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ヒトのDNAから見つかった、2万年前のコロナ流行の痕跡

ニューヨークタイムズ 世界の話題
South Korean senior citizens receive their first dose of the Pfizer-BioNTech coronavirus disease (COVID-19) vaccine at a vaccination centre in Seoul, South Korea April 1, 2021. Chung Sung-Jun/Pool via REUTERS
新型コロナウイルスのワクチンを接種される高齢者たち=2021年4月1日、ソウル、ロイター(代表撮影)

コロナウイルスによる感染症が約2万年前に東アジアで流行し、それは今の時代を生きる人々のDNAに痕跡を残すのに十分なほど壊滅的だった――。その証拠を研究者たちが見つけた。

研究者たちによると、新しい研究は古代のコロナウイルスが長年にわたって東アジア地域を苦しめていたことを示唆している。この発見には、新型コロナのパンデミックがワクチン接種で早いうちに制御されなければ、悲惨な結果を招く可能性があるとしている。

「気をもませる発見だ」。米アリゾナ大学の進化生物学者で、今回の研究を主導したデビッド・エナードは指摘する。この研究は6月24日発行の学術誌「Current Biology(最新生物学)」に掲載された。「現在起きていることは、今後何世代にもわたって起きるかもしれない」とエナードは言っている。

これまで、研究者たちはこの病原体群の歴史を非常に古い時代にまでさかのぼって調べたことがなかった。ここ20年間、COVID-19(新型コロナ)、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)という三つのコロナウイルスが(環境に)適応してヒトに感染し、深刻な呼吸器疾患を引き起こしてきた。それぞれのコロナウイルスに関する研究は、そうしたウイルスがコウモリやその他の哺乳類からヒトに入り込んだことを示している。

ヒトに感染する可能性があるコロナウイルスが他にも四つあるが、通常は軽いかぜを引き起こす程度だ。科学者たちは、こうしたコロナウイルスがヒト病原体になるのを直接観察することはなかったので、いつヒトに入り込んだかを推定するには間接的な手がかりに依拠してきた。コロナウイルスはほぼ一定の割合で新しい変異株を獲得するため、遺伝的変異を比べることで、それらが共通の原種からいつ枝分かれしたかを判断することができる。

「HCoV-HKU1」と称される軽度のコロナウイルスの最新株は、1950年代に種の壁を飛び越えた。「HCoV-NL63」と呼ばれる最古の株は820年前にまでさかのぼれるかもしれない。

ところが、その時点に至る前のコロナウイルスの痕跡は消えてしまった。ただし、それはエナードらが新しい追跡方法を導入するまでのことだった。研究者たちは、コロナウイルスの遺伝子を調べる代わりに、宿主であるヒトのDNAへの影響に注目したのだ。

ウイルスは何世代にもわたってヒトゲノムに途方もない量の変化をもたらす。ウイルス感染から身を守るための突然変異は生死を左右する可能性があり、子孫に受け継がれる。たとえば、命を救う突然変異は、ヒトがウイルスのたんぱく質を切り刻むことを可能にするかもしれない。

しかし、ウイルスもまた進化し得る。ウイルスのたんぱく質は宿主の防御に打ち勝つよう形を変える可能性があるのだ。そうした変化をきっかけに、宿主はいっそう対抗策を進化させ、それがさらなる突然変異を引き起こす。

ランダム(不規則)に起きる新たな突然変異が、たまたまウイルスに対する抵抗力をもたらすと、それはある世代から次の世代へと急速に一般化する可能性がある。そして、その遺伝子の他のバージョンは逆に珍しくなっていく。したがって、遺伝子のあるバージョンがヒトの大集団において支配的な場合、研究者はそれが過去の急速な進化の痕跡である可能性が最も高いと考える。

FILE PHOTO: Vials of the Pfizer-BioNTech Comirnaty coronavirus disease (COVID-19) vaccine are pictured in a General practitioners practice in Berlin, Germany, April 10, 2021. REUTERS/Fabrizio Bensch/File Photo
米ファイザーと独ビオンテックが開発した新型コロナウイルスのワクチン=ロイター

エナードらは近年、一連のウイルスの来歴を再構築するために、ヒトゲノムを調べて、これらの遺伝的変異のパターンを探ってきた。パンデミックが起きた時、コロナウイルスは独自の特徴的な痕跡を残したのではないかとエナードは考えた。

エナードらは、世界各地の26の異なるヒト集団について、計数千人のDNAを比較し、コロナウイルスにとっては重要だが他種の病原体には重要でないことがわかっている遺伝子の組み合わせを調べた。東アジアの人びとについて、研究者はそうした遺伝子のうち42個が支配的バージョンであることを突きとめた。これは、東アジアの人びとが古代のウイルスに適応していたことを示す強力なシグナルである。

だが、東アジアで起きたことはすべて、その地域に限定されていたとみられる。「世界各地の人びとのDNAと比べたときは、そのシグナルを見いだせなかった」とヤシンネ・スイルミは言う。豪アデレード大学のポスドク研究員で、今回の研究論文の共同執筆者の一人だ。

科学者たちは、東アジアの人びとがどのくらい昔からコロナウイルスに適応してきたかを推定してみた。彼らは、遺伝子の支配的バージョンがひとたび世代を超えて受け継がれ始めると、無害でランダムな突然変異株が生じるという事実に着目した。時間が経つほど、より多くの突然変異が蓄積されていく。

エナードらは、42個の遺伝子すべてがほぼ同数の突然変異を経ていることを突きとめた。つまりこれら42個の遺伝子は、ほとんど同時期に急速に進化したということだ。「これは、偶然起きるモノでは絶対にないシグナルである」とエナードは言う。

彼らは、そうした遺伝子はすべてが2万年から2万5千年前の間に抗ウイルス変異を起こしたと推定した。これは驚くべき発見である。当時の東アジアの人びとは密集したコミュニティーに暮らしていたわけではなく、狩猟採集民の小集団を形成していたからだ。

ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL=ロンドン大学を構成する総合大学機構)の進化遺伝学者アイーダ・アンドレスは、この研究には説得力があるとみている。彼女はこの新研究には関与していないが、「重要な研究成果だと私は確信している」と言う。

ただし、アンドレスは古代のコロナウイルス感染症の流行がどのくらい昔に起きたのかを確実に推定するのはまだ不可能だと考えている。「時期を特定するのは、やっかいなこと」と彼女は指摘。「それが起きたのが数千年前なのか、その後なのか、私たちには自信が持てないと思う」としている。

新型コロナウイルスと戦うための薬を求めている科学者たちは、古代のウイルス感染症の流行に対応して進化した42個の遺伝子について精査したいと思うかもしれないとスイルミは言い、こう続けた。「実際には、ウイルスに対する免疫反応を調整するための分子ノブ(分子の取っ手)を暗示している」

アンドレスは、新研究で特定された遺伝子は薬の開発のために特別な注意が払われるべきだと述べてスイルミの見解に同意し、こう語った。「それらが重要なことはわかっている。それが進化のすばらしい点なのだ」(抄訳)

(Carl Zimmer)©2021 The New York Times

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