トコジラミ(南京虫)なんて、見たくもない。ほとんどの人は、そう思っているだろう。
ところが、15年もそのあとを追い続けた人たちがいる。コウモリのフンがいっぱいの洞窟や、崖にある鳥の巣を精査した。博物館の保管庫にある標本も、くまなく調べた。世界中で嫌われているこの寄生虫の起源は謎に包まれており、ある研究チームがなんとかこれに迫ろうとした。
その成果が2019年5月、生物学の米学術誌カレントバイオロジーで発表された。トコジラミは通説よりはるか昔に存在し、少なくとも1億年前にはすでにいたことが分かった。地球上を恐竜(訳注=約6600万年前に絶滅したとされる)がのし歩いていた時代になる。
その後、いかにして現在に至ったのか。これを踏まえておけば、人間の活動が活発化し、温暖化が進む時代にあって、この害虫が次はどこに入り込もうとしているのかを予測しやすくなると期待されている。
研究の成果は、もう一つある。人間とのつながりが深い種類のトコジラミは、4700万年前に登場するようになったことも判明した。人類が生まれる何千万年も前のことだ。従って、これまで考えられていたように、その起源を現生人類が属するホモ・サピエンスの出現と関連付けることはできなくなった(訳注=霊長類が現れたのは約6500万年前、人類と類人猿がわかれたのが700万年前、ホモ・サピエンスへの進化は30万~20万年前とされる)。
トコジラミ科(Cimicidae)の複雑な進化を再構築するために、この研究チームは62カ所から集めた34種のDNAを分析した。そのためには、何百人もの研究者に標本の提供を求めた。
さらに、自力で世界中のトコジラミを採集した。米テキサス州の洞窟では、膝(ひざ)まではまるコウモリのフンをものともせずに調査し、二酸化炭素の濃度が危険値を示すところではガスマスクも着用した。大型のフルーツコウモリを追ったケニアの洞窟では、死亡率の高いマールブルグウイルスの感染防止に神経をとがらせた。
「洞窟には、冒険がどうしても少しはつきまとう」。研究チームを率いた一人、独ドレスデン工科大学のトコジラミの専門家クラウス・ラインハルトは肩をすくめてみせた。
トコジラミへの理解は、意外なところから深まりもした。例えば、米アリゾナ州の先住民ホピ族に残る言い伝えだ。「トコジラミにまつわる文化の継承の濃密さには驚く」とラインハルトは舌を巻く。とくに、ワシなどの鳥に群がる特定のトコジラミに関する伝承が印象深いという。「ホピ族は、この虫とかなり多くの接触があったに違いない。そうでなければ、言い伝えはこれだけいくつも生まれなかっただろう」
研究は2002年に始まり、トコジラミ科の進化を示す大きな系図を描くことができるようになった。そのルーツは、遠く白亜紀(訳注=約1億4500万~6600万年前)にさかのぼる。学術名Quasicimex eilapinastesと呼ばれるトコジラミの祖先の化石がこれを裏付けている。なんと、1億年前の琥珀(こはく)に閉じ込められているのを、米カンザス大学の昆虫学者マイケル・エンゲルが2008年に最初に確認した。
「この化石は、トコジラミ科の起源がコウモリの出現より古いことを示す初めての直接証拠だった」とエンゲルは指摘する(今回の研究論文には加わっていない)。
コウモリ(訳注=恐竜の絶滅後に出現したとされる)は、長らくトコジラミの最初の宿主と考えられていた。しかし、この寄生虫は、もっと昔の恐竜時代に生きていた別の動物を宿主にしていたことになる。それが具体的にどんな動物だったのかは、証拠となる化石が乏しいこともあって、残念ながら分かっていないとラインハルトは話す。
今回の研究は、こうしたはるか昔のできごとを解き明かそうとしただけではない。この害虫が、いかに人間の寝床に潜り込むようになったのかということについても、概略を記している。
トコジラミのほとんどは、特定の宿主に寄生する。しかし、人間を悩ます種類には、新たな宿主を見つけることができれば、古い宿主に戻ることもできる多様性があった。人間にとっては、頭にくるほどの大問題であっても、この種のトコジラミからすれば、人間はたまたま巣くっている副次的な相手にすぎないということになる。
これは、見方を変えれば、私たちの住まいと寝床に次は何がすみ着き、血を吸うようになるのかを予測するヒントにもなる。
「もともとは特定の宿主専門だったけれど、寄生相手を多様化するようになったトコジラミの種類に気を付ければ、新たな脅威も分かるようになる」とラインハルトは見る。
気候が変動し、人間の国際的な動きが加速しているだけに、新型トコジラミの被害の発生を防ぎ、抑制する上で重要なポイントになるだろう。
地球の温暖化で、野生動物はこれまでの生息域を離れて動くようになった。家畜は売られ、新たな地域、すなわち新しい環境体系のもとに運ばれるようになった。その際に、人間とは無縁のトコジラミが一緒に動けば、それは移動先で「見たこともない動物と突然出合うことになる」とラインハルトは説明する。
それからどうなるか……。
いずれにせよ、ぐっすりやすんで、トコジラミが血を吸い続けることを受け入れてもらいたい。なにしろ、大型肉食恐竜のティラノサウルスや、3本の角を持つ草食恐竜のトリケラトプスがのさばっていた時代から、そうして生きてきた長い歴史がある。しかも、近い将来に、この習性をやめるとはとても思えないのだから!(抄訳)
(Becky Ferreira)©2019 The New York Times
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