというときに、うれしいなと感じます。
「自分たちと少し違うからイヤ」となったり、相手をステレオタイプ化して決めつけたりせずに、一人ひとりの価値観を見つめる訓練をしつつ、違いを楽しめようになっていけばいいのではないでしょうか。