新型コロナの広がりで、世界の大学や博物館は大幅な業務の縮小を迫られた。科学者にとっては、研究に欠かせない動物をどうするかという難問が生じた。
逃がしてあげる。一部を残して、あとは処分する。様子を見にいく日程を決めておく……。
自宅に引き取る、という選択もあった。実験室とは違う関係が、そこから生まれることになった。
互いに距離を置くことが社会的に求められる中で、新しい同居人とどううまく付き合うようにしているのか。五つの事例を紹介する。
共有スペースでは禁物
ゴキブリのことだ。
米カリフォルニア大学サンディエゴ校の博士研究員グレンナ・クリフトンは、小規模移動様式を専門とし、虫を間近に見ることには慣れている。
所属する研究室は2020年3月、テレワーク態勢に移行した。以来、観察対象の一部と親密な関係を築くことになった。9匹のゴキブリを引き取り、自室のベッドから約2フィート(60センチ強)離れたところに虫かごを置いて飼っている。
家に連れて帰ることにしたのは、研究を続けたかったからだ(さらに、上司が虫を捕まえるのが大好きな猫を飼っているという事情もあった)。クリフトンは、多くの若手学者と同じように、住まいをシェアしている。同居人たちに話すと、みんなこの新しい住民には「いささか腰が引けていた」。そこで、自分の寝室からは出さないことを約束した。
実は、クリフトンがゴキブリを研究するのは、今回が初めてだった。
最初の夜の9時ごろ。間借り人たちは、かごの中を活発に動き始め、隅のところをひっかきだした。明け方まで続いた。
一緒に家にこもることの利点が、こんなところにあるとは思ってもみなかった。最もよく活動するときに観察し、データを集めることができる。日中に研究室で働くという人間の行動基準が、「動物が働く時間帯といかにずれているかが、よく分かった」とクリフトンは話す。
でも、よいことばかりではなかった。「悪夢にうなされる回数が増えた」
ベランダも研究室に
ビビアン・パエスとブライアン・ボックの夫妻は、いずれも爬虫(はちゅう)両生類学者だ。5年前に、カメが卵から孵化(ふか)したら、できるだけ早く自然に戻すべきだとする論文をまとめるのを手伝ったことがある。長く飼うほど、生存競争を生き抜く術を学習しなくなる恐れがあると警告した。
それが今はコロンビアの自宅で、皮肉にも多くのマグダレナヨコクビガメ(訳注=コロンビア北部のマグダレナ川水系などに生息)を飼うはめになった。コロンビア西部のメデジンにあるアンティオキア大学の研究室が20年3月、新型コロナ対策で閉まることになり、卵の状態で自宅に持ち帰ったのだった。
車で4時間ほどの低地にある生息地に子ガメを放してやりたいのだが、移動は制限されており、実現の見通しはたっていない。
ベランダの二つの水槽では、55匹の子ガメがホウレンソウやケールのエサをもらいながら泳いでいる(これとは別の研究対象だった陸生のアカアシガメ18匹も、家にいる。くつ箱を利用した器に飼っており、午後には外に出して日光浴をさせている)。
夫妻は、カメの成長度合いや行動様式といった細かな観察を娘も交えて続けている。「大学ではとても時間を割けない部分だ」とボックはいう。
カメを放す際は、すべての個体を識別できるようにすることにしている。その後、何年かの間にどう自然に適応しているかが分かれば、貴重な情報を得られるとの期待が持てる。あまり長くカメを飼うべきではないが、「ときには、飼わざるを得ないこともある」とパエスは今回は割り切っている。
猫の手も借りよう
米フロリダサザン大学の助教ジェイソン・マクランダー(海洋生物学)は、同じ大学で講師を務める妻とともに自宅からオンラインで授業をするようになった。
5歳と1歳の子供も預けられなくなり、毎日一緒にいる。だから、研究室をのぞきに行く時間もあまり確保はできない。
ということで、今は研究対象の生き物も、自宅にいるようになった。何百ものイソギンチャクだ。共生するクマノミも泳いでいる。さらに、学部の教室でペットとして飼われていたツメガエルとアカミミガメの一種が、1匹ずつ加わっている。
普段は学部生の助手が、イソギンチャクの面倒を見ている。大変なのは、ひんぱんに水を取り換えねばならないことだ。しかも、やり方が複雑で、時間もかかる。ペン先ほどの大きさのものもいて、見つけるだけでも大変だ。
「水をきれいにして、エサをやるのに必死。その合間にやるべきことをやっている」とマクランダー。「死なないようにするのに、精いっぱいってところさ」
そこで、猫の手代わりになってくれているのが、子供たちだ。5歳の子は、カメとカエルにエサを与えるようになった。1歳の子は、「カメ」といえるようになった。
水槽の中にも、助っ人がいた。クマノミにエサをやると、余ったものをときどきイソギンチャクに与えているのを観察できた。水槽当番の教え子から聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだった。
「みんな、それぞれのやり方で、務めを果たしてくれているんだ」
新たな友達をつくろう
ケイトリン・ヘンダーソンは、豪クイーンズランド博物館で開かれるクモの特別展に向けた飼育係として、臨時の館員になった。さらに、この仕事にあわせて、仮住まいの一室を借りた。同居人は、見知らぬ人ばかり。
「そこに、新型コロナ問題が発生した」
博物館の閉鎖が決まった。特別展のために収集されていたクモは、(ヘンダーソンが採集した野生のクモも含めて)職員が分担して持ち帰ることになった。ヘンダーソンにも、小さなハエトリグモから手のひらサイズのアシダカグモまで、50匹ほどが割り当てられた。
そのクモたちとは、「今やお泊まり仲間」とヘンダーソンは笑う。
ともかくクモが大好きだ。コガネグモの何匹かは、部屋で放し飼いにしている。容器に入れているクモが、たまには逃げ出すこともあるが、どのクモも識別できるので、すぐに見つけられる。その愛着ぶりは、特別展用に自作した短編ビデオを見れば、よく分かる。
それだけではない。クモ好きも、ウイルスよろしく感染することが分かった。ルームメートの一人は、「自分が越してきたときは、クモが大嫌いだった。なのに、180度変わった」。別の同居人の男友達は、クモ恐怖症だったが、「すっかりとりつかれてしまった」。
今や、みんなでヘンダーソンのビデオ制作を手伝い、クモが住まいのガをやっつけるのを応援するようになった。
人間が復活祭のごちそうを分かち合ったあとで、アシダカグモがコオロギを食べるのを「みんなで見守るようになっていた」とヘンダーソンは振り返る。
一緒に楽しもう
カーチャ・ウェーナーは、ササラダニ類を研究している。「土壌にすむ、小さなきれいなダニ」をプラスチック容器で何万匹も培養している。
ドイツのダルムシュタット工科大学に研究室があり、20年3月がそこでの最後の実験になった。培養器は、自宅に持ち帰った。
ダニ類は、涼しい暗い場所を好む。ところが、自宅には走り回るのが大好きな子供が2人いる。だから、最も安全と思われる保管場所を探した。自分の寝室にある棚の上に培養器を置き、その上に大きな(訳注=「ハリー・ポッター」に出てくる)ホグワーツ魔法魔術学校の模型を載せた。
「ベッドで寝ていても見える」とウェーナー。「ホグワーツに住みたくないなんて、誰も思わないだろうし」
ダニ類は、さほど注意を払わなくても飼うことができる。週2回、栄養分を補強した小麦若葉を与えてやればよく、子供たちが手伝ってくれる。
実験の中でよく出てくるのは、ダニを押しつぶして外骨格の強度を調べることだ。
しかし、家ではそんな実験はしない。魔法魔術学校で、のびのびと育つのを見て楽しんでいる。
「ちょこちょこ動き回って繁殖し、エサをせっせと食べてくれる。とても、癒やされる」(抄訳)
(Cara Giaimo)©2020 The New York Times
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