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ゴキブリに科学の光を当てる最新研究 世界中に広く分布する害虫になったカギは遺伝子

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
イラスト=gettyimages
イラスト=gettyimages

夜になると隠れ家から出てきて、家の中をちょこちょこと走り回る。床にデンプンの多いパンくずは落ちていないか。ネバネバした糖分が、少しでも調理台にへばりついていないか。なきゃあ、歯磨き粉やせっけんをちょっとだけでもいいや。

――ゴキブリだ!

世の中には4500種ものゴキブリがいるが、なんといっても、一番いやらしいのはチャバネゴキブリではないだろうか。ほかの同類たちを圧倒し、世界中に最も広く分布する室内害虫とされている。

この厄介者の昆虫は、いかにしてあらゆる人にとっての問題にまでなってしまったのか。野生ではほぼ見つからないほど人類の暮らしの場に適応しながら、そもそもなぜそうなったかの解明は、しばし科学の網から抜け落ちていた。

それを説き起こす新たな研究論文が2024年5月、学術誌「米科学アカデミー紀要」に掲載された。

この最悪のゴミあさり虫のそもそもの起源にさかのぼった上で、「その遺伝子的な多様性がほかのゴキブリ類とは異なることを解き明かした」とチエン・タンは語る。米ハーバード大学に在籍する進化生物学者で、この論文の執筆者だ。そして、「これがこの虫への抜本対策を見つけ出す手がかりにもなると思う」といい添える。

チャバネゴキブリ(学名Blattella germanica、英名German cockroach)は、1700年代の終わりに中欧で命名されたようだ(訳注=分類学の父とされるスウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネ〈1707~1778〉がドイツから標本を受け取って学名を付けたとする説もある)。しかし、その後の研究の結果、科学者たちはアフリカ北東部をその起源と見るようになった。

一方で、注目すべきもう一種が存在する。オキナワチャバネゴキブリ(学名Blattella asahinai、英名Asian cockroach)だ。科学的には、チャバネゴキブリの祖先の有力な候補とされていた。

外見上はそっくりだが、オキナワチャバネゴキブリにはいくつかの明確な違いがある。光に引き寄せられること、屋外での生存能力、それに飛ぶ能力だ(訳注=オキナワチャバネゴキブリは光源に向かって飛ぶが、飛べないチャバネゴキブリははって遠ざかる)。

遺伝子分析の結果、チャバネゴキブリの先祖とされたオキナワチャバネゴキブリ
遺伝子分析の結果、チャバネゴキブリの先祖とされたオキナワチャバネゴキブリ。両者の見た目は似ているが、オキナワチャバネゴキブリは屋外で活発に活動し、光源に向かって飛ぶという=柳澤静磨さん提供

それが、科学技術の発展につれて遺伝子解析が進められるようになると、両種間には見た目以上に共通点が多いことが分かってきた。

ハーバード大学のタンは、チャバネゴキブリの進化系統図を組み立て、なんとか最も古いところまでさかのぼろうとした。そこで、研究陣は(訳注=南極以外の世界の各大陸の)17カ国のチャバネゴキブリ281匹のDNAを採取し、遺伝子的な違いを分析。この害虫の移動がもともとどこから始まり、地球をどう動いてお宅の台所にも出てくるようになったかを調べた。

「これは、画期的な研究だ」とチョウヤン・リーは評価する。米カリフォルニア大学リバーサイド校の都市昆虫学者で、30年もチャバネゴキブリを研究している(今回の論文にはかかわっていない)。

遺伝子分析のデータは、チャバネゴキブリがオキナワチャバネゴキブリから進化したことを裏付けていた。2100年ほど前に、人間の居住地域が発展するにつれ、現在のインドかミャンマーあたりのどこかでその進化は枝分かれしていた。

オキナワチャバネゴキブリの一部は、人間の居住地か農園の近くに生息し、人間が植え付けた穀物を食べることになったのではないかとタンは推測する。その後、人間の住まいにも同じような食べ物があったため、家の中に移りすみ、最終的に屋内の害虫になったというわけだ。

「おおまかにいうと、こうしてオキナワチャバネゴキブリはチャバネゴキブリに進化した」とタンは話す。

そのチャバネゴキブリは、2波に分かれて西へと移動した。第1波は1200年前にあった。タンによると、兵士のパンかごに便乗し、これまで考えられていたよりかなり早く中東に姿を現した(訳注=当時、イスラム帝国が欧州の一部からアフリカ北部、西アジアまで広がっており、軍事的な往来が盛んだった)。

欧州各地まで来たのは、わずか270年前のことだった。欧州の植民地政策の隆盛に伴い、たぶん貿易船の一つに乗ってやってきて、今の名前が付いた。これが第2波だった。

19世紀と20世紀に貿易がグローバル化すると、このゴミあさり虫は世界中のほぼ隅から隅まで潜入した。室内の配管や暖房の整備がダメ押しとなって、居座り続けることになった。

「完全に筋が通っている」とディニ・ミラーは感心する。米バージニア工科大学の都市害虫管理学の教授だ(この論文にはかかわっていない)。「要するに、私たち人間がエサと水分と暖かさを提供したので、ずっと一緒にいるようになったということなのだから」

ミラーは、全米でゴキブリ対策事業に取り組んでいる。はびこり方がひどいビルでワナを仕かけると、一晩で700匹もかかることがしばしばある。「何しろ、繁殖力が強い」と肩をすくめ、この60年の間に使われてきた殺虫剤のほとんどに耐性を持つようになった、と首を振る。

世界を席巻するチャバネゴキブリ。手前の小型のものがオス、奥がメス(協力:フマキラー株式会社)
世界を席巻するチャバネゴキブリ。手前の小型のものがオス、奥がメス(協力:フマキラー株式会社)=©フマキラー株式会社

チャバネゴキブリの何がこの虫をこれほど恐ろしい都会の空間の侵略者にしているのかを理解するには、その遺伝子の歴史を太古までさかのぼる必要があるとエーリヒ・ボルンベルクバウアーは説く。独ミュンスター大学の分子進化・生物情報学の教授だ(この論文にはかかわっていない)。

「そうすれば、いかに環境に適応してきたかの歩みが再構築され、どんな遺伝子が今も眠ったままになっていて、次の課題への出番を待っているかが分かるだろう」

ボルンベルクバウアー自身の研究によると、チャバネゴキブリはにおいに対する多くの受容体の遺伝子と、毒物への耐性を高める多くのたんぱく質を持っていることが判明している。それらが新たな食料源を感知し、殺虫剤への耐性を速やかに発達させる遺伝子であるのはほぼ間違いないと見られる。

「遺伝子の数が非常に多い。だから、潜在的な適応力も極めて高く、急速に進化することができる」といって、ボルンベルクバウアーは天を仰いだ。(抄訳、敬称略)

(Sofia Quaglia)©2024 The New York Times

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